第328話 料理対決
全員合格で料理人の採用試験は終わったんだけど、不満そうにしている強面の料理人さんから呼び止められてしまった。
合格なのに不満そうな理由がよく分からないため、ヒヤヒヤしながら話を伺うことにした。
「あの……どうかしましたか?」
「合格にしてもらったところ悪いが、今回の採用はなかったことにしてもらいたい」
一言目で飛んできたのは、まさかの内定辞退。
こっちの世界でも起こるとは思っていなかった。
それに、この方は一番料理の腕が高かった人。
去る者追わずがモットーではあるけど、さすがに理由くらいは聞いておきたい。
「辞退したいというのであれば止めるつもりはないのですが……理由を聞いてもいいですか? 何か不手際をしてしまったのなら謝罪させていただきます」
「別に不手際なんかされてねぇよ。単純にレベルが低いから働くのを辞めたいってだけだ」
「レベルが低い? それは全員合格になったからでしょうか?」
「ああ。さっき全員の作った料理を食べてみたんだ。俺の次に料理を作った二人はまあまあだったが、あとの三人はダメダメ。あの料理で合格するってことは、あんたの見る目もないと俺は判断した」
なるほど。
同じ合格だったのが許せない、といった感じか。
でも、今回求めていたものは、最低限の料理スキルだからなぁ。
ヤコブさんも、龍人族の中では料理が上手い方だったけど、料理人として働き始めた頃は私と同等くらいだった。
それでもノーマンさんの指導を受けたことで、今ではノーマンさんの右腕と言えるほど上達しているし、今回も伸びしろを買って採用した部分が大きい。
もちろん、最初から料理が上手いに越したことはないんだけどね。
「理由は分かりました。ただ、今回採用した方はみんな同列ではありませんよ。あなたの仰った……すみません。まだお名前も伺っていませんでした。私の名前は佐藤です。あなたのお名前は?」
「俺はジョーだ」
「ジョーさんですね。ジョーさんが仰った3名の方は、下積みからやってもらうつもりでした。調理場の仕事は料理だけではありませんからね」
「そんなもん、後からなら何とでも言えるだろ」
「それはそうですが……そうですね。なら、私と料理対決してみませんか? どちらが美味しい料理を作るのかの勝負です」
そんな私の提案に、ジョーさんは表情を歪めきった。
俺の料理を食べたのに、勝てると思ってんのかと言いたげな表情。
「佐藤に勝ち目はないだろ。料理人じゃないんだよな?」
「違いますが、先ほどのジョーさんの料理よりも美味しい料理を作る自信はあります」
「……ちっ。……よし、乗った。その代わり、俺の料理の方が美味かったら一発殴らせろ」
「殴るのは駄目です。ただ、全力で謝罪させていただきます」
「絶対に謝罪させてやる」
こうして急遽、私とジョーさんの料理対決が決まった。
流れとしては意味が分からないんだけど、ジョーさんは逃したくない逸材。
もちろん、この料理対決を経ても考えが変わらないようなら、引き止めることはしないけどね。
「ルールは先ほどと基本的には同じです。ここにある食材を使って、1時間以内に料理を完成させること。ただし、10人分ではなく1人分でお願いします。これ以上料理を作っても処理しきれませんので」
「それでいい。んじゃ開始でいいな」
ジョーさんは食材を手にすると、先ほどと同じように凄まじい速度で調理を始めた。
ここには地球の作物もあるんだけど、ジョーさんが使っているのはこの世界の作物のみ。
料理の腕が高ければ高いほど、一発勝負の場面では見たことのない食材は使えない。
その選択を選んでしまったら、私は負けようがないからね。
料理の腕ではなく、食材とレシピの差で勝たせてもらう。
今回作るのは、温野菜のチーズ焼き。
ブロッコリー、玉ねぎ、にんじん、きのこ類の上にホワイトソースをかけ、チーズを乗せてオーブンで焼くだけ。
グラタンやドリアの要領で作る料理であり、この料理が不味いわけがない。
野菜を茹で、その裏でホワイトソース作り。
あとは温野菜とホワイトソースを混ぜ合わせ、その上にたっぷりのチーズを乗せて焼くだけ。
料理よりも待つ時間の方が長いけど、今回の勝負はどちらが美味しい料理を作れるかだからね。
暇な時間はジョーさんの調理している様子を見ていたのだが、改めて凄い。
匂いを頻繁に嗅ぎ分けながら、いくつもの食材と調味料を細かく調整している。
感心している間に、どうやらチーズ焼きが焼き上がったようだ。
火傷に気をつけて取り出すと、チーズが絶妙な焦げ具合でトロトロに溶けている。
匂いから美味しそうすぎるし、これは完璧な焼き加減。
そして、その匂いがジョーさんのところにも届いたようで、先ほどまで私には一切関心も示さなかったのに、今は私の料理を凝視している。
ちょっとズルいかもしれないけど、ジョーさんも同じ食材を使えたわけだからね。
もう既に勝ちを確信してしまっているけど、最後まで勝負は分からない。
パセリを乗せ、見た目も整えてから――私はチーズ焼きを完成させたのだった。