第315話 急な来訪
夏も色々なことがあったけど、今日は夏の作物の最後の収穫日。
すぐに秋の作物の種や苗植えが始まるんだけど、一区切りとしてしっかりと労いたい。
「これで全ての作物の収穫が終了です。今年も暑い中、ありがとうございました」
私の言葉の後に、みんなから拍手が送られる。
厳密には、収穫した作物を売るところまで行うんだけど、その部分はレティシアさんが担ってくれる。
というのも、レティシアさんは農作業はせず、収穫した作物を売るために王都まで赴き、交渉を行ってくれているのだ。
今までは私が行っていたんだけど、忙しくて雑になっていた上、交渉と呼べることは一切していなかった。
レティシアさんは計算も早いし、口も達者。
見た目も良くて、クリスさんの側近として働いていたこともあり、人脈もある。
交渉を行うには、まさにうってつけの人材であり、私が行っていた頃よりも売上は倍になった。
それだけでなく、作物を運ぶ際も購入者側が負担するように交渉してくれたことで、労力までも大幅に軽減された。
レティシアさん曰く「ここの作物、ほんま質ええしなぁ」とのことだけど、どう考えても彼女の手腕が大きい。
私も同じものを売っていたわけだしね。
他の獣人族の方もしっかりと働いてくれているし、エレックとトリックを譲ってもらえただけでなく、レティシアさんという超優秀な人までやってきた。
元奴隷の方を引き受ける選択をして良かったと、改めて考えながら、夏最後の農作業を終えたのだった。
明日からの数日間は休日の予定であり、私はまた旅行に行きたかったんだけど、シーラさんを含む戦える面々は、ルーアさんたちが見つけた未踏のダンジョンに行くらしい。
私も誘われたんだけど、冬の緩い攻略ならまだしも、数日間の本格攻略についていける気がしなかったため辞退。
そのため、ロッゾさんやシッドさんといった職人さんたちと一緒に、お留守番の予定となっている。
せっかくの休日なのにもったいないと思わなくもないけど、ダラダラと過ごすのも悪くない。
娯楽も充実しているし、夜はロッゾさんたちと晩酌して休日を過ごそう。
私はそんな休日の予定を立てていたんだけど……その日の夜、来訪者がやってきた。
「佐藤! 遊びに来たよー!」
「夜に来てしまい、ごめんなさい。ご迷惑でしたら帰りますので」
ドアを開けると、満面の笑みを浮かべている美香さんと、少し申し訳なさそうにしている唯さんの2人が立っていた。
「美香さんと唯さん。夜にやってきてどうしたんですか? 前みたいに飛び出してきた……わけじゃないですよね?」
蓮さんと将志さんの姿が見えないことから、喧嘩でもしたのではないかと考えてしまう。
「違うって! みんなで押しかけたら迷惑だと思って、私と唯だけで来たの!」
「蓮と将志は王都にいます。私と美香はベルベットさんから“明日あたりに夏の農作業が終わる”と聞いて、ご迷惑を承知で来てしまったんです」
「佐藤、暇なら遊ぼうよー!」
美香さんたちも忙しいだろうに、ベルベットさんからの曖昧な情報だけで飛んできてくれたのは純粋に嬉しい。
頭の中でロッゾさんたちとゴロゴロ過ごす予定を立てていたけど、こんな嬉しい誘いを受けてしまったら断ることはできない。
「今日で作業が終わったので、迷惑じゃなければ是非遊びたいです」
「私たちが誘いに来たんですから、迷惑なわけがありません」
「やったー! なら、明日の朝一で王都に行こう!」
「朝一で王都ですね。王都を回るんでしょうか?」
「ううん! 王都ではないと思うけど、詳しいことは分かんない! 蓮と将志が色々と練ってる!」
「なるほど。とりあえず中に入ってください。今日は泊まっていきますよね?」
「うん! 泊まる!」
美香さんと唯さんを招き入れ、夕食を一緒に食べることになった。
今日は夏の農作業終了日ということで、いつもより夕食が豪華になっている。
イベントホールで食べるということもあり、一種の行事のような感覚。
美香さんと唯さんも、来たタイミングがバッチリだったな。
「うわー! ご飯がすっごい豪華!」
「先ほども言いましたが、今日は夏の農作業終了日なので、労いも兼ねて豪華なんですよ」
「私たちも頂いてしまっていいんですか? 何もしていないんですが……」
「食べきれないと思いますし、遠慮なく食べてください。美香さんや唯さんには、日頃からお世話になっていますし」
「なら、遠慮なく……って! ええ! 獣人族がいるー! 新しい住民が増えたの!?」
美香さんはご飯に夢中になっていたのだが、レティシアさんを見るなり叫んだ。
私もレティシアさんがこの世界での初めての獣人族だったけど、美香さんと唯さんにとっても初めてだったらしい。
「はい。奥にも獣人族がいますよ。最近ここにやってきたんです」
「異世界だけど、獣人族はいないと思ってた! うわぁ……もっふもふで可愛い!」
「紹介しましょうか? レティシアさんは王都にもよく行きますので、顔見知りになっておけば会えるかもしれませんよ」
「してして! 話してみたい!」
ということで、私は2人にレティシアさんを紹介した。
獣人族というだけでも興奮していたのに、舞妓さんのような喋り方にさらに大興奮。
唯さんも珍しくテンションが上がっており、レティシアさんはかなり困惑気味だった。
私は美香さんと唯さんの気持ちがよく分かるため、微笑ましい気持ちで3人のやり取りを見ていたのだった。