第263話 邂逅
ベルベットさんとローゼさんと交互に話し合ってから、5日が経過した。
二人の関係がどうなったかは聞かされていないけど、こそこそと密会している様子が見受けられたし、関係が良好になったことは間違いないはずだ。
今日でローゼさんは帰ってしまうため、帰る前に二人からいろいろと話を聞いておきたいところ。
私も私でこそこそとローゼさんと会っていたため、イザベラさんからは白い目で見られている。
だから今日は、周囲の目に気をつけながら、ベルベットさんとローゼさんに同時に会いたい。
「ふぁーあ。仕事前に話したいことって……って、ローゼ!?」
「……ベルベット、おはよう。私も佐藤さんに呼び出されたの」
早朝に娯楽室へ呼び出したのだけど……ベルベットさんが驚いている以上に、私は2人の口調に驚いてしまった。
いつの間にか呼び捨てになっているし、口調もラフな感じになっている。
仲良くなっているとは思っていたけど、ここまで距離が縮まっているとは思っていなかった。
「二人とも、呼び捨てになっているんですね」
「……うん。ベルベットがタメ口で話そうって言ってくれて、それからはこんな感じで話してるの」
「そんなことはどうでもいい! なんで私とローゼを一緒に呼び出してるの?」
「二人からお話を聞きたいと思っただけです。ローゼさんは今日の夕方には戻ってしまうんですよね?」
「……うん。でも、またすぐに遊びに来るけど」
「話って、何を聞きたいの? まだ何も進展はないからね?」
「……え? 私とベルベットの合作のことについてじゃ――」
ローゼさんがそこまで口にしたところで、ベルベットさんは慌てた様子でローゼさんの口を押さえた。
ただ、押さえるのが少し遅く、内容を察するくらいにははっきりと聞こえてしまった。
「えっ? ベルベットさんとローゼさんの合作ですか!? というか、ベルベットさん、ローゼさんに漫画を描いていることを伝えたんですか!?」
意外すぎる新情報に思わず声を上げてしまうと、ベルベットさんはしまったという様子で頭を抱えた。
この仕草から見ても、合作の話は事実のようだ。
「うん。流れでつい話しちゃったの。佐藤にはああ言った手前、言いたくなかったんだけど……ローゼが喋っちゃうんだもん」
「……駄目だったの? 佐藤さんには言ってもいいものだと思ってた……ごめんね」
「謝らなくていいよ。私の都合だし、完成してから読ませたかったってだけだからさ」
色々と驚かされたけど、何はともあれ二人が打ち明け合ったのは嬉しい。
それに合作ということは、連載作品として読める可能性もあるのだろうか?
「カミングアウトしてくれて嬉しいです。二人には、私以外にも話せる相手がいた方が良いに決まっていますし。それで……合作というのは、前回ベルベットさんが描いた漫画の続きということでしょうか?」
「内容は内緒。とはいっても、選択肢はそれくらいしかないと思うけどさ」
「……佐藤さんには隠し事をしたくないのですが、完成まで楽しみにしていただけたら嬉しいです」
うーむ。ここまで情報を開示しておいて隠されるともどかしい。
でも、無理に聞き出すのは違うし、ここは折れるしかないなぁ。
「分かりました。完成まで楽しみにしていますね。ひとつ気になるのですが、お互いの連絡は大丈夫ですか? エルフの国と王都って、結構離れていますよね?」
「その点は大丈夫。もう次にここに来る日程は決めてあるし、ローゼは手紙を送れる魔物を飼っているんだって。それで連絡を取り合うつもり」
「……そういうことになります。勝手にここで会う約束をしてしまったのですが、大丈夫でしたか?」
「ええ、もちろん。ご希望があれば、お二人のお部屋も作らせていただきますよ」
「いいの? 漫画制作部屋は欲しい! こそこそするのも大変だからさ」
私が面白い漫画を読めるというだけで、漫画制作部屋を作る価値は十分にある。
ただ、一つだけ条件をつけさせてもらおう。
「では、作らせていただきます。その代わり、一つ条件があります。二人の漫画を、いつか世に出させてください」
「世に出す? それって、この娯楽室に飾るってことじゃなくて?」
「はい。全国的に展開してほしいんです。ベルベットさんやローゼさんが本を読んでいたように、私たちの知らない多くの人に二人の漫画を読んでもらいたいんです」
「無理! 絶対に無理! 恥ずかしくて死んじゃう!」
「……私も嫌かもしれません。まだ世に出せる自信もありませんし」
反応はすこぶる悪い。
本当は合作をすぐに世に出したかったけど、このままでは、その条件なら漫画部屋はいらないと言われかねない。
そこで、条件を少し緩めることにした。
「すぐにとは言いません。ベルベットさんとローゼさんが納得する作品ができたら、全国展開させてほしいんです」
「いつまで経っても納得できる作品ができないかもよ?」
「それならそれで構いません。でも、私は2人にならできると信じています。何より、もっとたくさんの人に2人の漫画を読んでもらいたいんです。そして、2人が感銘を受けて漫画を描き始めたように、知らない誰かが漫画を描き始めてくれたら素敵だと思いませんか?」
私は拳に力を込めて、乗り気ではない2人に力説する。
最初は反応が悪かったけど、作品が世界に広まったあとのことを想像できたのか、少し目に火が灯ったように見えた。
「誰かの心を揺さぶる作品が作れたらいいけど……まだ考えられない」
「……私もです。恥ずかしがっているうちは、まだ難しいと思います」
「分かりました。でも、心の片隅にだけでも置いておいてください」
そう告げたところで、3人での話し合いは終了した。
全国展開まではまだまだ課題が多いけど、今回のことで漫画関連は大きく進展した。
ベルベットさんとローゼさんの合作漫画の完成を楽しみにしながら、私は気持ちを切り替えて農作業に勤しむことにしたのだった。





