第330話 オープン
今日はいよいよ宿のオープン日。
いつもよりも早く起きて、最終確認を行うために宿へと向かったんだけど……既に宿にはルチーアさんたちがスタンバっていた。
「おはようございます。私も早く来たつもりでしたが、随分と早いですね」
「オープン当日は流石にソワソワしてしまってな。みんなで最終確認を行なっていた」
「ねぇねぇ! 最初のお客さんはいつ来るの?」
「朝の9時にはやってくると言っていましたので、あと3時間後くらいですね」
「あと3時間しかないんだ。……緊張してきた」
「練習通り行えば大丈夫ですよ。もし失敗してしまったとしても、私は皆さんを守りますので」
「佐藤さんは本当に優しいな。……みんな、佐藤さんのためにも絶対に成功させるぞ」
「「「おー!」」」
ルチーアさんの掛け声に合わせて、みんなが声を出しながら拳を突き上げた。
ここまでやる気を出してくれていることが本当に嬉しい。
みんなを守るためにも、カスハラには全力で対抗するし、大きなミスをしてしまってもフォローする。
そう心の中で誓いながら、最初のお客さんが来るまで私は宿を見て回った。
部屋の確認を行なっていると、あっという間にお客さんがやってくる朝の9時になってしまった。
自分ではあまり気づかなかったけど、緊張しているのかもしれない。
私たちは外へと出て、初めてのお客さんがやってくるのを待つ。
情報によれば、初めてのお客さんは王都に住んでいる老夫婦。
私も含めておじさんはいるものの、おじいちゃんとおばあちゃんはいないため、気に入ってもらえるかはかなり不安。
そんな不安な気持ちを抱えながら待っていると、王都方面から馬車がやってくるのが見えた。
ちなみに馬車も、ここと王都のみを走る専用のものを自分たちで用意しようと思っていたんだけど、馬車屋の1つが専属として働かせてほしいというお願いがあり、私は二つ返事で了承。
今はそこの馬車屋さんが、王都からここまでを馬車で走らせてくれている。
「き、来たな。お辞儀はしっかり。絶対に噛まない。お辞儀はしっかり。絶対に噛まない」
「ルチーアさん、落ち着いてください。自然な笑顔でお願いします」
固くなっているルチーアさんに声を掛けていると、馬車からゆっくりと降りてきたのは、見るからに優しそうな老夫婦。
まだ一目見ただけだけど、最初のお客さんがこの方たちで、心の底から良かったと思えている。
「いらっしゃいませ。サトゥーインへようこそ」
「あらまぁ、凄い歓迎ね」
「ほっほっほ。なんじゃ、王様にでもなった気分じゃの」
綺麗に揃ったお辞儀で、バッチリとお客さんの心を掴むことができたようだ。
すかさず、老夫婦の荷物を受け取り、ルチーアさんが宿まで案内を始める。
「田舎の宿屋さんと聞いていたんだけど、王都にあるどこの宿屋さんよりも綺麗ねぇ」
「本当に凄い造りじゃのう。できたばかりと聞いて、少しだけ不安じゃったが大正解じゃったな」
「ありがとうございます。こちらがフロントになりまして、鍵の受け渡しと返却はここで行わせて頂きます。ワーナー様は夜ご飯と朝ご飯も希望ということでお間違いないでしょうか?」
「ご飯がおすすめと聞いていましたからね。夜、朝ご飯付きのプランを申し込ませてもらいましたよ」
「ありがとうございます。それではこちらがお食事券となります。食堂がフロントから右手に進んだ先にありますので、夜ご飯は18時から22時まで。朝ご飯は6時から10時までのお好きなタイミングで起こしください」
自由に食事を取ることができるというシステムも新しいみたいで、ワーナー夫婦は凄く驚いていた。
それから軽く大浴場と食堂の説明をしてから、お部屋へとお通しする。
説明はソアラ、案内はルナが担当したんだけど、問題なくこなすことができていた。
「案内してきました。お部屋を見て、喜んでくださっていました」
「それは良かったです。ひとまず、これで1つのお仕事は完了ですね。後は、ご質問や対応を求められたときに、返答するという感じになります」
「緊張したが、練習通りにできてよかった」
「私も! 練習しておいて良かった!」
「うん。何より嬉しそうにしてくれていて、私も嬉しくなった」
ルナのそんな発言に、全員が心の底から同意するように頷いた。
頑張って建てた甲斐があったと思えるし、ワーナー夫婦には素晴らしい思い出を作ってほしい。
そんな願いを込めつつ、とりあえず私は宿をあとにして農作業を行うために畑へと急ぐ。
次にお客さんがやってくるのはお昼以降。
それまでは農作業を行い、次のお客さんが来るタイミングで再び宿へと向かう。
行ったり来たりで大変ではあるけど、あくまで今日だけの動き。
お部屋まで通してしまえば、後は何かトラブルがない限り、仕事は部屋や大浴場の掃除くらいだからね。
ビジネスホテルをベースにしただけあって、効率よく仕事を行えるようになっている。
慣れてしまえば、ルチーアさんたちだけで問題なくこなせるだろうし、私のサポートはあくまで限定的。
そのため、しっかりとお客さんの喜んでいる姿を目に焼き付けておきたいな。