第343話 漫画の布教
奥でみんながゲームをやっているけど、まずは漫画の紹介が先だ。
クリスさんは本を読んだりするタイプなのだろうか?
「この大量の本は何なの? 見たことがない本ばかり」
「クリスさんは本を読みますか?」
「それなりって感じね。たまに気になるものがあれば読む程度よ」
「嗜むなら良かったです。ここにある本は“漫画”といって、絵を軸に描かれている本なんですよ。少し読んでみてください」
私が漫画の第1巻を手渡すと、クリスさんはパラパラとめくって読み始めた。
しばらく無言の状態が続いたが、劇的に変化した表情から気に入ってもらえたことが分かる。
「…………凄い。絵を中心に描かれている凄さもあるけど、単純に内容が惹き込まれる面白さね。ここにある本は全部漫画なの?」
「そうですね。いずれは小説も並べたいと思っていますが、今は漫画しか置いていません」
「これだけのクオリティの絵を本にして、こんなに大量に存在するなんて意味が分からないわ。……これまで見てきたどんなアーティファクトよりも驚きかもしれない」
どんなアーティファクトよりも驚いてくれたのは嬉しい。
夢中になって読んでいるところ悪いけど、このままだと漫画の世界に浸ってしまうのが分かるので、先に視察をしてもらいたい。
「クリスさん。夢中になっているところ申し訳ないですが、先にみんなの様子を確認してもらっていいですか? こちらを気にしているようなので」
「…………そちらが目的だったから仕方ないわね」
名残惜しそうに漫画を閉じて、奥でゲームをやっているみんなのところへ向かうことになった。
私が先に紹介したばかりで、途中で読むのをやめさせることになったのは非常に申し訳ない。
「随分と楽しそうにしているわね。あれは何をやっているの?」
「テレビゲームというものです。ボードゲームは知っていますよね? 簡単に言うと、ボードゲームを進化させたものになります」
「私の知っているゲームとは異なりすぎているわ。あの画面のものを動かしているってことよね? …………ここは一体何なの?」
心底驚いた表情を見せるクリスさん。
初めて出会ったときから素性を知られていたし、全て見透かされているようでもあったから、こういった表情を見られるのは凄く新鮮だ。
「私が作った娯楽部屋ですね。クリスさんは知っていると思いますが、私は異世界からやってきた異世界人なんです。漫画やゲームなど、ここにあるのは異世界のものなんですよ」
「佐藤が異世界から来たことは知っていたけど、まさかここまでのものがあるとは知らなかったわね。娯楽にここまでの技術力を投入できることに驚きよ」
「異世界は平和ですからね。必然的に娯楽が進化していったんだと思います」
「わざわざ勇者として召喚されるくらいだから、技術力もありながら強いのよね? 私は異世界人を高く評価していたけど、それすら低いくらいだったのは大きな誤算。佐藤とパイプを持つことができて本当に良かったわ」
差し出してきたクリスさんの手を握り返し、固い握手を交わす。
畏怖の念がこもっているのが分かるけど、色々と語弊があるんだよなぁ。
地球の技術力の進歩は凄まじいし、科学の力によって生まれた兵器を持ってすれば強いといっても過言ではないけど、個々の強さは弱いと思う。
この世界にやってきた時に特別な力が付与されたってだけだしね。
「私もクリスさんと知り合えて良かったと思っています。エレキトリックマウスの件や獣人族の方たちを送ってくれたこと、そして何よりレティシアさんの引き抜きを許可してくれて、本当に感謝しています」
「エレキトリックは元奴隷たちを引き受けたお礼だし、獣人族の元奴隷に関しては私のほうが感謝の気持ちが大きいわ。まぁ……レティシアの件は許可はしたものの納得はしていなかったから、今回文句の1つでも言おうと思っていたけど、この部屋を見せられたら文句も言えないわね。娯楽だけでなく、食事も美味しいんでしょう? 道中でレティシアから聞いたわ」
「やっぱりレティシアさんの件は快く思っていなかったんですね。食事も美味しいと思いますので、今日はご馳走を振る舞わせていただきます。レティシアさんの件のお詫びも兼ねて」
「それは楽しみにしているわ」
「……佐藤さんもクリスティーナ様も、うちのこと買いかぶりすぎや思いますわ。嬉しいんやけどな」
レティシアさんは恥ずかしそうにしながらそう言っているけど、謙遜している理由が分からないほど、あまりにも優秀だからなぁ。
クリスさんも手放したくなかったと聞いて、やっぱりなという感想しか出てこない。
しっかりとお詫びとお礼の意味も込めて、ご馳走を振る舞う予定のため、クリスさんには今回、異世界を満喫して帰ってもらうつもりだ。
私としても、クリスさんとは良好な関係を築いていきたいからね。
ということで、獣人族の方たちが楽しく暮らせていることも見せることができたし、クリスさんは早く漫画の続きを読みたそうにしている。
娯楽部屋で楽しんでもらっている間に、私は食事の準備を行うことにしよう。