第347話 楽しそうな顔
ここで暮らすことに決まり、住む場所を探しに行ってしまったヴェレスさんを横目に、私はヤトさんに視線を向ける。
楽しそうに笑っており、私が困っているところを見て喜んでいるようだ。
「……ヤトさん、なんでヴェレスさんと一緒に来たんですか?」
「さっきも言った通り、ヴェレスが佐藤を探して訪ねてきたんじゃ! 佐藤と友達のわらわが紹介しないわけにはいかないじゃろ!」
「絶対に理由はそれだけじゃないですよね? 表情が楽しそうですもん」
「いいや、他意はないのじゃ! 微笑ましく思っておるだけじゃな!」
絶対に違うと思うけど、まぁ追及したところで意味がないからね。
それに、私に対する態度が少し引っかかるものの、ヴェレスさんのことが嫌なわけではないし。
「とりあえず分かりました。それで、今日は何か用事があって来たんですか?」
「特にないのじゃ! ヴェレスを紹介するついでに、久しぶりに遊びに来たくなっただけじゃな!」
「そうだったんですね。それじゃあ農作業の手伝いをしてください。お礼に夜は豪勢な食事を用意しますので」
「おおー! 豪勢な食事は嬉しいのう! もちろん手伝うのじゃ!」
ヤトさんは軽くぴょんと跳ねてから、急いで農作業を行うための準備を始めた。
久しぶりにやってきて、畑仕事を手伝わせるのもどうかと思ったけど、農作業が終わらないと私たちも手を離せないため、手伝ってもらったほうがヤトさん的にも楽しいと思う。
久しぶりの農業スタイルに着替えたヤトさんを見て、私は微笑ましい気持ちになりながら農作業へと取りかかった。
ヤトさんも頑張ってくれたこともあり、いつもより少しだけ早く作業を終えることができた。
汗を拭いながら、みんなに労いの言葉をかけていると……どこからか視線を感じる。
視線を感じる方向に顔を向けると、遠くからこちらを見ているヴェレスさんの姿があった。
私は鈍感なほうだと思うけど、そんな私にも分かるほどの強烈な視線だ。
「ヴェレスさんもこっちに来てください」
そう声を掛けたんだけど、ヴェレスさんは一切反応を示さない。
首を傾げていると、横でやりとりを見ていたシーラさんが耳打ちしてくれた。
「佐藤さん、“ヴェレス”と呼ばないといけないんじゃないでしょうか?」
「……へ? あ、そうでしたね。……ヴェレス、こっちに来てください」
私がそう言い直すと、ヴェレスさんは笑顔で飛んできた。
これがワンちゃんやネコちゃんだったら可愛いと思えるんだろうけど、正直めんどくさいという感想しか出てこない。
「佐藤様、お呼びでしょうか?」
「えーっと、住む場所は見つかったのかなと思いまして」
「はい。裏山を越えた先に、ちょうど良い滝がありました。そこの近くに潜ませて頂こうと思っております」
裏山の先に滝……?
私はまったく思い当たる節がないんだけど、シーラさんはどこだか分かったみたいだ。
「あの辺りって、住める場所なんてありましたっけ?」
「はい。滝の裏を少しだけ手を加えまして、住めるようにしております」
“手を加えた”の域が少しだけ怖いけど、裏山の先なら見つかることはなさそうだ。
あの辺りを貸すとして、ヴェレスさんの住居問題は解決した。
「それなら良かったです。基本的には滝の裏にいるって感じですかね?」
「夜だけですね。基本的にはここに来て、佐藤様のお役に立たせて頂ければと思っております」
「それっていうのは、以前靴を直してもらったときのように、食料を提供する対価として働いてくれるって感じですか?」
「いえ。今回は私が押しかけているだけであり、従属も一方的なものですので、対価は特に頂きません。……ただ、気が向いたときに異世界のお菓子を頂けたら幸いです」
「契約ですらないんですね。……分かりました。とりあえず毎日の食事は用意しますので、今日も食べてきてください。異世界のお菓子については、何か役に立ったことをしてくれたなと思ったらプレゼントします」
私のそんな返答に対し、ヴェレスさんは表情を歪め、そして号泣し始めてしまった。
大人の号泣を見るのは久しぶりだし、泣いた理由も分からないため、若干引いてしまう。
「うぅ……佐藤様。堕天使になり、世界にすらも見放された私に優しくしてくださり、恐悦至極に存じます。この命が尽きるまで、誠心誠意尽くさせて頂きます!」
「わっはっは! ヴェレスは変なのじゃー! うっぷっぷ!」
「ちょっとヤトさん、助けてください。なんて答えたらいいのか分からないです」
「わらわだって分からないのじゃ! 佐藤に尽くすって言っておるんじゃから、堂々としていればいいんじゃないのか? ーー知らんけどな! あっはっは!」
他人事だと思って、心から楽しそうに笑っているヤトさん。
シーラさんも目線を合わせてくれないし、ヴェレスさんの対応には困ってしまう。
とりあえず泣き止むまで待ってから、ご飯へと連れて行ってあげよう。
ただ……さらに懸念点があり、今回用意している食事が異世界のものということ。
お菓子で感動していたヴェレスさんが、異世界の食事を食べてどうなってしまうのか。
これ以上の過剰な反応の相手をするのは大変すぎるし、ただのお菓子好きであることを祈りつつ、私はヴェレスさんが泣き止むまで慰め続けたのだった。





