閑話 ベルベット視点
巻き込まれ異世界人。
【勇者降臨の儀】に巻き込まれてしまった、可哀想なおじさんがいるという話はお父様から聞いていたけど、評判通り見るからに冴えなくて幸の薄そうなおじさん。
お父様から、くれぐれも丁重に扱ってくれと頼まれたから対応したけど、本当ならそのまはま読書の続きをしたかった。
私は態度には出さず、佐藤と名乗った巻き込まれおじさんの用件を聞いたのだけど……その内容は予想に反して少し面白そうなものだった。
一つ、大きな農園を作りたい。
二つ、従魔をいっぱい作り、魔物の牧場を作りたい。
三つ、異世界のものを扱った宿泊施設を作りたい。
特に三つ目は魅力的であり、異世界のものというのは英雄譚にも度々登場する。
全てにおいて質が高く、一度味わってしまうと元の生活には戻れない。
英雄譚ではそんなように言い表されていて、私は勝手に想像しては思いを馳せていた。
それを再現できるのであれば……できる限りの助力はしたい。
「……ふーん」
それでも私が興味を持っていると佐藤に知られるのは少し癪なので、私は興味がないフリをして突き返す。
実現できた時を見据えて、恩を売っておくという手もあるけれど、巻き込まれおじさんが実現できる可能性の方が圧倒的に低いからね。
ただそれからというもの、頭の中では『異世界のもの』についての妄想が尽きず、私は時間があれば書斎室で調べて回った。
そして、その熱量をそのままに帰ってきたお父様に報告し、さりげなく佐藤の提案を許可するように誘導。
これで後は……佐藤が実現させることを祈るだけ。
まぁ別に期待はしていないけどね。
お父様に報告をした後も、私は暇があれば書斎室に籠って異世界のものの情報が載っていないか、本を読み漁っていた。
元々読書が好きということもあるけれど、単純に目的が一つ増えるだけで更に楽しく読むことができる。
佐藤に渡すかどうかも分からない、異世界のものについての情報を手帳に書き写しては、必死になって読んでいく。
そんな至福のひとときを過ごしていると、誰かに声を掛けられた。
集中していたため、声を掛けられるまでは気づかず、顔を上げると……そこには佐藤と佐藤の従者の姿があった。
ここ最近は実質的に佐藤のために動いていたということもあり、やけに心臓が速く動く。
ただ、ここで私の緊張を悟られてしまったら、王女として失格。
私は冷静さを保ちながら、佐藤に対して受け答えを行うことにした。
「今回は大変お世話になりましたので、お礼の品をお持ちいたしました。どうか受け取ってはくださいませんか?」
「お礼の品? 街で売られているお菓子とか、安いプレゼントならいらないわよ」
「決して高くはないですが、珍しいものだとは思いますので気に入って貰えると思います」
佐藤は感謝の言葉と共に、お礼の品とやらを机の上に置いた。
田舎の別荘で暮らしているし、大した品ではないと思っていたのだけど……。
視界の端で見る限り、それは紛れもない本だった。
それも見たこともない本で、表紙にキラキラとした綺麗な絵が描かれているもの。
「それは……本、かしら?」
「はい。異世界の本です。小説とは違うのですが、抵抗感がなければ気に入って頂けると思います」
異世界の本というだけで、今の私には飛び上がりそうなほど嬉しい。
思わず、この場で読み始めそうになってしまったけど、何とか理性で本能を抑え込んで興味がないフリを見せる。
「異世界の本……。ふーん、いらないけれど、どうしてもというのなら貰ってあげるわ」
「恋愛ものですが、面白いので是非お読みください」
「恋愛もの……。好みではないけれど、本は嫌いではないから貰っておくわ。もう行っていいわよ」
ジャンルは恋愛ものという点だけは残念。
この書斎室にも恋愛ものの本は数冊あるけれど、どれもドロドロとした内容のもので、私は一度も面白いと思ったことがない。
ただ、今回大事なのは、ジャンルではなく異世界の本ということ。
ずっと求めていた、異世界のものをプレゼントされたというだけで、気を抜けば頬が緩んでしまいそうになるくらい嬉しい。
一刻も早く、二人をこの書斎室から追い出し、異世界の本を読みたい。
視線で出ていくように促し、二人が書斎室から出た瞬間に私は本を手に取る。
表紙からじっくりと見たいところだけど、我慢の限界ということもあって、私はすぐに本を読み始めた。
驚くことに表紙だけでなく、全てのページに絵が描かれている。
それもとてつもなく綺麗な絵で、一目で全ての情景が分かるのは――あまりに画期的。
その反面、全てのページに絵を描かなくてはいけないということもあり、この世界で再現するにはあまりにも難しい。
これが……異世界クオリティ。
私は内容の前に、その凄さに感動してしまう。
目頭に溜まった涙を拭き取りながら、気を取り直して内容に集中することに決めた。
舞台はどうやら学園。
王都にも学園はあるけれど、希少な適性職業を持ったものか、優れたスキルを持ったものしか入学できない場所。
王族であるため、私は問答無用で入学することはできたけれど、教員よりも優秀な人たちが身近にいる中で学園に通う意味を見い出せず、通っていない。
そのため身近なものではないのだけど、絵のお陰で知らなくともどういった場所なのかが分かり、一瞬でこの物語の世界に入ることができた。
絵が素晴らしいだけでなく、内容も驚くほどに面白い。
私が知っている恋愛ものとは全くの別物で、爽やかで胸がキュンと締め付けられるような甘酸っぱい物語。
読み進める手が止まらず、私はほぼ無意識の内にプレゼントされた五巻を読み終えてしまった。
色々と言いたいことはあるけれど――。
「――とにかく続きが読みたい!」
私の魂の籠った声が、誰もいない書斎室に響き渡る。
わざと続きが読みたくなる場面までしか渡さなかったのではと思うほどであり、面白すぎたという感想を越えるかのように続きが読みたくて仕方がない。
私は完全に胸がキュンキュンするラブストーリーの虜であり、感情移入しすぎて胸が痛い。
…………佐藤はまだ王都にいるだろうし、今から追いかければ続きを読ませてくれるかもしれない。
ただ、それをしてしまうと、あれだけ素っ気ない態度を取っていたのにすぐに本を読んだことがバレてしまう。
王族としてのプライドを天秤にかけた私だったが、プライドよりも続きが読みたい気持ちの方が圧倒的に大きい。
私はすぐに書斎室を飛び出し、まだ王都にいるであろう佐藤を探しに向かった。
――が、佐藤が既に別荘に戻っていることを知り、絶望するのはもう少し後のこと。
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