第313話 悲鳴
納涼会も終わり、色々と重なっていた夏のイベントがすべて終了した。
ここからはひたすら農作業に注力し、秋に向けて備える期間だ。
秋にもイベントはいくつもあるし、宿も秋には完成するはず。
一息つきたいところだけど、しっかりとNPを貯めなければならないため、休んではいられない。
私がせっせと働いていると、別荘から叫び声が聞こえてきた。
悲鳴に近い声で、今別荘にいるのは掃除当番のヘレナ。
別荘の中であれば危険が及ぶことはないはずだし、そもそもヘレナは実力者だ。
おそらく虫でも出たのだろうと思いつつも、心配なので様子を見に行くことにした。
大したことはないと思っていたけど、リビングに入ると目に飛び込んできたのは、仰向けに倒れているヘレナの姿だった。
悲鳴に近い叫び声をあげていたことから、足を滑らせて転んだのかもしれない。
頭を打っていたら大変なので、すぐにシーラさんを呼び、私はヘレナの様子を確認する。
意識はあるようだが、ダメージはかなり大きそうだ。
「ヘレナ、大丈夫ですか!? 何があったんですか?」
「うぅ、マスター……。実は、エレックとトリックのお家の掃除をしようとしたら、電撃を放たれてしまったんです。直撃は避けたのですが、その拍子に転んでしまって……」
エレックとトリックというのは、クリスさんから譲り受けた2匹のエレクトリックマウスの名前だ。
今日までは私とシーラさんが交代で世話をしていたが、今日からは掃除当番の人が軽くお世話をすることになっていた。
お世話をする人が変わったせいなのか、それともヘレナが無意識に何かしてしまったのか。
私とシーラさん相手には一度も電撃を放ったことがなかっただけに、驚きを隠せない。
「電撃を放ったんですか? 意地悪をしたとか、嫌がることをしたとかではなく?」
「はい。小屋から出そうとしたら、いきなり電撃を放たれました」
「なるほど……。とりあえずエレックとトリックのことは後で考えることにしましょう。ヘレナ、頭はぶつけていませんか?」
「はい。頭は大丈夫ですが、腰を思い切り強打しました」
頭を打っていなかったのは幸いだ。
腰を打ったのは心配だけど、処置すれば何とかなるだろうし、痛みが酷ければ【ヒール】や【ハイヒール】の魔法玉もある。
駆けつけたシーラさんと一緒にヘレナを手当てし、腰を冷やすことで痛みは和らいだようだ。
軽く青あざができてしまっていたけど、この程度なら数日で治るとシーラさんは判断した。
「ヘレナが軽傷で安心しました。ただ気になるのは、なぜエレックとトリックがヘレナに電撃を放ったのかという点です」
「それは私にも分かりません。普段は大人しいんですけどね……」
試しにエレックとトリックをケージから取り出し、手のひらに乗せて撫でてみる。
しかし、電撃を出す素振りはまったくない。
先ほど電撃を放ったから空になってしまった可能性もあるけど、それにしてはリラックスして寝転がっている。
「検証してみないと危ないかもしれません。それに、電撃の原理が分かれば、有効活用もできるかもしれません」
「そうですね。明日にでも試してみましょうか」
調べるのは電気が溜まるであろう翌日に行うことにし、その日は農作業に切り替えることにした。
腰を強打したヘレナには安静にしてもらい、掃除は私が代わって行い、その日は終了した。
翌朝。
早速、エレックとトリックの様子を確認する。
「うーん。昨日と変わりませんね。電気は溜まっているはずですが」
「私とシーラさんに対しては、いつもこんな感じですもんね。私たち以外には警戒して電撃を放つのかもしれません」
「試してみる価値はありますね。ちょっと人を呼んできます」
そう言ってシーラさんは、ジョエル君、ルーアさん、ブリタニーさんを連れてきた。
電撃の危険性を考えると、冒険者として動いている3人に試してもらうのが最も安全だ。
「この子たちに触ればいいんですね! 電撃はちょっと怖いですが、可愛いですね……!」
「撫でているが、なんともないな。本当に電撃を放つのか?」
「わ、わっ。手のひらで眠り始めたんだが……佐藤、代わってくれ!」
ブリタニーさんが少し焦る場面もあったが、エレックとトリックは電撃を放つ様子すら見せなかった。
この感じだと、知らない人に驚いて電撃を放った可能性は低く、掃除した際にヘレナが意図せず何かしてしまった可能性が高いと思う。
それか……ヘレナにだけ電撃を放つ可能性も否定できない。
ヘレナは人にしか見えないけど、分類上は一応魔物のはずだからね。
エレクトリックマウスは身の危険を感じると電撃を放つと聞いている。
魔物であるヘレナを警戒して、電撃を放った可能性も残されている。
とりあえずヘレナを呼んで、実際に確かめてみるしかなさそうだ。