閑話 変わった貢ぎ物
久しぶりに召喚されたと思いましたが、随分と変わった方たちですね。
若い子供のように見える4人は、年齢からは考えられないほどの強者のオーラを漂わせていたので、軽く手合わせをしてみたいと思ったのですが……個の強さも年齢も、他の4人とは異質な方に制されてしまいました。
個性の一切ない、おじさんという感じの男性。
4人がなぜ一緒に行動しているのか分からないのに、4人ともがこのおじさんの言うことを素直に聞いているのです。
先ほどまで殺気立っていたのが嘘のように、雰囲気も軟化したのが驚きですね。
それに、今まで出会った人間の中で一番飲み込みが早く、かつ柔軟な思考を持っていることが窺えます。
そう言えば……人間は弱い者が王を務めることが多いと聞いたことがあります。
もしかしたら、この男性は人間の国の王なのかもしれません。
であれば、若者たちが従っているのも理解できますからね。
弱き者が王を務めるというのは理解できませんでしたが、この男性を見て、その理由も少しだけ理解できた気がします。
王を務めるためには力だけでなく、知恵や柔軟性が必要だということ。
人間は力よりも、そちらに重きを置いているということなのでしょうか。
新しい発見に素直に感心しながら、私は佐藤さんと呼ばれている男性と取引を行うことに決めました。
最初から異質なだけあって、取引の内容もこれまで経験したことのないものであり、靴を修復してほしいという依頼。
私はどちらかといえば、直すよりも壊すことの方が得意なのですが、靴くらいならすぐに修復できます。
これまた変な食料と引き換えに、私は佐藤さんの靴の修復を開始。
最初は靴を直してくれという変わったお願いだと思っていましたが、靴の材質が生まれてから一度も見たことがないもの。
直せないことはありませんが、予定していたよりも時間がかかってしまうかもしれません。
集中して靴の修復を行うこと約1時間。
ようやく佐藤さんの靴を修復することができました。
予想以上に魔力も集中力も使ったため、追加で食料を頂きたいところですが、後から請求することは契約上できないのが難点。
契約さえ結んでしまえば、どんなことよりも契約が優先されるというメリットは大きいのですが、こういったときは不便に感じてしまいます。
私はこの契約を使って圧倒的に得をしてきているため、文句は言えませんがね。
とりあえず修復した靴を返し、靴の材質について尋ねると、佐藤さんは異世界のものだと言ってきました。
変わった方だとは思っていましたが、まさか異世界人だとは思いませんでしたね。
噂でしか聞いたことのなかった存在に、少しだけテンションが上がってしまいます。
これまでの対応からも、佐藤さんとは仲良くしておいた方が良いと確信した私は、しっかりと媚びを売ってから、渡された奇妙な食料を持って、すぐに帰ることにしました。
もう少し話をしていたい気持ちもありましたが、久しぶりの人間から頂く食料。
私が暮らしている『ヘレフォレスト』では、まともな食料が手に入りませんからね。
同族殺しの罰として与えられた、この他の種と比べても極悪とも思える容姿のせいで、私はどこのコミュニティにも属することができません。
そのために取った手段が、依頼を受ける代わりに食料を頂くというビジネス。
もっとも、人間同士が殺伐としていた時代は需要もあったのですが、最近は平和になってきたことと、私の存在自体が知られなくなってきたこともあって、めっきり依頼が減っていました。
つい最近では魔王軍から呼び出されましたが、人間から頂ける食料と比べて質が低いので、なるべく依頼を受けたくないというのが本音です。
それでも、ヘレフォレストで取れる虫肉よりはマシなので、受けざるを得ないのが現状なのですが。
私はそんな最近の不満を零しながら、佐藤さんから頂いた食べ物を開封していく。
ちゃんと密閉された袋の中に入っていたのは、薄くて硬い黄色い板のようなもの。
見たこともない食べ物に困惑しつつも、とりあえず一つ食べてみることにしました。
噛んだ瞬間にパリッとした良い食感。
味は――適度にしょっぱく、旨味が非常に強い。
1枚では美味しいのか分からず、私はすぐに次の1枚に手を伸ばしました。
軽くて、1枚ごとの旨味が強く、とにかく癖になる食べ物。
2枚目以降は狂ったように黄色い板を、次から次へと口の中に入れていく。
最初は山のように入っていた食べ物なのですが、本当にあっという間になくなってしまいました。
普段ならはしたないのでしない行為ですが、私は袋の底に落ちている欠片まで綺麗に食べ尽くし、空になった袋を見て呆然と立ち尽くしてしまいます。
「…………あ、あまりにも美味しすぎます。これは……あ、悪魔の食べ物なのでしょうか?」
堕天使が何を言っているのかと言われてしまいそうですが、悪魔のような食べ物と表現してもいいほどの美味しさと中毒性。
次の1枚がないことに酷く悲しくなりましたが、まだ別の食べ物があります。
全ての食べ物が密閉された袋に入っており、私は既に慣れた手つきで袋を開封。
袋の中に手を伸ばし、取り出すと見えたのは黒い塊。
この食べ物は知っていますね。
確か、チョコレートという食べ物だった気がします。
お菓子ではありますが、苦味と渋味が強すぎて私は好みではありませんでした。
ただ、虫肉よりかは遥かにマシ。
密閉された袋の中に入っているのに、更に包み紙で包まれているチョコレートを剥き、私はチョコレートを口の中に入れた。
――な、なんだこの甘さは!
「お、美味しすぎます!」
苦味と渋味を想像していたのですが、口の中に広がったのは強烈で幸せな甘み。
先ほどまでしょっぱいものを食べていたこともあってか分かりませんが、とてつもないハーモニーが口の中で奏でられています。
すぐに次のチョコレートを手に取り、これまた取り憑かれたように袋に入っていた全てのチョコレートを完食してしまいました。
頂いた5つの食べ物のうち、早くも2つを食べ終えてしまったことへの恐怖で、心臓の鼓動が早くなるのが分かります。
久しぶりに感じた恐怖の感情に驚くと同時に、その恐怖を幸せの感情で味わわされていることにゾクゾクとしてしまいます。
とにかく……私がやるべきことは決まっています。
ヘレフォレストを脱出し、佐藤さんを探し当てること。
堕天使の私が人前に姿を現したりしたら混乱を招きかねませんが、この快楽を与えられてジッとはしていられません。
待っていれば、いつか佐藤さんは私を呼びに来るかもしれませんが、2種類の食べ物だけで心の底から屈してしまった私は、すぐに出発できるように身支度を整えていく。
そして、残りの3つの食べ物の袋を大事に持ち、佐藤さんを探す旅へと出発したのでした。