第342話 抜き打ち
ジョルジュさんとガロさんとの飲み会から1週間が経った。
この1週間は農作業を行いながら、ほのぼのとした日々を過ごしていたわけだが、日を追うごとに畑仕事が楽になっていっているのが分かる。
宿のオープンにオクトーバーフェストと、いろいろと立て込んでいて、農作業だけの日々が楽に感じるというのもあるけど、いちばんの要因は人手が多いことだと思う。
ゴブリン部隊が農業に慣れたのはもちろんのこと、獣人族の方々も一人前の仕事をこなせるようになった。
そうなってくると、畑が手狭に感じるわけで……そろそろ畑を大きくしてもいいのかもしれない。
スキルの畑もしばらく強化していないし、今年はもう残りわずかだから大きくはしないけど、来春に合わせて農場を拡張する計画を立てたいところだ。
頭の中でいろいろと構想を練っていると、家の扉がノックされた。
こんな夜に来客とは珍しい。
山賊の可能性もあるため警戒しながらノックした人物を確認すると、扉の前に立っていたのはレティシアさんだった。
レティシアさんは基本的に王都に滞在していて、ここで作った作物の売却や『サトゥーイン』の予約受付、イベントごとの対応など、さまざまなことを担ってくれている。
最近は忙しすぎたこともあって顔を合わせる機会がなかったが、久しぶりに戻ってきたようだ。
頑張りすぎなくらい頑張ってくれているし、今からお稲荷さんを作ってあげよう。
そんなことを考えながら扉を開けたのだが……外にいたのはレティシアさんだけでなく、まさかのクリスさんも一緒だった。
「レティシアさんもお久しぶりでしたが、クリスさんもお久しぶりです。急にいらしたので、本気で驚きました」
「なんも言わんと来てしもてごめんな。クリスティーナ様が元奴隷の人らの様子を見たい言わはって、アポなしで来てもうたんよ」
「急に来て悪かったわね。ということで、様子を見せてもらってもいいかしら?」
「もちろん大丈夫ですよ。クリスさんには確認する権利がありますし、こちらとしてもクリスさんには直接お礼をしたいと思っていたので、来てくれてうれしいくらいですから」
本音を言うと少し緊張しているけど、クリスさんは怖い方ではない。
エレックとトリックのお礼に、獣人族の方たちを紹介してくれたことへのお礼。
そして何より、レティシアさんを引き抜かせてくれたことへのお礼は、直接言わないといけないと思っていた。
農作業があるため冬までは挨拶に行けなかったから、クリスさんの方から来てくれたのは本当に良かった。
「歓迎してくれているのは嬉しいわ。私は基本的にどこでも煙たがられるからね」
「そうなんですか? クリスさんほどの人なら、どこでも歓迎されると思っていました」
「まぁ表面上では歓迎してくれるわね。ただ、本心では嫌がっているのが分かるの」
そう言いながら、悲しそうな表情で笑ったクリスさん。
失礼かもしれないけど、表情ひとつ取っても絵になりすぎるがゆえの恐ろしさを感じてしまう。
「強大な力を持つがゆえの悩みなんですかね? 私は基本的に舐められ続けるので、共感できないのが申し訳ないです」
「別に申し訳なくなる必要はないわよ。……と、無駄話になってしまったわね。獣人族に会いに行ってもいいかしら?」
「もちろんです。案内しますね」
様子を見に行きたいというクリスさんを、まずは娯楽部屋へと案内する。
獣人族の方たちは娯楽部屋に集まっていることが多く、特に猫人族のタマさんは毎日ソアラさんとルナさん、それからルチーアさんと一緒にゲームをしている。
そんなタマさんを含む獣人族の中で、ゲームの腕がいちばんいいのは犬人族のローリスさん。
内向的な性格でありながら、スイカも一発で割ってみせた人物だ。
努力が上手なようで、効率的な練習方法を行い、少ないプレイ時間で確実に強くなっている。
対するタマさんは“打倒ローリスさん”を掲げているようで、この2人の戦いは見ていて面白い。
「へぇー。遊ぶためだけの部屋があるのね。ただの田舎だと思っていたけど、すごい宿も見えたし面白いじゃない」
「ありがとうございます。ただ、部屋の中はもっと面白いですよ」
私は得意げになりながら、クリスさんを娯楽部屋へと案内する。
この世界の各地から珍しいものや高価なものを手にしてきたクリスさんでも、異世界のものはあまり目にしていないはず。
どんな評価を下すのかを楽しみにしつつ、私は娯楽部屋へと案内したのだった。