第317話 ジレットの街
ジレットへ向かう馬車の中で、美香さんは爆睡。
美香さん以外は起きていて、かなり盛り上がった会話をしていたにもかかわらず、馬車に乗ってから一度も目を覚ましていない。
私は人前で眠ることに若干の抵抗があるため、爆睡している美香さんを見て凄いなぁと思いつつ、馬車に揺られること約10時間。
どうやらジレットの街が見えてきたようだ。
「あれがジレットの街か。俺たちも来るのは初めてだ」
「思っていた以上に普通の街ですね」
「まぁジレットの街は、近くにサレヴォ廃神殿があるってだけだからな! さっきも言った通り、特に面白いものはないと思うぜ!」
時刻は既に夕方。
今日は廃神殿には向かわず、ジレットの街で一泊することに決めた。
将司さんの言っていた通り、特別面白いものはなく、普通に宿を取って普通に宿泊。
そして、何事もなく迎えた翌朝。
「おはようございます。美香さんは眠れましたか?」
「おはよー! ん? なんで? めちゃくちゃ眠れたけど!」
馬車の中で9時間以上寝ていたので、宿では眠れないかもしれないと思っていたが、どうやらしっかり眠れたようだ。
ここまで自由に眠れるのは、才能だと私は思ってしまう。
「馬車の中で爆睡していましたので、宿では眠れないんじゃないかと思ったんですよ」
「んー? 普通に眠れると思うけど! 寝ろって言われたらまだ寝れるし!」
「美香はかなり変なんです。多分ですけど、時差ボケもしないタイプだと思います」
「変というより凄いですよ。私は気を付けないと眠れなくなってしまうので」
「よく分からないけど、絶対に変じゃないから! というか、睡眠の話よりも廃神殿の話しよ!」
変だと言われ、ムスッとした表情で話題を変えた美香さん。
つい気になって聞いてしまったが、確かに今は睡眠事情よりも廃神殿の方が大事だ。
「事前情報なしでそのまま廃神殿に行くの? それともジレットで少し情報を集めてから行くの?」
「昨日、俺と将司で色々聞いてきた。そもそも立ち入りは推奨されていない場所らしく、中で何かあっても全て自己責任。場所が場所だけに数は少ないらしいが、盗賊や山賊がいるから気を付けろって言われた」
「怪しい場所ってだけじゃなく、そういう危険もあるんですね」
「自己責任ってことは、何かあっても助けてもらえないんだね! 無法地帯って感じでワクワクする!」
蓮さんの話を聞いて目を輝かせ始めた美香さん。
盗賊や山賊がいると聞いて嬉しそうにするのは、正直理解できない。
「まぁ相手が人なら何とでもなるだろ! 神とか出てこられたら怪しいけどな!」
「未知のものが出てきたら、逃げることを最優先にしましょう」
唯さんの言葉に全員が頷き、私たちは馬車へと乗り込んだ。
ジレットの街から蓮さんの案内で馬車を走らせること約1時間。
サレヴォ廃神殿の入口が見えてきた。
開けた場所には、大きすぎる石の門が均一に並んでいる。
「すっご! なんか凄い神社で同じようなのを見たことある気がする!」
「確かに、京都の伏見稲荷神社とかはこんな感じですね。ただ、規模はちょっと別次元な気がします」
鳥居が並ぶ光景は美しいと感じるが、サレヴォ廃神殿の石門はまず圧倒される。
それもそのはず、一つの門の大きさが30メートルほどもあり、それがズラッと並んでいるのだ。
「圧巻の光景です。朽ちていなければ綺麗だったんでしょうね」
「そうだと思いますよ。それよりも……神殿が見えませんね」
並ぶ門だけが見えて、神殿本体は見えない。
このまま進めば見えてくるのだろうが、想像以上の規模感に驚かされっぱなしだ。
「まだ馬車で進めそうで良かった。徒歩だと先が見えないのは怖いですね」
「昨日聞いた話だと、そこまで遠くはないと思うんだがな! とりあえず進んでみようぜ!」
入口で止めた馬車に再び乗り、大きな門の下をくぐるように進んでいく。
圧巻の光景を眺めながら進んでいくと……門の先に神殿らしきものが見えてきた。
「あれがサレヴォ廃神殿かな? こんなに門を作る必要なかったと思う!」
「圧倒するという意味では必要なんじゃないでしょうか? 入口だけでこの驚きですし、神殿がどうなっているのか楽しみです」
神殿本体が見えてから、更に進むこと約10分。
ようやく神殿がはっきりと姿を現した。
石の門から考えても、パルテノン神殿のような建物を想像していたけど、実際には大聖堂のような造りになっていた。
大きさはもちろん、細部までこだわって建てられたことが、朽ち果てた今でも伝わってくる。
「すっごいな。どうやって建てられたのか本当に分からない」
「上の方まで装飾が凄いもんね! こんなに凄い建物が廃れた理由も分からない!」
「元々はジレットの街が一番近い街じゃなかったみたいだぜ! サレヴォ神殿の近くに街があったけど、魔物の軍勢に滅ぼされて、管理できる人がいなくなって廃れてしまったって話だ!」
ちゃんとした経緯があって廃れてしまったのか。
これだけ大きいと維持するだけでも相当な費用がかかりそうだし、管理するのも大変だろう。
観光地化すれば維持できたかもしれないが、街が魔物に滅ぼされたのなら、放置されて朽ちるのも仕方がない。
少し悲しい気持ちになりながら、私はサレヴォ廃神殿へと近づいていったのだった。