第327話 採用試験
宿が完成してから1週間が経過した。
宿のオープンは来週に控えており、今はオープン前で過去一番の忙しさだ。
農業はこれまで通り続けなければならないし、それに加えて宿の準備による慌ただしさもある。
この世界に電話がないのは非常に不便で、現在は王都でレティシアさんが予約希望者とのやり取りを引き受けてくれている。
予約は王都でのみ受け付け、レティシアさんが受けた予約を蝙蝠の魔物に託して手紙で送ってくれる仕組みだ。
蝙蝠の魔物はミラグロスから譲り受けた魔物であり、こうして手助けしてくれる方々には感謝しかない。
さらに、ベルベットさんが強く推してくれたこともあって、宿の予約は少しずつ埋まりつつある。
満員とまではいかないものの、初回としては十分すぎる客入りであり、ここからはリピーターを増やせるよう努力するだけだ。
「佐藤さん、各部屋の配置が完了した。他にやることはあるか?」
「ルチーアさん、ありがとうございます。特にありませんので、マニュアルを確認しておいてください。来週からはいよいよ本当のお客様が来ますからね」
「あ、ああ。やっぱり緊張してくるものなんだな」
手を擦りながら、既に緊張の色を隠せていない様子のルチーアさん。
慣れてきたとはいえ、やはり実際にお客様を迎えるとなると勝手が違うのだろう。
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。多少のミスで怒る人なんてきっといません」
「そうだといいんだが……やっぱりミスはしたくない」
うちの宿は私の方針でしっかりと指導しているし、王都の宿屋と比べれば多少のミスは気にされないはずだ。
ルチーアさんの気持ちも分からなくはないが、ミスを恐れすぎると逆にミスにつながってしまうもの。
宿で働くダークエルフのリーダーはルチーアさんだからこそ、私はできる限り励まし、モチベーションを高めてもらうことに注力した。
全員が慣れない仕事に不安を抱えてはいるが、私はしっかりと指導してきた自負があるし、みんななら大丈夫だと信じている。
何かあれば私が手助けすればいい。ダークエルフたちはルチーアさんに任せ、私は料理人の選定を進めることにした。
食堂には、応募してくれた6名の料理人志望者が集まってくれている。
そのうち2人はノーマンさんの知り合いで、残りの4人は募集の張り紙を見て応募してくれた人たちだ。
ノーマンさんのお弟子さんが正式に働けるようになったこともあり、現状は人手が足りているんだけど、きちんと働ける人なら全員雇いたいと思っている。
「それでは簡単なテストを行います。10人前の料理を1時間以内に作ってください。食材は自由に使って構いません。あくまでもスピードではなく、美味しさを基準に採用を決めさせて頂きます」
とはいったものの、実際には美味しさが多少劣っていても、1時間以内に10人前を完成させられた人は全員採用するつもりだった。
これは雑に作らせないための牽制であり、得意料理を本気で作ってもらう狙いがある。
合図とともに、全員が調理を開始。
ノーマンさんの知り合い2人は、素人目にも分かるほど見事な包丁さばきを披露していた。
しかし、それに負けない――いや、それ以上の速度で調理しているのは、坊主頭で強面の若い男性だった。
鋭い三白眼に、片眉には大きな古傷。かなり特徴的な風貌の持ち主だ。
正直、食堂に入ったときからずっと気になっていた人物だったけど、給料の高さに釣られてやってきた冷やかしだと勝手に思い込んでいた。
見た目で人を判断してはいけないと心に決めていたのに、またしても外見で偏見を持ってしまったことを猛省する。
「完成した。食ってくれ」
反省している間に、最初の料理が完成したようだ。
持ってきたのはもちろん、その強面の男性。
まだ40分ほどしか経っていないのに、10人前をしっかりと仕上げている。
しかも……見た目からして非常に美味しそうだ。
「それではいただきますね」
そう言って、私は料理を口に運ぶ。
強面の印象からは想像できないほど、優しく繊細な味わい。
食材は全てこの世界のものなのに、純粋に美味しいと感じる仕上がり。
……香りが完璧なのだろうか。
この世界特有の食材の臭みがうまく調和されていて、不快感なく味わえる。
「すごく美味しいです。合格とさせて頂きます」
「ざす。働かせてもらう」
坊主の男性は腰のエプロンを外すと、軽く叩いてから後列へ戻っていった。
そして、私が試食を終えた頃に、次の料理も完成したようだ。
ノーマンさんのお知り合い2人の料理で、どちらも完成度が高い。
味見をしてみると、不味いわけではないけど……先ほどの料理と比べると印象が薄い。
この世界の食材で不味くない料理を作れるだけでも十分すごいが、最初の料理のインパクトが強すぎたのだ。
とはいえ、2人ももちろん合格。
「2人も合格です。これからよろしくお願いします」
「ありがとうな。ノーマンと一緒に頑張らせてもらう」
「雇ったことを後悔させないから」
その後も制限時間ギリギリで次々と料理が完成していった。
味は正直、あまり良いとは思えないものも多かったけど、誰1人として時間を超えることはなかったため、全員を合格とした。
ノーマンさんの知り合い2人はもちろん収穫だけど、やはり一番印象に残ったのは坊主頭の男性。
確実に即戦力であり、ノーマンさんのお弟子さんと一緒に美味しい料理で宿を盛り上げてほしい。
そう願いつつ、料理人の採用試験は全員合格で幕を閉じた。