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第344話 厄介オタク


 私は台所に立ち、ノーマンさんに手伝ってもらいながら食事の準備をした。

 王道で美味しいメニューを中心にまとめつつ、久しぶりに帰ってきたレティシアさんのために、大好物のいなり寿司もたくさん用意した。


 あまり目立ってはいないが、この秋の一番の功労者は間違いなくレティシアさんだ。

 さまざまなことに挑戦してくれたおかげで、今の状況を何とか乗り切れていると言ってもいい。


 普段は王都に滞在しており、こちらから恩返しができていないので、せめて大好物のいなり寿司を振る舞いたかった。

 もっとも、今回はクリスさんに食事を振る舞うのが主目的になってしまっているが。


 準備が整ったところで、娯楽部屋で待っているクリスさんを呼びに行った。

 すでに夜ご飯を済ませた面々も集まっており、立食パーティーのような雰囲気になっている。


「お待たせしました。食事の準備ができたので、遠慮なく召し上がってください」

「ちなみにだけど、全然待っていないわよ。漫画があれば丸一日でも待っていられると思う」

「そんなに気に入っていただけたんですか? 読書は嗜む程度だとおっしゃっていたので、ここまでハマっていただけるとは思っていませんでした」


 今のところの熱量だけで言えば、ローゼさんに次ぐほどだ。

 もちろん不動の一位はベルベットさん。


 もしこのままの勢いでクリスさんが漫画にハマってくれれば、ベルベットさんやローゼさんの作品が世に広まる絶好のチャンスになる。

 まだその気はないようだが、私としては今のうちから動きたい気持ちが強い。


「あれだけ面白いコンテンツにハマらないわけがないわ。今日はとことん読ませてもらうわよ」

「もちろん構いません。そのためにも、まずは食事で英気を養ってください」

「ええ。遠慮なくいただくわ」

「それじゃあ、食べましょうか――いただきます」


 食前の挨拶をして、急遽始まった立食パーティーがスタートした。

 美味しい料理は別腹のようで、みんな勢いよく食べている。


「それで、何がおすすめなの? 見た目では何が何だか分からないわね」

「どれもおすすめですので、気になったものから召し上がるのがいいと思います」

「うちのおすすめは断然いなり寿司! 甘い皮で包まれたご飯がもう至高なんよ」


 レティシアさんは自分で説明していて我慢できなくなったのか、いなり寿司を手に取るとパクリと頬張った。

 その幸せそうな表情は、用意してよかったと思えるほどだ。


「ずいぶん美味しそうに食べるのね。こんな表情のレティシアは初めて見たかも」


 レティシアさんに強く推されたこともあり、まずはいなり寿司から手に取ったクリスさん。

 正直、いなり寿司は“すごく美味しい!”というより素朴な料理なので、最初に勧めるにはどうかと思ったが、美味しいことには変わりないので問題ないだろう。


「――んっ、確かに美味しいわ。甘さが少し気になったけど……すぐに慣れるわね」

「そうやろ!? 甘さも癖になるんやけど、さらにこのガリを乗せると……はぁ、美味しい!」


 通な食べ方を披露するレティシアさんに倣い、クリスさんもガリを乗せてもう一つ口に運んだ。

 しかし表情が曇り、ガリは好みに合わなかったようだ。


「……私はない方が好きね」

「うちも最初はそうやったんやけど、ほんま癖になるんよ。ほら、クリスティーナ様。もう一個だけ食べてみて」


 いなり寿司の“熱心な布教者”と化したレティシアさんを、私は慌てて止める。

 無理やり勧められたものは、美味しさを感じづらいからだ。


「レティシアさん、無理やりは駄目ですよ。クリスさんも他の料理も試したいですよね?」

「ええ。せっかくなら、食べられるだけ食べてみたいわ」

「むぅ……クリスティーナ様に分かってもらえへんの、ちょっと残念やわ」


 初めて見る、レティシアさんの拗ねた表情。


「拗ねることはありませんよ。クリスさんの分も、レティシアさんが食べられるんですから。余れば取っておいてもいいですし」

「ええんですか? 佐藤さん、ほんまにおおきに」


 レティシアさんはすぐに笑顔に戻ると、早速別皿に取り分け始めた。

 確保が早いとは思ったが、いなり寿司はレティシアさんのために作ったものだし、まぁいいか。


「ずいぶん好き勝手やっているけど、佐藤は止めないのね」

「無茶だとは思いませんよ。もともといなり寿司はレティシアさんのために用意しましたから。クリスさんは別の料理を召し上がってください。……あまり大きな声では言えませんが、いなり寿司より分かりやすく美味しい料理がたくさんありますので」

「レティシアの過剰な反応に負けただけで、いなり寿司も本当に美味しいとは思ったけどね」


 そう言いながら、唐揚げを一つ皿に取ったクリスさん。

 何気なく口にしたようだが、齧った瞬間に肉汁が弾けたのか、目を見開いて驚いている。


「――なに、この料理……美味しすぎる」

「鶏の唐揚げという料理で、味付きの衣をつけて揚げています。分かりやすく美味しいでしょう?」

「ええ。レティシアがなぜ唐揚げではなく、いなり寿司推しなのか理解できないくらい美味しいわ」


 そのまま追加で三つの唐揚げをぺろりと平らげてしまった。

 レティシアさんは薄味好みだからだろう。


 繊細な味付けの料理に感動する傾向があり、口調もどこか京都の人っぽさを感じる。

 基本的にはガツンとした味を好む人が多いだろうし、私もどちらかといえばクリスさん側の派閥だ。

 ……まぁ、年齢のせいで少し胃もたれしやすくなってきてはいるが。



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