第364話 ギャップ
ヤトさんたちと別れたあとも、イベントホールでいろいろな方たちと交流を行った。
基本的に挨拶した方を笑顔にできたけど、私の天使のコスプレで1番ツボっていたのはアシュロスさんだったかもしれない。
そんなことを考えつつ、少し疲れたため外へと出てきた。
ピエロになりきってはいたけど、恥ずかしさは抜けないため心労はなかなかのもの。
裏山の近くまで行き、リラックスしようと考えながら歩いていると……。
ロッゾさんの家の近くから、煙が立ちのぼっているのが見えた。
かなりの量の煙であり、ロッゾさん自身は先ほどイベントホールで見かけた。
ということは、不審火の可能性があり、ここは自然が豊かな場所のため、放置したら大火事になる恐れがある。
裏山に向かいかけていた足を止め、私は慌てて煙が立ちのぼっている場所へと向かった。
煙に近づいてみて分かったのだが、煙の出どころはロッゾさんの家の近くではあるものの、家からのものではない。
一向に火も見えないことから火事ではなさそうだと分かったけど、煙の正体は気になる。
恐る恐る煙の発生場所を覗いてみると、ロッゾさんの家の裏にいたのは――天使の仮装をした金髪美少女。
魔法少女感のある衣装でありながら、背中に天使の羽があり、頭の上には天使の輪っかがある。
私の天使とは比べるのがおこがましいほどのクオリティなんだけど……そんな天使の美少女はヤンキー座りで、ヤクザ映画に登場するような極太の葉巻を吸っていた。
火事かと思うほどの煙の正体は葉巻であり、火事ではなかったことに安心する前に、とんでもないギャップに驚いてしまう。
口をパクパクさせながら見ていると、天使の美少女に私の存在が気づかれてしまった。
「んあ? ……っち、見られちまったか。なんでここが分かった?」
口調は荒々しいものの、声は非常に可愛らしい。
見られちまったと言ったってことは、隠れて葉巻を吸っていたってことだよね?
世界観を守るタイプのレイヤーさんなのかもしれない。
「すごい煙でしたので、火事かと思って様子を見に来たんです。えーっと、私とは知り合いではないですよね?」
「…………お前のことは知らん」
「やっぱりそうですよね。仮装パーティーだと、知り合いでも気づかないときがあるので、間違えていなくて良かったです」
「仮装パーティー。なるほどな」
何か微妙に会話が成り立っていない気がする。
私が首を傾げていると、先ほどまで吸っていた葉巻が鎮火したようで、可愛らしいポシェットの中にしまった。
「それじゃ私は戻る。ここに私がいたことは、くれぐれも他言しないでくれ」
「分かりました。世界観は大事ですもんね」
「……? お前、いろいろと変だな」
変なのはどちらかといえばこの方だと思うんだけど……。
いや、火事かもしれないという焦りですっかり忘れていたが、今は私も天使のコスプレをしているんだった。
そうなると、客観的に見たら不審者は確実に私のほうだろうし、初対面ならなおさら警戒されていたと思う。
微妙に会話がかみ合わなかったのも、私の今の格好のせいだとしたら、変だと言われてしまったのも納得だ。
「すみません、怪しい格好で声をかけてしまって」
「いや、別に構わない。それじゃあな。……あっ、1つ聞きたいことがある。黒い服装の男を見なかったか?」
「黒い服装の男ですか?」
一体誰のことを言っているんだろうか。
当てはまる方はけっこういるし、今日は仮装パーティーだからなおさら。
私が顎に手を当てながら考えていると、天使の美少女はもういいと言わんばかりに手を払った。
「見ていないならいい。じゃあな」
「あっ、せっかくなのでお名前を聞いてもいいですか?」
「…………ナハスだ」
「ナハスさんですね。楽しんでいってください」
私のそんな声かけに首を傾げると、今度こそ行ってしまった。
それにしても、個性的な方だったなぁ。
今の私もかなり変だと思うけど、ナハスさんもなかなか。
雰囲気も独特だったし、いろいろと面白い経歴やお話を持っていそうな雰囲気があった。
イベントホールで再会できたら、ゆっくり話をしてみたい。
そんなことを考えながら、私は今度こそ裏山に向かうことにしたのだった。





