第260話 連載作品
しばらく自分の描いた漫画を抱きしめた後、私に温かい目で見られていることに気が付き、慌てた様子で平静を装ったベルベットさん。
色々と遅い気はするけど、人前で取り乱したときの恥ずかしさはよく分かるため、特に触れないようにする。
「――んんっ。展示を強く勧めてくれてありがとう。ここに置いて良かったって本気で思ってる」
「面白い漫画でしたので、こうなると確信していました。私にお礼を言うよりも、自分を褒めてあげてください」
「自分を褒めるなんておかしいでしょ。でも……ちょっと、ううん。けっこう自信がついたかも」
そう言ったベルベットさんの目は燃えており、今すぐにでも新しい漫画を描きたいといった表情をしていた。
ただ、まだ新作を読ませてもらっていないし、滞在期間中は農作業を手伝ってもらう予定のため、実際に作業に移れるのはだいぶ先になりそうなのが、少し申し訳ない。
「それなら良かったです。では、新作を読ませてもらってもいいでしょうか?」
私はテーブルに置かれた新作の漫画を手に取ろうとしたのだが、ベルベットさんに無言で止められた。
大きく深呼吸しており、どうやら心の準備をしている様子。
「……あれ? 自信がついたんじゃ……」
「自信がつく前の作品だから。それに、自信がついても読まれるのは不安なの! ……すぅーはぁー。……うん、読んでいいよ」
捲し立てた後、もう一度深呼吸してから、ようやく許可を出してくれた。
私はすぐに受け取り、間を置かずに読み始める。
今回のジャンルはミステリー。
ただし本格的なものではなく、身近な不思議なトラブルを解決する、コメディータッチのミステリー作品だった。
主人公は王女様で、従者たちのちょっとした困りごとを解決していく構成。
かなり描写も細かく、実話が混ざっているような雰囲気があり、王城内の様子が分かってとても面白い。
「誰がおやつを食べたのか」といった可愛らしい内容ながらも、伏線がしっかり張られており、読みながら推理も楽しめる良作だった。
これまでの作品とは打って変わって感動路線ではないものの、1話完結の長期連載も可能で、ずっと読み続けられそうな作品だ。
「――すごく面白かったです! ほのぼのしていながらも、推理がしっかりしていたのが良かったですね!」
「そ、そう? そう思ってくれたのならホッとした」
「この作品なら、長期連載も可能ではないでしょうか? 2話、3話と続けられそうですし、コンセプトもとても良かったです」
「うーん……可能といえば可能だけど、ミステリー部分を考えるのが大変なの。あと2話分くらいは実際にあった面白い出来事があるけど、それ以降を1から考えるのは無理かも」
「そうですか……。フォーマットが出来上がっているので勿体ない気もしますが、確かにネタを考えるのは大変ですね」
これが仕事として成立するのであれば、無理にでも描くことを勧めるのだけど、現状では仕事になるわけではないからね。
ベルベットさんが意を決し、ここ以外でも漫画を公開できるようになれば、仕事にすることもできるのだけど……それはもう少し先になりそうだ。
「佐藤が考えてくれたら描けるけど、ミステリーの案って何かないの?」
「うーん……。1から考えるのは難しいですね」
「そっか。佐藤が無理ならやっぱり厳しいかなぁ」
パクりならいくらでも案を出せるけど、異世界とはいえネタをパクるのはどうかと思ってしまう。
この線引きは難しいけど、私はやりたくないなぁ。
そこまで思考していて、ミステリーの案を出してくれそうな人が一人思い浮かんだ。
それはもちろん、ちょうどやってきているローゼさん。
なんとなくだけど、彼女ならミステリーのネタも考えられそうな気がする。
「あの、ローゼさんに頼んでみるのはどうですか? 本を読み漁っていると言っていましたし、原作として迎え入れたら化学反応が起きそうな気がします」
「無理! 絶対に無理だから! 漫画をここに置くのは許可したけど、私が描いてるってことは絶対に言っちゃダメ!」
「高評価ですし、言いふらしても問題ないと思いますけど……。でも、ベルベットさんが嫌と言うなら、強要はできませんね」
「まだ無理! 今回の作品も受け入れられるか分からないし……」
「面白いので、その心配はないと思いますよ。とりあえず、偶然ローゼさんも来ていることですし、漫画関連の話をしてみるのはいかがでしょうか? ローゼさんも漫画を読み漁っているので、描いていることを伏せたままでも仲良くなれると思います」
「うーん……。確かに話は盛り上がったし、もっと話してみたいとは思ってたけど、やっぱり話しかけるのはハードルが高いのよね」
「大丈夫ですよ。似た者同士だと思いますので、ぜひ話しかけてあげてください」
ベルベットさんは少し悩んだものの、最終的には頷いてくれた。
これで2人が話して盛り上がり、どちらかがカミングアウトしてくれれば、一気に距離が縮まると思うけど……それはさすがに期待しすぎかな。
ということで、新しい漫画もここに飾らせてもらう許可を得てから、ベルベットさんとの話は終わった。
次はローゼさんとの話し合いだ。彼女にも色々とアプローチをかけてみようと思う。





