第348話 号泣
ようやく泣き止んだヴェレスさんを連れ、リビングへと向かう。
号泣なんてしませんといった感じの済ました表情をしているが、ウキウキしているのが軽い足取りからよく分かる。
名目上、今日の食事はヤトさんが手伝ってくれたお礼なんだけど、雰囲気的にはヴェレスさんが主役みたいになっていた。
ヴェレスさんが異世界のお菓子に感動して、私を探していたことを知っているからか、ヤトさんもウキウキ顔でヴェレスさんのことを見ている。
「佐藤様が用意してくれたお食事だからでしょうか。すごく豪勢に見えています」
「ぬっふっふ! ヴェレスは異世界のお菓子に感動したみたいじゃが、目の前にあるのは異世界の食事なのじゃ! 異世界のお菓子にも負けないくらい美味しいからのう!」
「お菓子に負けないくらい美味しいもの……? 親切にしてくれたヤトさんを疑いたくはないのですが、にわかには信じられませんね」
「ぷっぷっぷ! 信じなくてもいいのじゃ! 食べれば分かるからの!」
ヴェレスさんが私の方に視線を向けてきたため、食べてもいいという合図を送る。
今日のメニューはふわとろオムライス、クリームコロッケ、エビフライの“ヤトさんの大好物メニュー”。
苦手な人が少ないであろうメニューのため、ヴェレスさんも食べられないということはないはず。
全員が注目する中、ヴェレスさんはスプーンでオムライスをすくい、ゆっくりと口の中へと運んだ。
どんな反応をするのかと期待していたけど、ヴェレスさんは意外にも無反応。
……いや、無反応というより、固まっているようだ。
「ヴェレス、何か言ったらどうなんじゃ? もしかして、不味かったのかのう?」
「…………不味いなんて滅相もありません! 溢れ出る感情を抑え込むために黙っていたのですが……抑えきれません!!」
ヴェレスさんはそう叫びながら立ち上がると、表情は幸せそうながらも、両の目からは再び大量の涙が溢れ出ていた。
引いてしまうほど変な行動を取っているんだけど、すでに私以外の人たちは受け入れているようで、微笑ましい表情でヴェレスさんを見ている。
私はまだ受け入れられていないけど、それは初めて会った時とのギャップが大きいからだと思う。
他の人たちは、元から変な”として認識しているようだからね。
「気に入ってくれたのなら良かったです。今回はヤトさんが農作業を手伝ってくれたお礼として用意した料理ですので、ヴェレスは後でヤトさんにお礼を言ってあげてください」
「なんと……! ヤトさんが分けてくださっている形なのですか! こんなに美味しい料理を分けてくださるなんて、ヤトさんにも頭が上がりません」
「別に構わないのじゃ! それに、1日頑張ったところで、こんなに美味しい料理を食べる価値はないからのう! 佐藤の計らいじゃから、わらわではなく佐藤に感謝するのじゃ!」
「やはり佐藤様の計らいだったのですか! ……いえ、私は両者に感謝させて頂きます! 本当にありがとうございます!」
土下座する勢いで頭を下げているヴェレスさんに、私は頭を上げるよう伝える。
このやり取りをしている間に料理が冷めてしまうからね。
ノーマンさんたちが一生懸命作ってくれた料理だし、美味しく食べるのが礼儀というもの。
「料理が冷めたら美味しさが減ってしまうので、お礼は後でにしましょう」
「それはそうですね! これだけ美味しい料理を冷ましてしまうのは冒涜になってしまいます」
「ということで、私たちも頂きましょうか」
「うぬ! 美味しそうに食べるヴェレスを見て、お腹が減っておったからのう! 食べさせてもらうのじゃ!」
改めて食前の挨拶をし、オムライスを頂くことにした。
ヴェレスさんに注目していたせいで、まだ口にできていなかったからね。
ふわとろのオムライスをスプーンに乗せ、大きく一口食べる。
――やっぱりめちゃくちゃ美味しい!
ソースはデミグラスで、卵の下はデミグラスに合うチキンライスになっている。
ヤトさんの言う通り、ヴェレスさんが美味しそうに食べた影響もあるのかもしれないけど、ここ最近で一番の美味しさかもしれない。
「んん――! こちらのオムライスという料理だけでなく、茶色い料理も美味ッ! お菓子だけでなく、全てがハイクオリティすぎますッ!」
「だから、わらわはお菓子以外も美味しいと言ったのじゃ! ちなみに……デザートも美味しいのじゃ!」
「で、デザート……? まさかデザートまでついてくるのですか?」
「うーん……デザートは分からないですね。ノーマンさんが作ってくれているなら出ると思いますが、出ない可能性もあります」
私のそんな返答に、ヴェレスさんはひどくショックを受けた表情を見せた。
ガッカリさせてしまったのは申し訳ないけど、すべては料理を作ってくれるノーマンさん次第だからね。
「デザートも用意してあるぞ。固まるまで時間が必要だけどな」
ヤトさんもガッカリしていた中、ノーマンさんのそんな声が台所の方から聞こえてきた。
2人とも……いや、シーラさんも含めた3人が満面の笑みへと変わっており、私も思わず笑ってしまう。
「まだご挨拶ができていないのが申し訳ありません。ノーマン様とやら、ありがとうございます!!」
「ノーマンにも様付けなんじゃな!」
デザートまで用意してくれたからか、私と同じく“様付け”されているノーマンさん。
すでにジョーさんの相手だけでも大変そうなのに、ヴェレスさんにまで慕われたら、さすがのノーマンさんも疲労困憊してしまう。
ジョーさんの相手は押し付けてしまったわけだし、ヴェレスさんにはなるべく迷惑をかけさせないよう、私が配慮しないといけないな。





