第381話 デジャブ
ギナワノスにやって来てから4日が経過した。
この4日間は観光三昧で、ギナワノスを満喫しきったと言っても過言ではないほど。
そして、昨日あたりから少しずつ観光客が増えつつあり、今日は朝から門の入り口に大行列ができている。
そんな様子を『オッドゴールホテル』の最上階から眺めつつ、私は目覚めのコーヒーを優雅にいただく。
こんなに落ち着いた心境でいられるのは、ベルベットさんとマニエルさんのおかげ。
一通りゆっくりしてから、今日もギナワノスの街を散策することになっている。
とはいえ、今日はジョエル君とライム、それからマッシュの男性陣のみの散策。
女性陣は女性用の服などを買いに行くとのことで、今日は別行動となっている。
ライムとマッシュは寝起きでも行動できるため、ジョエル君の準備が終わるのを待ってから、少し遅めの動き出しで宿を後にした。
すでにお昼前だけど、特に行きたい場所もないからね。
昨日までで目ぼしい店や観光スポットは巡り終えたし、今日は適当にぶらぶらするだけ。
人が多くなっているためスリにだけは気をつけながら大通りを歩いていると……混み合っているのに、ヤンキーのように肩で風を切って歩く人たちが正面からやってきた。
「うわっ、わざとぶつかりながら歩いていますね! 冒険者パーティでしょうか?」
「多分そうだと思います。見ていて気持ちのいいものではありませんね」
「僕、ちょっと注意します!」
元王国騎士団の血が騒いだのか、ジョエル君はそう言うと、ぶつかりおじさんのように歩く冒険者たちのもとへ向かっていった。
ジョエル君は私と同じく慎重派で争いを好まない性格だけど、勝てる相手には意外とぐいぐい行ける。
私はなるべく避けたいタイプだけど、ほかの人も迷惑しているだろうし、大人しく見守ったほうがいいのだろう。
ライムとマッシュもいるしね。
「あの、もう少しほかの人にも気をつけて歩いたほうがいいですよ!」
堂々とそう注意したジョエル君。
その背中がかっこよく見えているし、私も加勢したいところだけど、かえって邪魔になるだけだからおとなしくしている。
「あ? なんだこのチビ。俺を誰だか知っててケンカ売ってんのか?」
「兄貴は明後日の武闘大会に出場するんだぜぇー! 正義ぶってると痛い目見ちまうぜぇー!」
「偽善者きらい。アニキ、やっちゃっていい」
「うーし、肩慣らしに可愛がってやるとするか。チビスケ、ちょっと裏こいや」
人混みなのだが、ぶつかり冒険者とジョエル君の周りにぽっかりと空間ができている。
アニキと呼ばれている男が190センチほどあるせいか、誰もジョエル君を助けようとはしていない。
さすがの私も心配になり、ライムとマッシュに助けるよう伝えたところで……空いたスペースに、誰かがふらりと入ってきた。
ふらふらしていながら、ジョエル君よりもさらに小柄な人。
一瞬押されてしまい、紛れ込んだだけかと思ったけど、顔を見てすぐに誰だか気づいた。
初めて会ったときも同じシチュエーション――この男性は間違いなくガロさんだ。
「おっとっと。……ヒック。お、兄ちゃん、すまんのう」
よろけながらアニキさんに近づくと、酒をぶっかけたガロさん。
私はガロさんのことを知っているからハラハラしないけれど、知らない人からしたら、酔っぱらいのお爺さんが虎の尾を踏んだようにしか見えないだろう。
「――おい! すまんじゃねぇぞ、クソジジイ! 俺の服に酒をぶっかけやがったな!」
「……ヒック? 酒代はいらんぞ? ワシの不注意じゃし、ワシの奢りじゃ」
「酔っぱらいのクソが! ぶち殺してやる!」
完全に頭に血がのぼった様子のアニキさんは、拳を振り上げてガロさんに殴りかかった。
呆気に取られていたジョエル君もようやく動き出したけど……ガロさんなら何の心配もいらない。
「おっとっと。……ヒック、地面が近いのぉ?」
転びかけたように体をひねって拳をかわし、流れるようにみぞおちへエルボーを突き刺す。
この酔拳のような動きは、アクション映画を見ているみたいで何度見ても面白い。
「なんですか! このおじいさん!」
「ジョエル君、もう見ているだけでいいと思いますよ」
「へぇ?」
未だ理解が追いついていないジョエル君をよそに、頭に血がのぼって暴れまくるアニキさんの攻撃を、ガロさんは華麗にかわしていく。
オクトーバーフェストのときのように、目をそむけていた周りの人たちも次第に盛り上がり、その中のとある人が唐突に名前を口にした。
「……なぁ、あの人ってガロさんじゃないか?」
その一言を皮切りに、熱狂は一転してざわめきへ。
いつまでも当たらない攻撃にアニキさんも冷静になり始め、周囲の声が耳に入ったのか、目の前の酔っぱらいがガロさんだという疑念に、みるみる顔色が青ざめていく。
「お、おい! お前はガロ……さんなのか? 騙っていたとしたら、とんでもないことになるぞ!」
「……ヒック。ワシがガロだったら、何か問題があるのかのう?」
「ほ、本当にガロさんなのか……?」
「あ、アニキ! さすがに逃げたほうがいいですぜ!」
「う、うるせぇ! 男ってのはな、一度吐いた唾は飲み込めねぇんだ!」
仲間の制止を振り切り、かっこいいセリフを吐いたアニキさんだけど、膝はガクガクと震えている。
そんな様子を見て、ガロさんは笑いながら近づき、指ではじくデコピンで顎を一閃。
顎の先を打ち抜いたらしく、アニキさんは呆気なく意識を手放した。
ガロさんは仲間の2人に連れていくよう告げると、私のもとへやってきた。
「佐藤さん、久しぶりじゃな。バタバタしていてすまんのう。ここではアレじゃから、『バッカス』という店に来とくれ」
そう言うと、私の返事も待たずに人ごみへと消えていってしまった。
ガロさんが現れたということで、大通りは軽いパニック状態。
以前はもう自分は知られていないと言っていたけど、ギナワノスではほとんどの人に知られていることが、この騒ぎようからもよく分かる。





