第284話 個別指導
ダークエルフたちが移住してきてから、早くも1週間が経過した。
この1週間で大半のダークエルフは環境に慣れてくれており、歓迎会を行った際の料理をとても気に入ってくれたのも良かった。
ソアラさんとルナさんに関しては、すでに娯楽室に入り浸って、シーラさんやヘレナたちと一緒にゲームを楽しんでいる。
来てから1週間とは思えないほどの馴染みぶりで、問題児だったからこそ、この場所にすんなりと馴染めたのかもしれない。
ただ、1つだけ気がかりなのは、ルチーアさんがまったく馴染めていないこと。
そもそも接客が不得意なようで、丁寧な言葉遣いを咄嗟に使うことができない。
軽く行った模擬戦では他のダークエルフたちを圧倒していたし、力仕事に関しては誰よりも頼りになるんだけど……。
緩い雰囲気も含めて、ここのノリには合っていない様子だ。
最初に会ったときから、なんとなくルチーアさんの方が馴染めないのではと思っていたけど、実際にそうなってしまい、かなり気がかり。
移住してきたダークエルフのリーダーにも任命されているし、色々とプレッシャーもありそうなんだよなぁ。
とりあえず、宿での仕事から果樹園へと移った方がいいと思うけど、ソアラさんとルナさんがいる手前、移るに移れないのも色々と大変。
八方塞がりのこの状況を打開するためにも、ルチーアさんとはしっかりと話し合った方がいいと私は判断した。
「ルチーアさん、今日はわざわざお呼びしてすみません」
「いいや、特に何もしていなかったから大丈夫だ。……また何か駄目だった部分でもあったか?」
初っ端からネガティブな感じであり、初日に比べて顔色もあまり良くない。
「いえ、ちょっと元気がなさそうだったので声をかけただけですよ。体調が悪いとか、ご飯が合わないとかありますか?」
「大丈夫だ。体調も良いし、ご飯も美味しくいただいている。ただ…………」
「業務内容が合わないって感じでしょうか?」
「……ああ。殺伐としたところで働いていたということもあって、空気感に馴染めていない。それに私は叱咤する側で、今回もリーダーに任命されたのにこのザマ。それで色々と考えてしまったせいで、元気がないように見えていたのかもしれない」
少し溜めてから、胸の内を語ってくれたルチーアさん。
やはり思っていた通りで、環境の変化についていけていなかったようだ。
「なるほど。ルチーアさんは果樹園の方に移るというのは考えていませんか?」
「考えていない。すでに私が接客の仕事をこなせていないのは知れ渡っているし、くだらないプライドと思われるかもしれないが、リーダーとしてこのタイミングでの移動はできない」
「くだらないなんて思いませんよ。そういうことでしたら……私が徹底的に指導します。緩い空気感が嫌なのであれば、遊びも含めて本気でぶつかるのがいいと思います」
「遊びも本気で……か」
「ただし、他の方に仕事を強要しないという約束のもとで、ルチーアさんに指導します。どうですか?」
「佐藤さんがいいのであれば、ぜひご教授願いたい」
「分かりました。それでは今から教えていきます。ゆっくりと、できることを増やしていきましょう」
ということで、今日からルチーアさんの追加指導を行うことにした。
マンツーマンなら、より細かく、できるまでしっかりと教えることができるし、望むのであれば私は全力で応える。
本音を言えば、しっかりと休んでほしいところだけど、やりたいという意思があるなら無理に休ませることはしない。
もちろん、倒れるまでやらせるなんて無茶なことは絶対にさせないけどね。
それから夜の2時間だけ時間を取り、ルチーアさんに指導する日々が始まった。
まずは文字を読みながらの声かけから始め、徐々に体で覚えさせていく。
追加指導を始めてから2週間ほどで、ルチーアさんは接客モードに切り替える術を身につけたようで、スラスラとマニュアル通りの接客ができるようになってきた。
困っていたことを1つずつ解消していったのが良かったのか、今では接客もダークエルフの中ではトップクラス。
もう宿がオープンしても大丈夫なほどに仕上がっており、接客技術が向上するにつれてルチーアさんも元気になってきた。
それと並行して、ゲームも教えているため、ダークエルフの中ではソアラさんとルナさんに次ぐ3番手の実力者に。
楽しそうにゲームをしてくれている姿を見ると、時間を割いて指導して良かったと心から思える。
ここに来たからには、全員が幸せになってほしいからね。
「佐藤さん、今日まで本当にありがとう。あとは私1人でブラッシュアップしていく」
「いえいえ。やはりダークエルフのリーダーに任命されただけあって、センスが良かったです」
「私のセンスが良かったのではない。佐藤さんの指導法が良かった。ここにも馴染めてきたし……この恩は働いてしっかりと返す」
「恩なんか感じなくて大丈夫です。また何か困ったことがあったら相談してくださいね。私にできることなら手伝いますので」
「……ああ。私にできることがあれば何でも言ってほしい。本当に、何でもやらせてもらう」
その目は“本気”と書いて“マジ”と読むほどの覚悟に満ちていた。
ただ、何かしてもらう必要はないし、それなりに働いてくれれば十分だからね。
とにかく、ルチーアさんがここに慣れてくれたようで本当に良かった。





