第353話 アンデッド軍団
まず飛び出して行ったのはライム。
煌めく体が残像を残しており、暗い平原に光を灯して非常に綺麗だ。
……と、そんな悠長なことを言っている暇はないんだけど、そんなことを考える余裕があるくらいにはライムが強い。
模擬戦大会でも強いことは分かっていたが、序盤から私の想像を超える無双っぷりを見せてくれている。
模擬戦大会では相手に怪我をさせない配慮があったためか、今のライムの方が数段強く見える。
あっという間に数十体のアンデッドを屠ると、特攻したライムに続くようにみんなが突撃していった。
一瞬で数十体の魔物を倒す者はいないものの、誰の戦闘ぶりを見ても圧倒される。
突然の襲撃に身構えて恐怖を感じていた私だが、この様子を見る限りではここにいる面々だけで追い返せるのではないかと思えるほどだ。
「ヘレナ、火属性魔法で照らしてください」
「了解しました。――ついでに焼き払って差し上げます」
大空に放たれた、太陽のように輝く魔法の火球。
周囲を照らしながら一定の位置まで浮上すると、爆発するように飛び散った。
飛び散った小さな火の玉は的確にアンデッドを捉え、一発の魔法で甚大な被害をもたらしている。
私も負けじと投石機の準備をしているが、正直、投石するタイミングがない。
狙いを定めたアンデッドは一瞬で倒れていき、私が狙うと味方に当たりそうになるからね。
何もしない方が得策と判断し、私はゴブリン軍団に指示を送って見守ることにした。
戦闘開始から数十分も経たずに、目の前に迫ってきていたアンデッド軍団は半数以下にまで減っている。
このまま、ダークエルフや獣人族、龍人族の援軍が来る前に倒してしまえるかもしれない――そんな考えがよぎり始めたそのとき、前方の暗闇からけたたましい咆哮が響いた。
その咆哮の音量に、楽勝ムードは一転し、全員の動きが硬くなったのが分かる。
「アンデッドドラゴンが近いです。ヘレナは奥を照らしてください。そして佐藤さんは、もう少し後退してください」
「分かりました」
シーラさんの指示に従い、私は投石機を構えたままゆっくりと後退する。
その間に放たれたヘレナの火属性魔法によって、奥から迫ってきていたアンデッドドラゴンの姿がようやく視界に入った。
サイズは5メートル弱と、ドラゴンとしては小柄だ。
ただ、真っ黒な体と大きな羽を持ち、全身は腐敗しており、至る所から流れ出る真っ赤な血がヘレナの魔法に照らされて不気味さを際立たせている。
もし私がアンデッドになったらただ気色悪いだけだろうに、ドラゴンというだけでアンデッドでもかっこよく見えてしまうのは少しだけズルい。
「中々の力を持っていそうです。個々でも討伐できるかもしれませんが、ここはルーアさんパーティーに討伐をお願いしましょう」
シーラさんがルーアさんたちにお願いしようとしたその瞬間――アンデッドドラゴンよりもさらに邪悪な雰囲気を放つ、時空の裂け目のようなものが平原に突如現れた。
私たちの近くに現れたその裂け目に、全員の神経が集中する。
アンデッドドラゴンより危険なのは、戦闘に疎い私でも分かるほどの圧の強さだった。
「全員、一度止まってください!! 急遽現れたものへの対処に移ります!」
シーラさんの怒号のような声が平原に響き渡る。
ここまで焦っているシーラさんは初めて見たことからも、この裂け目からとんでもないものが出る予感が皆の胸をよぎった。
ライムとシーラさんが裂け目を挟み込むように突撃し、ヘレナとモージが二人をカバーする。
アンデッドドラゴンへ向かおうとしていたルーアさんたちも引き返し、全員の視線が裂け目に注がれた――が、裂け目から出てきたのは意外な人物だった。
「おっと、攻撃はやめてください。私です。ヴェレスです」
「えっ!? ヴェレス?」
裂け目から現れたのは、まさかのヴェレスさんだ。
確かに魔法陣で召喚したときに似ているところはあるが、こんな現れ方をするとは思っていなかった。
「佐藤様に近づく不届き者の気配を感じましてね。急いでやってきました。皆様、深夜にご苦労様です。あとは私に任せてください」
ヴェレスさんは赤い瞳を光らせ、口を大きく開けて笑い出した。
ただ、目は笑っておらず、そのギャップが悪魔のようで恐ろしい。
味方である私でも怖いと感じるほどヴェレスさんは危険に満ちているのに、思考ができないアンデッドだからか、アンデッドドラゴンはそのまま突っ込んできた。
大口を開け、ヴェレスさんに襲いかかろうとした瞬間――何故かアンデッドドラゴンの頭が弾け飛んだ。
私は瞬きをしていなかったんだけど、何が起こったのかさっぱり分からなかった。
「ふふふふ、私がいるのに佐藤様に害をなそうとするとは面白いですね。例え魔王を連れてきたところで、佐藤様には指一本触れさせませんよ? 実は……私は壊す方が得意なんです」
そこから始まったのは、ヴェレスさんによる一方的な虐殺劇だった。
慕ってくれる気持ちはありがたいが、アンデッド軍団が哀れに思えるほどの一方的な戦いで、私は何も言葉を発せずにしばらく呆然と見つめていたのだった。





