第26話 逃亡
スレッドを従魔にしてから一週間が経過した。
この一週間で別荘前の平原はかなりの変化を見せており、スレッドのお陰でスキルの畑と同じくらいの大きさの農地ができている。
今はスキルの畑だけで手一杯のため、手が出せていない状態ではあるけど、人手さえあればいつでも農業を行うことができる。
ちなみにスレッドに農業をやらせるのは難しく、アンデッド系の特徴なのか基本的に一つの作業しか行うことができない。
開墾してほしいと頼んだら開墾作業だけ、苗を植えてほしいと苗植えしかできないという感じあり、苗を植え終えたら水をあげてほしいということを頼んだのだけど、スレッドは二つ目の指示であった水やりを行えなかった。
日中も動けて、私が細かに指示を行える状態なら特に問題ないのだけど、細かな指示を行えない夜しか動けないスレッドにとっては大きな弱点。
私とシーラさんがスレッドに合わせ、昼夜を逆転させるという案も出たのだが、光の確保が難しいこの場所では夜に行動するのは現実的ではなく、逆に効率が悪くなるということで却下となった。
まぁ夜にしか行動できず、一つの命令しか行えないという弱点がありながらも、3000NPということを考えたら十分すぎるほどに働いてくれているし、食事も必要としないことからも従魔にしたのは大正解。
ちなみに昨日から開墾作業を中止し、負担の大きい収穫作業を任せているため、さらにスレッドの重要度が増していくと思う。
いずれはアンデッド部隊を作り、一部隊には苗植え、一部隊には水やり、一部隊には収穫作業という感じで別々の役割を与えて上手く回したいという気持ちもあるけど……。
今はごっちゃごちゃになりそうだし、しばらくは他のアンデッド系の魔物は購入せずにスレッドのみで留める予定。
そんな感じで寝起きに近況を確認しつつ、軽くあくびをしながらリビングに向かうと――リビングにいたのはシーラさんと見知らぬ女性。
一瞬、ベルベッド様かと思ったが、全く知らな……いや、どこかで見たことがある気がする。
……あっ、そうだ。一緒に転生してきた勇者の女性の一人だ。
ギャルっぽい感じの子で、確か名前は美香さん。
服装が冒険者のようになっていたため、寝起きということもあって一瞬気づかなかった。
「あの……一緒に転生してきた方ですよね? わざわざこんなところまでやってきて、私に何か用事でもありましたか?」
「…………つらい」
「え? すみません。今なんて言いましたか?」
「辛いって言ったの! 勇者って聞いたから華やかなものだと思っていたけど、ダンジョンとかいう暗い場所に籠らされて、ひたすら魔物との戦闘! 疲れるし、臭くなるし、暗いし、怖いし――辛い!」
思いの丈をぶちまけた美香さんだが、結局何の用でここに来たのか分からない。
勇者を辞めて、私と同じように田舎暮らしがしたいということだろうか?
なんて言葉を返したらいいか分からず、困惑していると……キッチンからシーラさんが朝食を持って戻ってきた。
「あっ佐藤さん、おはようございます。その方は勇者様ですよね? この別荘前を早朝からウロウロしていたので招き入れてしまったのですが……大丈夫だったでしょうか?」
「はい、大丈夫です。それよりも……何しに来たのか、詳しく知りませんか?」
「ダンジョン攻略が嫌で逃げてきたと聞きました。……勇者としての力を授かって、ダンジョン攻略ができているというのに少しだけ勿体ないですね」
美香さんを見るシーラさんの目は少し冷めているように見えた
長年、戦闘職を希望していながら、従者として雑用をこなしていたシーラさんにとっては『勇者』は夢のような待遇だもんな。
ただ、美香さんと同じく異世界から転移してきた私には、逃げ出してしまう気持ちが痛いほど分かる。
それに美香さんはまだ10代。
いくら凄い力を授かったとはいえ、勇者として戦っていくのは精神的に難しいものがあるだろう。
「そんなに邪険にしないであげてくださいね。私達のいた世界とこの世界とでは本当に何もかもが違いますので」
「いえいえ、邪険になどしていません。冷遇されていたからこそ、私はこうして佐藤さんと一緒に働けていますので」
そう言って笑ってくれたシーラさんの笑顔を見て、ほっこりとした気持ちになる。
――っと、ほっこりしている場合ではなく、今は美香さんの話を聞かないといけない。
「えーっと、美香さん。ダンジョン攻略が嫌になってこの別荘に来たってことで間違いないでしょうか?」
「……うん。合ってる」
「分かりました。ちなみにですが、ここに来たことは他の方に伝えてありますか?」
「伝えてない。……伝えられるわけないよ」
美香さんは、ここにいることを知られたくないようだけど……。
他の勇者の方――蓮さん達が心配しているはずですから、流石に無事であることは伝えた方がいい。
「とりあえず、美香さんが無事であることは伝えましょう。大規模な捜索が始まってしまったら大変ですから」
「なら、私が王都に行って話してきます。私ならすぐに向かえますので」
「すみませんが、よろしくお願いします」
ひとまず三人で朝食を食べてから、シーラさんは支度を整えてから王都へと出立した。
私は美香さんと二人で残された訳だが、落ち込んだ女性に対して、何を話したらいいのかさっぱり分からない。
それも年齢が二回りくらい離れているからな。
何度か質問をしてみたものの、返ってくるのは空返事のみ。
気まずい無言の時間が流れ、その空間に耐えられなくなってしまった私は仕事をすることに決めた。
美香さんも、一人の時間があった方がいいだろう。
そう自分を納得させてから、私は畑へと向かうことにした。
「美香さん、私はすぐそこの畑で仕事をしていますので何かあったら呼んでください」
「畑……? 何か育ててるの?」
「クラックドラフ、ブラウンターン等のこの世界の野菜と、後は少量ではありますがトマトを育てています」
「――と、トマト!? トマトってあのトマト?」
「はい。美香さんが想像しているトマトだと思います」
「食べたい! お願い、食べさせて!」
さっきまで沈んでいたのは何処へやら。
俺の肩を力強く掴んで懇願してきた美香さん。
「もちろん構いません。一緒に来ますか?」
「おじさん、ありがとう! 一緒に行く!」
ニッコニコの笑顔になってくれた。
唐突な来訪で考えが及ばなかったが、元気付けるには日本の食が一番だと改めて思った。
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