第363話 ピエロ
優勝者のシーラさんを労った翌日。
2日連続のイベントであり、今日は仮装パーティーが開催される。
仮装パーティーは全員参加であるため、昨日は観客の1人だった方々も参加者として楽しんでもらえるはず。
去年なんかは、ルーアさんが思わぬ脚光を浴びていたからね。
本人は恥ずかしがっていたけど、今年も期待したいところ。
この後の仮装パーティーに思いを馳せながら、淡々と農作業をこなしていく。
午後までにはしっかりと農作業を終わらせ、ここからは私も仮装の準備を行う。
去年はゾンビのコスプレであり、褒められたけど少し不服な結果ではあった。
今年は――天使の格好を用意している。
堕天使であるヴェレスさんが越してきたことからヒントを得て、天使の格好をすることにした。
スマブラでもピットという天使キャラがいるし、刺さる人には刺さるコスプレ。
そんなことを考えながら着替えを終えたんだけど……鏡に映る自分を見て、驚愕してしまった。
天使というよりも、家を持たない風来坊にしか見えない。
弱々しい上に、白いローブも汚らしく見えるし、容姿が普通のザ・日本人の男が天使のコスプレをしても、全くもって天使には見えないことが今、判明した。
いや、冷静に考えれば分かることだったと思うけど、イベントに浮かれすぎて頭から飛んでしまっていた。
鏡の前で5分ほど絶句していたが、何度確認しても容姿が変わることもない。
仮装もこれしか用意していないし、最終手段として去年のゾンビのコスプレを着用する手もあるけど……去年と同じはさすがに気が引ける。
なら、笑いものになったほうがマシだし、仮装パーティーを盛り上げられるならピエロになってみせる。
そう強く自分に言い聞かせてから、天使の格好でイベントホールへと向かうことにした。
去年と同様に、予定の時刻よりもかなり早めにやって来たんだけど、すでにかなりの人が集まっている。
誰が誰だか判別できないため、声を掛けて確かめていこう。
私は入口近くにいた、海賊王のコスプレをしている人に声を掛けた。
「どうも、佐藤です。えーっと、どちら様でしょうか?」
「俺だ。ドニーだ」
「えっ!? ドニーさんなんですか?」
付け髭も相まって、声をかけても誰か全く分からなかったんだけど……まさかのドニーさん。
コスプレのクオリティがめちゃくちゃ高いし、死ぬ前にニヤリと笑い、大海賊時代が始まりそうなほど。
「お嬢様に無理やり着せられたんだ。まぁ変な格好じゃないからまだいいが」
「なるほど。ベルベットさんが作った衣装だったんですね。すごく似合っていますよ」
「それなら良かった。……で、佐藤は何の仮装をしているんだ?」
「いやぁ……想像にお任せします!」
このクオリティを前にして、天使の仮装をしていますとは言えなかった。
私は手短に話を終えて、そそくさと逃げるようにその場を後にした。
ピエロになる覚悟をしていたんだけど、純粋に疑問を持たれてしまうと恥ずかしさが増してしまう。
体が熱くなるのを感じていると、今度は声を掛けられた。
「おお、佐藤なのじゃ! わらわの仮装はどうじゃ?」
振り返ると、そこにいたのはヤトさんとアシュロスさん。
去年はドラゴンの仮装だったけど、今年はエルフの仮装をしているみたい。
耳をとがらせ、服装もローゼさんにだいぶ寄せている。
アシュロスさんもエルフのようであり、薄着ゆえに肌の露出が多いので目のやり場に困ってしまう。
「今年はエルフの仮装ですか? すごくお似合いですよ」
「ぬっはっは! ローゼに相談して、衣装を決めたからのう! アシュロスはちょっと衣装が小さかったみたいじゃが!」
「事前に言ってほしかったです。仮装と割り切っていますが、ふと冷静になると恥ずかしくて顔から火が出そうです」
アシュロスさんは私と同じく、顔を真っ赤にしている。
まぁ、私とは恥ずかしさのベクトルが違うんだけどね。
「すまんのじゃ! それで、佐藤は何の仮装なんじゃ? ……ぷぷ、よく見ると今年も変な格好じゃな!」
「一応、天使の仮装なんですが……見えないですか?」
「て、天使……!」
ヤトさんが軽く笑ったのに対し、吹き出したのは意外にもアシュロスさんの方だった。
天使だと思っていなかったのもあるだろうけど、見事にツボっている様子。
「天使には見えんのじゃ! ただ、アシュロスは笑いすぎじゃ!」
「……ふふ、ふ……す、すみません。馬鹿にするつもりは……んっふっふ」
笑いを堪えようとして、余計にツボに入ってしまったみたい。
だいぶ恥ずかしさはあるけど、こうして笑ってくれた方が気持ちは楽。
「私の格好で楽しんでもらえたなら良かったです」
「アシュロスは失礼じゃな! 確かに佐藤の格好は変じゃが、そんなに笑うことはないじゃろ!」
「す、すみません。……で、でも、天使………ぷっふっふ」
ヤトさんが宥めても笑いは止まらず、しばらくアシュロスさんは苦しそうに笑っていた。
とりあえず、楽しそうなアシュロスさんが見られたから良しとしよう。
今日はピエロのつもりで、他の方たちとの交流をしていこうかな。





