第289話 貿易都市ルダーク
翌日の早朝。
いつもよりも早く起きた私とシーラさんは、身支度を整えてから、さっそく出発することにした。
今回も距離が遠いということもあり、ニクスではなくアッシュに送ってもらう。
朝食用のサンドイッチを持ち、アッシュの馬車に乗り込んだところで……王都方面から近づいてくる馬車が見えてきた。
「ん? この時間に馬車が来ましたね」
「出発しようというタイミングで……誰でしょうか? まさかベルベット様ではないですよね?」
豪華絢爛な馬車ではなく、ごく普通の一般的なもの。
その様子からベルベットさんではないと思っていたが、馬車から降りてきたのは、まさかのベルベットさんだった。
「ベルベットさん? お手伝いに来てくれたんですか?」
「ううん、違うわよ。昨日、従者からシーラが来たって聞いてね。旅行に行くってことだったから、私も連れて行ってもらおうと思って来たの」
旅行に同行するためにやってきたのか。
どうりで服装もいつも以上にラフだし、荷物も多いわけだ。
「昨日の今日でついてくることを決めたんですか? 王様とか大臣とかが大騒ぎしませんか?」
「大丈夫。ちゃんと許可を取ってきたから。佐藤とシーラさえよければ、私も連れて行ってくれる?」
「私はもちろん大丈夫ですよ。弾丸旅行なので、グダグダになってしまうかもしれませんが」
「勝手についてきたんだから、文句なんて言わないわよ。……それにしても、シーラはずいぶん不満そうね」
「いえ、そんなことありません」
「頬が膨れてるけど? まぁ、佐藤から許可をもらった以上、嫌と言われてもついて行くけどね」
ということで、急遽二人旅からベルベットさんを加えた三人旅に変更された。
最初の頃はこの三人で色々やっていたし、なんとなく懐かしい気持ちになる。
「それでは、すぐに出発しましょうか。荷物を後ろに置いてから、こちらの馬車に乗ってください」
「分かったわ」
ベルベットさんを乗せてから、すぐに出発した。
道案内はシーラさんがしてくれるが、ルダークは大きな街ということもあり、基本的には舗装された大きな道を進んでいくだけ。
そのため三人での雑談に花が咲き、漫画トークをしているうちに移動時間はどんどん過ぎていった。
ベルベットさんは言うまでもなく、シーラさんも漫画が好きなので、非常に楽しい時間だった。
事前に聞いていた通り、ルダークまでは丸一日かかったが、会話を楽しんでいたため、時間が長く感じなかったのは良かった。
「佐藤さん、あれがルダークの街です」
シーラさんが指差した方向を見ると、王都のような大きな都市が見えてきた。
すでに日は落ちているが、街は昼間のように明るく、何となく日本を思い出すような光景だった。
「すごいですね。街の規模もそうですが、夜なのにこんなに明るいとは」
「王都も夜は明るいけど、ルダークはギンギラギンって感じだもんね。でも、佐藤がいた異世界も夜は明るかったんでしょ?」
「はい。昼よりも夜の方が賑やかな街もあるくらい、夜に明かりが灯っているのは当たり前の世界でしたね」
「やっぱり漫画って、基本的に実話なんだなぁ。いいなぁ、一回は行ってみたい」
「私もです。夜の方が賑やかって、いまいち実感がわきません」
日本だけでも、夜の街はたくさんある。
田舎でもコンビニは24時間営業が多かったし、改めて便利な世界だったと感じる。
……ただ、今は日本のことよりルダークの街だ。
せっかく来たのだから、比較はせずに存分に楽しみたい。
「私のいた世界のことは一旦置いておきましょう。ルダークの街をしっかり感じたいです」
「確かにそうね。ルダークの街も異世界に劣らずすごいから、佐藤もきっと驚くと思う」
「ベルベットさんやシーラさんは、ルダークには来たことがあるんですか?」
「私は三回だけだけど、あるわ」
「私もベルベット様の付き添いで一度だけ来たことがあります」
「でも、仕事で来ただけで、遊びに来たのは今回が初めてね。一度は遊びに来たいと思ってたから、今回は無理やりついてきたの」
なるほど。
街には来たことがあっても、しっかり観光したことはないのか。
それならば、ミーハーな観光地も含めて、全部見て回りたい。
そんな話をしているうちに、私たちの馬車の検問の順番がやってきた。
特に問題になるような物は持ってきていないので大丈夫なはずだが、私は少しだけ不安に駆られていた。
しかし、王様からいただいた特別な身分証に加え、王女様であるベルベットさんがいることで、ほぼ素通り状態。
それどころか、ルダークの高官らしき人物が慌てて出迎えに来てくれた。
今回は完全プライベートということで軽く挨拶をして別れたが、ベルベットさんがいかに重要な人物かが改めてよく分かった。
長く一緒にいるし、気さくに接してくれるから感覚が麻痺していたけれど……
まぁ、これからもその対応を変えるつもりはないけどね。
「ベルベット様のおかげで、楽に中へ入れましたね。ここからはどうしますか?」
「今日はもう遅いですし、宿を取ってから軽くご飯を食べて休みましょう。観光は明日からで大丈夫ですか?」
「もちろん。移動疲れもあるし、朝からサンドイッチしか食べてないですからね。宿の確保をしてから食事、それからアッシュの分も買っていってあげましょう」
私たちは空いている宿を確保し、食事に出かけることにした。
遅くまで営業してくれていたおかげで、朝食以来となるまともな食事にありつけた私たちは、お腹いっぱいになるまで食べた後、宿に戻って爆睡したのだった。