第261話 処女作
ベルベットさんと入れ替わるように、次はローゼさんを娯楽室に呼んだ。
ローゼさんもモジモジとしており、漫画関連であることは話を聞く前から分かる。
「ローゼさん、お話というのは漫画のことですか?」
「……うん。漫画を描いてみたから、読んでみてほしいです」
「もう描いたんですね。それでは、早速拝見させていただきます」
そう伝えてからローゼさんの持っている漫画を受け取ろうとしたのだが、ベルベットさん同様、なかなか手を離そうとしない。
やはり、気持ちの準備が必要なようだ。
「……ちょっと待って。落ち着いたら渡す。…………………………いいよ」
「拝見させていただきます」
気持ちが落ち着くのを待ってから、私はローゼさんから漫画を受け取った。
早速読ませてもらったのだが……まず気になったのは文字量だった。
バランスが難しいのは分かるが、文字量とイラストの比率を見る限りでは、漫画というよりはライトノベルのようになってしまっている。
処女作だし、その点については目を瞑って、内容の確認に入る。
ローゼさんの描いた漫画の内容は、小さな村に住む少女と悪魔のお話。
ただ、悪魔といっても邪悪なものではなく、友達のいない少女の支えとなってくれている存在。
しかし、村の人たちの悪魔に対する偏見は強く、少女は誰にもバレないようにこっそりと悪魔と交流を続けていた。
悪魔とは本当に楽しく遊んでいただけだったが、ある日その姿を1人の村人に目撃されてしまう。
その村人は、少女や村を守るためとして人を集め、悪魔の討伐に向かった。
少女は必死に止めようとしたが、「悪魔憑き」と疑われて隔離されてしまい、その間に少女と仲良くしていた悪魔は祓われてしまう。
祓われた悪魔の残した残骸を見て、少女は絶望を抱えながら村を去る描写で、少女編は終了。
次のページからは、少女と悪魔が遊んでいる場面を目撃した村人視点での物語が始まる。
この村人は、近頃村に災難が続いたことを不思議に思い、周囲を散策していたところ、少女が悪魔と遊んでいる姿を目撃した。
その直後に、目撃した村人の恋人が過去に悪魔に殺されたという回想が挟まれ、酷く歪んだ描写で少女と悪魔が遊ぶ様子が描かれていた。
その後、村人は勇猛果敢に悪魔と戦い、悪魔を祓ったことで災難は収まり、物語はハッピーエンドで終了する。
悪魔が偶発的に災難を招いてしまっていたのか、そもそも本当に善良な存在だったのかは分からず終いで、様々な解釈を許す短編作品に仕上がっている。
所々に挟まれるイラストは美麗で、見る者を引き込む力があり、短編小説としての完成度は非常に高い。
ただ、やはり漫画としては文字量が多すぎる。
判断には非常に困るが……面白かったことには違いない。
「ローゼさん、すごく面白かったです! 色々と考えさせられる内容でした!」
「……ふふ。…………んん、ありがとうございます」
ローゼさんはニヤニヤが抑えられない様子で、今は顔を隠している。
「悪い悪魔だったのか、悪くはないけど災難を呼び込んでしまったのか、あるいは恋人を悪魔に殺された村人が、偏見のせいで悪く見えてしまっていただけなのか……。視点が変わるだけで、真実がこうも変わって見えるというのは深いですね」
「……ふへへ。……んん、色々と考えてくれるの、嬉しいです」
口元をモニョモニョと動かしており、非常に可愛らしい。
もっと褒めてあげたくなるけれど、ここからは問題点の指摘に移る。
「ただ、漫画としては文字量が多かった気がしますね。二人の視点を描いたので仕方のない部分はありますが、小説寄りだった印象です」
「……うん。そこは自分でも思いました。内容はいくらでも書けたのですが、漫画のように“絵で物語を動かす”というのがすごく難しかったです」
「確かに、絵で物語を動かすところまでは至っていなかったかもしれませんね」
「……場面場面では映像が浮かぶんだけど、流れとして描けませんでした。あと、1つのイラストを描くのに時間がかかりすぎて、完成の目処も見えなかったです」
美麗なイラストだっただけに、1枚の絵にかなりの時間をかけていたことが窺える。
書き込みも非常に細かく、この密度で漫画を描くのは確かに難しいだろう。
ただ、この書き込みがあったからこそ、両視点での悪魔の見え方がしっかり伝わったし、ここまで物語に引き込まれたとも言える。
このあたりのバランスは本当に難しい。
「あの……ローゼさん。この漫画を他の人にも見せてもいいですか?」
「……だ、だめ! は、恥ずかしいです!」
「この世界で一番漫画に精通している人物なので、もしかしたら良いアドバイスがもらえるかもしれませんよ?」
「…………ちなみに誰ですか?」
「ベルベットさんです。ローゼさんも色々とお話していましたよね?」
「……ベルベットさん。……むむむ。……うーん」
相当悩んでいるようで、頭を抱えているローゼさん。
恥ずかしさと、漫画の上達という目的を天秤にかけているのがよく分かる。
「ベルベットさんは、絶対に馬鹿にしたりはしません。それは保証いたします」
「……………………なら、見せても大丈夫です。でも、事後報告でお願いします。反応が悪かったら、私には何も伝えないでください」
そう言い残すと、ローゼさんは娯楽室を飛び出すように出ていった。
本当はもう少し話したかったのだけれど……とにかく、ローゼさんの漫画を見せる許可は得られた。
色々な意味でチャンスだし、お互いのためにも、うまく邂逅させられたらいいな。





