第370話 交渉材料
購入したWalkersのクッキーをこれ見よがしに取り出し、高級そうな袋からクッキーを取り出す。
チラッと少女を見ると、食いつくようにクッキーを見つめていた。
「それ、クッキー?」
「はい、クッキーです。食べたいですか?」
「うん! 食べた——」
「あっ、でも、知らない人から物をもらっては駄目ですよね?」
「う、ううん! もうおじさんは知らない人じゃないよ!」
あまりの方向転換ぶりに、思わず笑ってしまう。
ただ、うまく乗ってくれたのはありがたい。
「それなら良かったです。クッキーをどうぞ」
「わーい! お腹が空いてたから嬉しい!」
少女は満面の笑みでクッキーを受け取ると、そのままかぶりついた。
口に入れて数回噛むまでは笑顔のままだったが、次第に噛む速度が遅くなり、困惑した表情で齧りかけのクッキーを凝視する。
「どうしましたか? お口に合わなかったですか?」
「……違う! 私、こんなに美味しいの食べたことない! これ、本当にクッキーなの?」
「喜んでもらえてよかったです。間違いなくクッキーですよ」
「すごーい! 全部食べちゃうからねー!」
そう言いながら、返事も待たずに一気にクッキーを食べ終えてしまった。
頬を押さえながら幸せそうな表情を浮かべており、見ているこちらも自然と笑顔になる。
「はぁー……美味しかったぁ! お口の中がまだ幸せー!」
「ちなみにですが、他の種類のクッキーもあります。食べたいですか?」
「うそー!! まだあるのー!? 絶対に食べたい!」
先ほど少女にあげたのはプレーンタイプのクッキー。
次にあげようと思っているのがチョコチップで、最後に渡そうと思っているのがフィンガータイプ。
個人的にはフィンガータイプが一番美味しいと思っているため、交渉の切り札として最後まで効果は続くだろう。
「それでは、私の質問に答えてもらえますか? 先ほど言っていましたが、私はもう知らないおじさんではないですよね?」
「ーーぎくっ! うーん……。でも、美味しいクッキーくれたしなぁ」
「質問に答えてくれたら、別の種類のクッキーをあげますよ」
「なら、答える!」
「ありがとうございます。まずはお名前を教えてください」
「私の名前はイルゼ!」
イルゼちゃんか。ようやく名前を聞き出すことができ、ホッと一息つく。
「やはり佐藤さんは凄いな。私やソアラ、ルナが聞き出せなかった名前を、あっさり聞き出すなんて」
「最初から佐藤さんに任せればよかったです。……無駄に疲れました」
2人は感心してくれているが、今回も凄いのは地球のお菓子だ。
食に少しでも興味がある相手なら、何とかできてしまうほどの力を持っている。
「イルゼちゃんですね。ここにはどうやって来たんですか?」
「うーん……? あんまり覚えてないの! パパとママと一緒に王都を観光してたんだけど、急に眠くなっちゃって……それで……目を覚ましたら森の中だった! 歩いてたら、ここが見えたから入ったの!」
誤魔化している様子はなく、本当に記憶が途切れ途切れのようだ。
思い出すようにゆっくりと語るイルゼちゃんの話が本当なら、王都で観光していたのに、いきなりこの近くまで来たことになる。
常識的には考えられないため、魔物の仕業か、あるいは誘拐未遂の可能性もある。
この世界についてはまだ詳しくないけど、人身売買のようなことも行われているのだろうか。
何はともあれ、まずはイルゼちゃんが目を覚ました場所を突き止めるのが先決だね。
「覚えていることを教えてくれてありがとうございます。とりあえずこのクッキーはプレゼントしますので、どこで目を覚ましたか教えてもらってもいいですか?」
「やったー! もちろん教えるよ!」
美味しそうにクッキーを食べるイルゼちゃんと一緒に宿を出て、目を覚ましたという場所へ向かう。
イルゼちゃんの案内を頼りに歩いていくと、着いたのは裏山近くの公道だった。
「この近くで目を覚ましたの!」
「目を覚ましたとき、近くに何かありませんでしたか?」
「うーん……何もなかった!」
今のところ、手がかりはなし。
私はルチーアさんと手分けして、このあたりを詳しく調べてみることにした。
一見、何の痕跡もなさそうに見えたが、公道側を調べていたルチーアさんが声を上げた。
「佐藤さん。無人の馬車みたいなものがあって、何やら変な痕跡もある」
「変な痕跡ですか? 一体なんでしょうか?」
「分からないが……。ネチョっとしているな」
ルチーアさんが指差す方を見ると、確かに馬のいない馬車のようなものがあり、その周囲にはネチョっとした跡がいくつかあった。
その“ネチョっと”した跡に、私は心当たりがあり、思わずテンションが上がる。
「このネチョっとしているのは、恐らくスライムの攻撃によるものだと思います。そして、この色合いから察するに……ライムの可能性が高いです」
「ライムって、旅に出ていたんだっけ? 戻ってきていたのか」
「分かりませんが、イルゼちゃんを助けたのはライムだと思います!」
「おじさん、なんだか嬉しそう!」
イルゼちゃんに指摘されてしまったが、久しぶりに帰ってきたのだから嬉しくもなる。
もしかしたら、私と入れ違いで畑の方へ向かっているのかもしれない。
私はすぐにその場を後にし、畑へと戻ることにしたのだった。





