第337話 酔っ払い
揉めているところに向かうと、その中心にいたのは身長190センチほどの大柄な男性。
季節外れの薄着をしており、山賊のような見た目をしている。
お腹がぽっこり出ていて、戦闘職といった感じではなさそうなのだが、酔っ払った大柄な男性というだけで十分怖い。
どうやら購入制限に納得がいっていないらしく、今にも暴れ出しそうなところを周囲の人々に諌められていた。
「こういう横柄な方も来るとは思っていましたが、実際に目の当たりにすると不愉快ですね。佐藤さん、私が止めに行ってもよろしいですか?」
「うーん……。ここは現場の対応に任せた方がいいと思いますが、ちょっと危なそうなので怪我をさせないように止めてもらえますか?」
「はい。重傷は負わせないように善処します」
シーラさんの目は本気で、むしろ「善処」という言葉に恐怖を感じる。
ただ、今にも暴れ出しそうな状況なので、多少の怪我を負わせてしまっても仕方がないだろう。
そう割り切り、シーラさんが動こうとしたその時――。
ふらふらとした老人が、怒鳴っている大柄な男性にぶつかってしまった。
「……ヒック。おっと、すまんのう」
「すまんじゃねぇ! こっちはイライラしてんだよ!」
ぶつかった老人に対し、間髪入れず拳を振り上げる男性。
シーラさんはすでに動き出していたが、物理的に間に合う距離ではなかった。
迷わず制圧の許可を出していれば……と後悔が過る中、無情にも大柄な男の拳が老人に振り下ろされた。
下手をすれば死んでもおかしくない――そう思った瞬間、拳は老人を捉えることなく空を切り、大柄な男はバランスを崩した。
「……ヒック。謝ったのにのう。すぐに手を上げる男はモテんぞ?」
「く、くそジジイ!」
酔いのせいか、それとも恥ずかしさのせいか。
顔を真っ赤にした男は立ち上がると、本気で殴りかかったが、老人は未来が視えているかのように拳を軽やかに躱していく。
その躱し方にもユーモアがあり、重苦しかった空気が一気に緩和された。
華麗にあしらう老人に対して、観客からは声援まで飛び始める。
止めに入ろうとしていたシーラさんも動きを止めており、これならもう大丈夫だと分かった。
そこから老人は闘牛士のような振る舞いで、殴りかかる男をいなし続け、男がヘトヘトになったところで警備の兵士に捕らえられた。
大事故に繋がらなくて本当に良かったし、酔っぱらいのお爺さんに助けられてしまった。
「佐藤さん、私の出番はありませんでした」
「シーラさんも制圧に向かってくださり、ありがとうございました。私も見ていましたが、あのお爺さん、すごかったですね」
「動きを見る限り、何らかの達人だと思います。お話を伺いに行きますか?」
「はい。お礼もしたいですし、見失わないうちに声をかけてきます」
ということで、私はすぐに酔っぱらいの男性をいなしてくれたお爺さんに声をかけることにした。
「すみません。今回のイベントの主催者なのですが、少しだけお時間を頂いてもよろしいですか?」
「……ヒック。んー、ワシは絡まれただけじゃぞ?」
「疑いをかけるのではなく、お礼がしたいだけなんです。大丈夫でしょうか?」
「そういうことなら、もちろん大丈夫じゃ」
お爺さんは顔が紅潮しているだけでなく、喋るたびにお酒の匂いもする。
私は先ほどの動きから「酔ったフリをしているのだ」と思っていたが、本当に酔っているらしい。
その凄さに感心しつつ、ひとまず少しだけ場所を移動して話をすることにした。
移動の際も足取りはおぼつかず、これでよくあれだけ華麗にいなせたものだと感心してしまう。
「改めて、ありがとうございました。お爺さんがいなしてくれたお陰で、事件にならず、穏便に済ませることができました」
「……ヒック。お礼なんかいらんよ。酒が不味くなるから、ワシの方がちょこっと絡んだだけじゃしな」
そう言いながら、楽しそうに笑ってくれる。
私より背も低く、体の線も細いのに、本当にすごい方だ。
「その行為に助けられたんです。お礼といったら少ないですが、メダルを20枚差し上げますので楽しんでいってください」
「おー、それは悪いのう! ただ、20枚も使い切れんから、5枚だけ頂かせてもらおうかな」
私が差し出した20枚のメダルから、5枚だけを受け取ると、スキップでもしそうな勢いでお酒を飲みに向かうお爺さん。
そんな背中を呼び止めるのは申し訳なかったが、名前だけは伺っておきたいと思い声をかけた。
「あの、お名前だけ伺ってもよろしいでしょうか?」
「ワシはガロじゃ。それじゃ、またのう。――あ、ひとつ質問してもよいか?」
「もちろんです。私に分かることであればお答えしますよ」
「ここにジョルジュという老人はおらんか? お酒のイベントだし、おると思って来たんじゃが……見当たらんくてな」
ジョルジュさん?
私の思い描いているあのジョルジュさんだろうか?
「お酒を造っているジョルジュさんですか?」
「おお、そうじゃ。知っているのかの?」
「もちろんです。もう少ししたら、このイベントにも顔を出すと思いますが、家に行ってみますか?」
「ジョルジュはここに住んでおるのか。イベントに参加するということなら、気長に待つから大丈夫じゃ。教えてくれてありがとのう」
ガロさんはそう言うと、今度こそお酒を飲みに行ってしまった。
本当はもう少し聞きたいことがあったが、これ以上お時間を取るのは申し訳ない。
後でジョルジュさんに聞いてみるとして、私たちも改めてオクトーバーフェストを楽しむとしよう。