第312話 相撲
夕方になり、涼しくなってきたタイミングで外へと移動した。
ここからスイカ割りへと移行し、スイカと花火を堪能する予定だ。
ただ、その前に先ほど話していたドレイクさん対ワルフさんの相撲が行われる。
ワルフさんがルールを聞いたところで、簡易的な円を作って土俵の完成。
しめ縄がないため、土俵際で踏ん張ることはできないけど、お遊びの相撲なので仕方がない。
ルールを把握したワルフさんとドレイクさんが、土俵の中に入った。
「転んだり、手をついたりせず、相手を転ばせればいいんだな」
「そういうことだ! ワルフ、全力でこい!」
ドレイクさんはそう叫ぶと、思い切り手を鳴らしてから、垂直に足を上げて四股を踏んだ。
この四股だけで体幹が凄まじいことが分かる上、怪力の持ち主であるドレイクさんだからね。
私では、武器を持っても素手のドレイクさんに勝てないと改めて思わされてしまった。
「それでは僕が合図を出しますね! はっけよーい、のこった!」
ジョエル君の合図で取組が開始された。
まず突っ込んでいったのはワルフさんで、獣を彷彿とさせる俊敏な突進。
立合いではワルフさんが有利を取ったけど、重心を低く構えて完璧に受けきったのはドレイクさん。
力任せに投げ飛ばそうとするワルフさんに対し、腰を落として重心を低く保ち、投げられないように立ち回るドレイクさんという構図になった。
単純なパワーやスピードではワルフさんが上回っている印象だけど、相撲はそれだけでは勝てない。
全く動じないドレイクさんに対し、無理やり倒そうと力を込めた瞬間を見抜かれ、裾払いでコロンと簡単に転ばされてしまった。
「ま、負けた?」
「はっはっはっ! 筋はいいがまだまだだな!」
「もう1回だけやらせてくれ」
「お? いいぜ! いつでもかかってこい!」
その後さらに3戦が行われたが、結果は全てドレイクさんの圧勝。
日頃から龍人族同士で相撲を取っているだけあり、技量の差が如実に出た形となった。
「力比べで俺が勝てないなんて……」
「相撲はただの力比べではないからな! もちろん力もいるんだが! どうだ? ハマったか?」
「ハマったかどうかは分からないが、ドレイクに負けっぱなしでは終われない」
「はっはっはっ! いい根性だな! 龍人族の村では頻繁に相撲を取ってるから、仕事が終わったら遊びに来いよ! ワルフならいい相撲取りになりそうだ!」
「ああ。いいなら行かせてもらう」
ワルフさんの目は燃えており、ドレイクさんという倒すべき目標ができたようだ。
少し浮いてしまうかと思われた中、こうして相撲を通じて打ち解けてくれたのは嬉しい。
この良い雰囲気のまま、スイカ割りへと移行しよう。
「それではスイカ割りを行いましょうか。今年は誰が割りますか?」
「はいはい! わらわが割るのじゃ!」
「はーい! 僕が割りたいです!」
すぐに手を挙げたのはヤトさんとジョエル君だったが、去年もやった2人なので今回はスルー。
私は獣人族の方を指名し、スイカを割ってもらうことにした。
「ろ、ローリスと言います! よ、よろしくお願いします!」
「タマと言うニャ。よろしくニャ」
犬人族の女の子ローリスさんと、猫人族のタマさん。
タマさんが飄々としているのに対し、ローリスさんは汗をかいており、過緊張しているのが分かる。
「ローリスさん、緊張しなくて大丈夫ですよ。指示に従って木の棒を振り下ろせばいいだけですから」
「は、はい!」
そんな私の声掛けにも、過敏に反応してしまっている。
とりあえず……タマさんに先にやってもらうことにした。
棒を額に当て、ぐるぐるとその場を10周回ったあと、スイカに向かって動き出す。
本来なら制限時間をつけたいところだが、今回は昨日来たばかりの獣人族ということでなし。
「もうちょい右なのじゃ!」
「あー、行き過ぎです! 左です!」
「違う違う! 前に歩いて!」
「いや、右に行くのじゃ!」
「ごちゃごちゃうるさいのニャ! えーい!」
イカ耳にして指示を遮断したタマさんは、なんとなくの位置に向かって木の棒を振り下ろした。
もちろん、そんな適当な振りで当たるわけもなく、棒は空を切った。
「あーあ! 全然駄目なのじゃ!」
「指示がうるさすぎニャ! 特にちっちゃいのがうるさいニャ!」
「ちっちゃいの!? それ、わらわに言っとるのか! わらわはうるさくないのじゃ!」
ニャ!とじゃ!の独特な語尾で言い争う2人は放っておき、次はローリスさんにやってもらうことにした。
やり方を理解できたことと、タマさんが失敗したことで、心に余裕ができた様子だ。
「あー、そっちじゃないニャ! ローリス、右だニャ!」
「違うのじゃ! 右なのじゃ!」
タマさんとヤトさんが同じ指示をしながら言い争っている中、ローリスさんは冷静にスイカへと進む。
そして、的確な場所で木の棒を振り下ろし、しっかりとスイカに命中させた。
「ローリスさん、凄いです。完璧ですよ」
「ありがとうございます。そちらの方の声だけを聞いて動いたら成功しました。ありがとうございます」
「え? 私?」
きょとんとしているベルベットさんに、ローリスさんは尻尾を振って近づき、無理やり握手を始めた。
ベルベットさんは困惑していたけど、なにはともあれ上手くいって良かった。
その後は割ったスイカを食べながら、手持ち花火をして納涼会は終了。
新しく来た人たちも上手く交流できていたし、今回のイベントも大・大・大成功といっていいだろう。