閑話 美香視点 その2
ライムと二人で遊んでいると、私のことを報告しに行ってくれていた従者さんが帰ってきた。
どうやら話をつけてきてくれたようで、後で蓮たちがやってくるみたい。
何も言わずに逃げ出したから気まずいけど、決して蓮たちのことを嫌いになった訳じゃない。
ただ、直接会って話すのは、まだ心の整理ができていない。
私が俯いて落ち込んでいる中、話はライムのことへと変わった。
先ほど起こった現象をおじさんが事細かに説明し、従者さんに何が起こったのかを尋ねた。
「恐らくダークスライムに進化しています。魔力塊を与えたことで種族進化したのだと思います。私も魔物が進化することは知らなかったのですが……間違いなくライムでありながら、体色や核の形を見てもスライムではなくダークスライムになっていますからね」
従者さんによると、ライムは進化したみたい。
かなり心配していたんだけど、進化ということなら決して悪いことではないはず。
それにしても……進化か。
ポケモンとかも好きだったから、進化という響きにはついロマンを感じてしまう。
蓮たちへの気持ちで落ち込みながら、進化に対するワクワクを感じるというぐちゃぐちゃ心境。
そんな心境の中、ライムが甘えるように足に体を寄せてくれており、私が撫でながら癒されていると……。
「……美香さん。ずっと言おうか迷っていたのですが、私が我慢ならないので言わせて頂きます。佐藤さんのことを“おじさん”と呼ぶのは止めてください。ちゃんと佐藤さんとお呼びください」
従者さんが私に対し、強めの口調でそう言ってきた。
確かに、勝手に押しかけた私を優しく受け入れてくれたのに、おじさん呼ばわりは失礼だったかもしれない。
「――あ、ごめんなさい。名前知らなかったから、おじさんって呼んじゃってた」
「いえいえ、別に気にしないで大丈夫ですよ。実際に私はおじさんですから」
「いいえ、絶対に駄目です! ここにいる以上は佐藤さんは佐藤さん。私のことはシーラと呼んでください」
シーラに佐藤。
もうちゃんと名前を覚えたし、これからはしっかりと名前で呼ぶことを心掛ける。
「分かった。呼び方はシーラと佐藤でいい?」
「距離の詰め方が少し気になりはしますが、まぁ良いでしょう。それでは佐藤さん、農作業を行いましょうか。私が離れていたので進んでいませんよね?」
「そうですね。ライムの進化もあって、まだまだ残っています」
「大変なら、私も手伝うよ! 見ていて、ちょっと面白そうだと思ったし」
「本当ですか? ありがとうございます」
少しでも役に立てるように、さっきまで佐藤がやっていた仕事を手伝うことにした。
動いていれば考えずに済むし、佐藤とシーラの役に立てるから一石二鳥。
気を取り直して、頑張って働くとしよう!
辺りが夕暮れに染まった頃、ようやく全ての仕事が終わった。
佐藤は作業をしながら笑っていたこともあって、傍から見ている分には楽しそうだと思ったけど、実際にやってみると想像の倍は大変。
ただ何かを育てるというのは、思っていた3倍は楽しかった。
「ふぅー、疲れた! 見た目よりも意外と重労働だね!」
「ダンジョン攻略よりかは流石に楽だとは思いますが、農作業も中々大変ですよ。美香さんにも、育てた野菜が実る感動を味わってほしいですね」
「味わいたい! やっぱりしばらくここに――」
片付けを行いながら、そんなことを口走ったタイミングで……こちらに向かってきている3人の姿が見えた。
清々しい気持ちが一転、心臓の動きがバクバクと早くなり、ぎゅーっと苦しくなってくる。
「美香、本当にここに来ていたんだ」
「なんで何も言わずに行っちゃったんだよ! 本気で心配していたんだぞ!」
「将司、声を荒げるのは止めてあげてください。美香にも事情があったことは聞いていたでしょう?」
「蓮さん、将司さん、唯さん。お久しぶりです。お元気そうで良かったです」
「え、えーっと、おじさんもお元気そうで良かった。それと、美香の面倒を見てくれてありがとう」
3人から私を守るような形で、前に立って話を始めてくれた佐藤。
さりげない気遣いなんだけど、その気遣いが今の私にとっては本当にありがたかった。
深呼吸を行えるくらいの冷静さを取り戻すことができ、私は大きく息を吐いてから、必死に話を繋いで時間稼ぎをしてくれようとしている佐藤にお礼を伝える。
「おじさんじゃなくて佐藤ね。……佐藤もありがとう。大丈夫。約束通り、話をしてくるよ」
「もう大丈夫なのですか?」
「うん。使命とか戦いとかにうんざりして逃げ出しただけで、三人のことは大好きなままだから」
「それなら良かったです。別荘のリビングでゆっくり話してきてください。私とシーラさんは外で待っていますので」
「えーっと、佐藤さん。ありがとう。遠慮なく使わせてもらう」
「ええ、どうぞ。ゆっくり、じっくり話し合ってください」
私は佐藤に見送られ、蓮たちと一緒に別荘の中に入った。
逃げたことを責められるのかと思ったけど、3人が私を責めてくることは少しもなく、ただただ純粋に心配してくれていたことが馬鹿な私にも分かる。
まずは黙って逃げたことへの謝罪。
それからどうして逃げたのかをしっかりと説明し、3人としっかりと本心で話し合った。
一番驚いたのが、辛いと感じていたのが私だけじゃなかったということ。
私に気を使ってくれたというのもあるだろうけど、3人もギリギリだったことを打ち明けてくれた。
「意外だったかも。将司とかは特に楽しそうにしていたしさ!」
「楽しいことは楽しいけど、辛いもんは辛いぜ? 美香が言っていたように風呂に入れないで臭いのはしんどいし、俺は何と言っても飯が不味いのが本当にキツい! どの飯食っても美味しくなくて、本当に力が出ないんだよな! 人生の楽しみも毎食ごとに奪われていく感じがあるし!」
「それは私もですね。食べることは大好きってほどではなかったんですけど、それでも不味いというのは辛いです。あと甘いものは好きだったので、スイーツが食べられないのはストレスですね」
「ご飯に関してはみんな思ってたか。何か微妙に臭いし不味いんだよなぁ……。あと、単純に腹を壊す頻度が確実に上がった。日本って凄かったんだなって改めて思うよな」
ご飯に関しては満場一致。
死ぬほど体力を使うダンジョン攻略を行っている以上、3食食べるのは必須条件のため、必然的に1日3回食事を取らないといけない。
その食事がまずいというのは、日を追うごとにストレスが溜まっていった原因になっていたのだと思う。
「みんなも耐えていたんだね。……あっ、そうだ! 私、ここでトマトを食べたよ!」
「トマト? トマトってあの赤くて丸いトマトですか?」
「そう! 赤くて丸いトマト!」
「なんでっ!? なんでトマトがここにはあるんだよ!」
「私も分からないけど、佐藤が育ててた!」
「やばい。トマトめちゃくちゃ食べたいんだけど」
「でも、量は少なかったから、もしかしたら譲ってくれないかもしれない」
「何も言わずに逃げたことは私も辛かったこともあって、怒りの感情なんて湧きませんでしたが……。美香が一人だけでトマトを食べたことには、沸々と怒りが湧いてきています」
「えっ、なんで!? 唯が言うとマジっぽくて怖いんだけど!」
「マジですから」
唯は笑顔ながらも目が本気であり、将司も蓮も同意するように頷いている。
これは佐藤に頼んで、いつかでいいから三人にもトマトを分けてもらえないかを交渉しないと駄目かもしれない。
「えー! そういうことなら、私の方から佐藤にお願いしてみる! 時間がかかるかもしれないけど、きっといいって言ってくれるから!」
「あー、そういうことなら俺が交渉する。美香の件だけでも迷惑をかけちゃったし、これ以上は一方的に甘えたくないからな。何かしらの物と交換してくれないかの交渉をする」
「俺もそれがいいと思うぜ! でも……トマトがあるって分かっただけでも、すげぇテンションが上がったわ!」
「私もです。トマトなんて、どちらかといえば嫌いよりだったんですけど」
みんなの目は輝いており、少し重苦しかった空気がいつもの空気へと変わった。
トマトの件もそうだけど、本当に佐藤には感謝してもしきれないな。
この恩はいつか絶対に返したい。いや、返さないといけない。
「とりあえず交渉は俺に任せてくれ。それよりも話はまとまったし、早いところ出よう。外で待たせてしまっているからな」
ということで、私達は急いで別荘を後にした。
外に出るなり、心配そうな佐藤が駆け寄ってくれ、私に優しく声を掛けてくれた。
「美香さん、大丈夫でしたか?」
「うん! 佐藤、気遣ってくれて本当にありがとね。お陰でゆっくり話し合えた!」
「それなら良かったです。それで美香さんはこれからどうすることにしたんですか?」
「もう少し、みんなと一緒に頑張ることにした! それでなんだけど……やっぱり駄目だった時はここで働かせてくれる?」
「もちろんです。といいますか、逃げる時だけじゃなく気楽にいつでも遊びに来てください」
「ありがとう! 逃げる場所があるって分かっただけでも気が楽になったよ!」
「ええ、いつでも逃げてください。逃げることは悪いことではありませんからね」
逃げることは悪いことではない――か。
逃げてしまった私は罪悪感を覚え続けていたけど、そんな佐藤の言葉でスッと楽になった。
存在そのものが温かいし、何も知らないこの異世界で唯一弱い部分を見せることができる相手になった瞬間だったと思う。
それと同時に……幸の薄い普通のおじさんとしか思っていなかったのに、少しだけかっこよく見えてくる。
私はそんな気持ちを隠すように頬をもにゅもにゅとさせ、照れているのをバレないように馬車に向かって歩き出す。
「佐藤、この恩はいつか返すからね!」
「返さなくて大丈夫ですよ。美香さんは美香さん自身を大切にしながら、他の誰かを救ってあげてください」
「うん、分かった! ……佐藤はおじさんだけどかっこいい」
「え? 何か言いましたか?」
「ううん、何でもない! 絶対にまた来るから!」
私は佐藤にお別れの言葉を告げてから、馬車の中に乗り込んだ。
逃げてここに来たのは今朝のはずなんだけど、同じ日とは思えないほど心が軽い。
今ならダンジョンだろうが、魔王だろうがかかってこいって心境。
みんなには迷惑をかけてしまった一日だったけど、私にとっては心が壊れてしまう前に佐藤と出会うことのできた本当に大事で大切な一日だった。
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