第232話 1人での来訪
オークションの開催日も判明し、無事に今回売るアイテムの出品も完了した。
あとは当日になったら向かうだけとなっており、私は3日前なのにワクワクしている。
オークションが迫る中、やってきたのはローゼさんだった。
正直、浮足立っていたけれど、ローゼさんの急な来訪で浮ついていた心がピリッと引き締まった。
それもそのはず。今回はヤトさんはおろか、イザベラさんもいない、1人での来訪。
普通なら何も考えずに歓迎するところだけど、ローゼさんの1人での来訪は、どうしても事件の匂いがする。
イザベラさんが1人での行動を許すはずがないからね。
「……佐藤さん。遊びに来ました」
「ローゼさん! 誰もいないように見えますが、1人で来たんですか?」
「……うん。イザベラには許可をもらっています」
ローゼさんは淡々とそう答えたけど、口をとがらせてそっぽを向いているし、九割九分、何も伝えずに来たのだと思う。
まあ、イザベラさんにはこちらから連絡するとして……無断で来たとしても、ローゼさんを受け入れないという選択肢はないからね。
「そうなんですね。1人でやってきたのには、何か理由があるんですか?」
「…………少しだけ、ここで暮らしたいです」
「なるほど……。私は構いませんが、イザベラさんと話をしないといけませんね。移動で疲れたでしょうから、少し休んでください」
「……ありがとう。娯楽室に行ってもいい?」
「もちろんです。飲み物を持っていきますね」
私が許可を出すと、ローゼさんは花が咲くような笑顔を見せて、早足で娯楽室へと向かっていった。
今の表情から察するに、今回やってきた目的に深い意味はなく、単純に漫画が読みたかっただけなのだと思う。
問題がないと言えば問題ないけれど、無断でやってきたのはやっぱり駄目。
イザベラさんは絶対に心配しているだろうし、すぐに連絡を取ることにしよう。
私はヤトさん経由でイザベラさんに連絡を取ってもらう手筈を整えつつ、娯楽室にいるローゼさんに飲み物と食事を届けることにした。
エルフの国がどこにあるのかは分からないけど、どんなに近場だったとしても、引きこもっていたローゼさんにとっては大冒険だったはず。
冷たいお水とおにぎりを持って娯楽室に入ると、ソファに座って漫画を読んでいるローゼさんの姿があった。
木漏れ日がちょうどローゼさんを照らしていて、まるで天使のようだった。
少し見惚れつつも、私はローゼさんに声をかけた。
「ローゼさん、お水と食事を持ってきました。…………ローゼさん!」
相変わらずの集中力で、2度目の大声でようやくこちらを向いてくれた。
そんなローゼさんが読んでいた漫画は、ベルベットさんが描いた短編の漫画。
「……ありがとうございます。それよりも……佐藤さん、この漫画は何ですか?」
「それは私の友人が描いた漫画ですね。決してプロではないんですけど、すごく面白くないですか?」
「……うん。すごく面白い。素人でも漫画って描けるんだ」
「もちろんです。絵を描くのは大変ですけどね。ローゼさんは、小説は書いたことないんですか?」
「…………ない、です」
またしても唇をとがらせて、そっぽを向いたローゼさん。
この反応は、書いたことがありそうだな。
「小説を書いたことがある人なら、絵の練習さえすれば漫画も描けるようになると思いますよ。何せ、その漫画を描いた人も、漫画を描き始めたのは最近ですからね」
「……そうなんだ。漫画を読む方が好きだけど、描くのもすごく面白そう」
「ローゼさんが漫画を描くというのなら、道具は私からプレゼントしますよ。その代わり、農作業を手伝ってもらいますが」
「本当にいいの? ……農作業、手伝います!」
ベルベットさんと同じく、漫画を描く素質もあると思っていたけれど、予想以上に食いついてくれた。
ベルベットさんと友達にもなれそうだし、良いライバルになる可能性も秘めている。
漫画好きとしては、応援しない手はない。
「それでは作業量に応じて、漫画道具をプレゼントしますね。……あっ、それからイザベラさんには私の方で連絡しておきました。しばらく泊まることになるなら、さすがに連絡は入れておかないといけませんので」
「漫画道具の件は嬉しいですが……イザベラに言っちゃったの?」
「はい。耳に届くのは早くて明日だと思いますけどね」
「……ごめんなさい。実は、イザベラに黙って来ちゃってる」
もう誤魔化せないと察したのか、素直に告白したローゼさん。
無断はまずいけど、最初の会話からそうだろうとは思っていた。
「そうだったんですね。ここに来るのは構いませんが、無断で来るのは駄目です。いろんな人に迷惑をかけてしまいますからね」
「……うん。ごめんなさい」
「分かってくれればいいんです。とりあえず、水とおにぎりを食べて、少し休憩したら農作業を手伝ってください。頑張り次第では、明日にも漫画道具を1つプレゼントしますよ」
「……無断で来たのにくれるの?」
「もちろんです。それはそれ、これはこれですからね」
「……ありがとう。頑張る!」
ローゼさんは両手をグーにして、やる気満々といったポーズを見せてくれた。
急な来訪には驚いたけれど、それだけここを気に入ってくれたということだし、私としてはすごく嬉しい。





