閑話 人魔族の偵察
魔王領は“死の大地”と呼ばれている。
世間的には足を踏み入れたら死んでしまうためにそう呼ばれているとされているが、実際には本当に大地が死んでいるためにつけられた名称。
作物を育てることができず、育つのは雑草のみ。
そのため生きるのに食料を必要とする魔物や魔族は、動物や食用の魔物を食べて生きている状態。
ただ、動物や食用の魔物の餌としても作物が必要となるため、食料不足で年々魔族は数を減らしている。
そんな魔族や魔物たちの危機に、数百年ぶりに誕生したのが魔王であり、魔王は生き延びるために人間の土地を攻めて食料を奪うことを決めた。
土地を手に入れることができれば、作物を育てられるようにもなるわけで、積極的に領土拡大を目指して動き出している。
そして、“死の大地”と呼ばれている魔王領の中でも、北西部は更に土地が死んでいる。
その原因は雨が降らない地域のせいであり、土地がひび割れていることもあって雑草すらまともに生えない。
そんな魔王領の北西部にも魔族の住む街はあり、その街の名前はティルガンシア。
鬼魔族、妖魔族、獣魔族などの数種類の魔族によって形成されている街であり、ティルガンシアを治めているのは人魔族のアバスカル家。
前魔王が統治していた時から約300年間、このティルガンシアを統治し続けている豪族。
大地は死んでいるが、このティルガンシアの近くにはいくつもの鉱石地帯があり、金銀や宝石、鉄なんかを輸出することで街を豊かにしてきた。
ただ、近年の魔王領土全体の食料難の影響は、このティルガンシアにも押し寄せており、これまでのように鉱石類を対価にしても食料が手に入らなくなってきていた。
そんな現状に採掘を止め、食料の自給を考えるべきという声が上がり始めており、そんな民衆の声にアバスカル家は頭を悩まさせていた。
「おい、親父ィ! 北の採掘場でもボイコットが起きたとよ!」
「またボイコットですか。十分な食料を供給できていないので、仕方ないといえば仕方ないですが、これでは資源まで枯渇してしまいますよ。……お父様、どうするのですか?」
「……ちょっと考えている。静かにしてくれ」
「静かにしてくれって言ったってよォ。このままじゃ、この街は終わっちまうぜェ? 俺は魔王に賛同して、採掘ではなく軍を結成。んで、魔王軍に参加するのが一番だと思うぜェ!」
「今までは反対しておりましたが、私もゼパウルの案に賛成ですね。食料などは魔王軍や、魔王軍に協力している街や村へ優先的に送られているみたいですし、自給が難しい以上魔王軍に加わるしかないと思います」
「……くっ、ミラグロスはどう思う?」
積極的に話をしている兄や姉ではなく、ここまで一言も言葉を発していなかった私に意見を求めてきた父。
この戦略会議……もとい家族会議で、父が私に話を振ってくる時は、今出ている意見を否定してほしい時と相場が決まっている。
「私は嫌。戦いたくないし、魔王は凄いのかもしれないけど魔王軍が勝てると思えない」
「勝てるはずないって、相手は人間だぜェ? 普通にやったら負けねェだろ」
「確かに個々の能力では負けないかもしれないけど、人間は数が多すぎる。それに強い個体と弱い個体の差が激しいから、弱いというマジェリティばかり見ていると足元をすくわれる」
「その辺りは魔王様にも考えがあると思いますよ。ここもゼパウルと同じく、勝率のほうが高いと思います」
「本当に勝率が高いのであれば、これまでの歴史で1回も人間に勝てていないのはおかしい。今回も負ける確率の方が高い」
「ミラグロスの意見もよく分かった。ここはもう少し考えさせてもらう」
いつもは父の意図を汲んで反対意見を出していたけど、今回は本心からの反対。
噂レベルではあるけど、勇者を召喚したって話もあるし、その噂が本当なら更に勝率が低くなる。
「親父ィ……。ここで考えているだけじゃ、一生話は纏まらねェぜ?」
「……分かった。ならば、反対意見を述べたミラグロスに任務を与える。人間の領土に、エデルギウス山という龍族の棲家がある。その龍族に戦争となった場合にどちらにつくのかを聞いてきてほしい。龍族が人間につくと言ったのであれば、我々は魔王軍には加担しない。もし龍族が魔王に加担すると言ったのであれば、我々は魔王軍に加担する。……この意見に反対のものはいるか?」
そんな父の発言に、兄も姉も反対の言葉を発さなかった。
私は、なんで私が行かないといけないのかを問いただしたかったけど、そのタイミングを逃してしまい、流れで私がエデルギウス山に行くことになってしまった。
持ち出せる食料も少なく、大人数で行っても見つかるリスクが高くなるだけという判断から、私一人でエデルギウス山に向かうことになった。
ティルガンシアでは、私が一番隠密能力に長けているけれど、初めて人間の領土に足を踏み入れるのに一人は物凄く不安。
髪が抜けてしまいそうなほどのストレスを抱えながらも、私は何とか国境を越えて人間の領土に足を踏み入れることができた。
ここまでは見つからずに動けているけど、いつ見つかってもおかしくないほど、国境付近は人間の警備の数が多い。
チラホラと超危険な臭いのする人間がいるし、見つかった時点で私の命はなくなる。
慎重に慎重を重ね、3日間もかけて私は警備の多い国境付近を抜けた。
国境付近を抜ければ比較的安全かとも思っていたのだけど、人間の数は魔族の比にならないくらい多く、どこを進んでも人間の気配がある。
森に逃げ込み、迂回に迂回を重ねながら――ようやく地図に書かれていたエデルギウス山に到着した。
ここまでくれば一安心。
私はそう思い、エデルギウス山の入口に配置されていた龍人に話を聞きに行こうとしたのだけど……。
「ん? あれは魔族……? 魔族がいるぞ!」
「魔族が攻め込んできた! すぐに援軍を呼べ!」
魔族は龍族に敵視されている。
その事実を知らなかった私は、そこから三日三晩龍族の兵士に追われ続けることになった。
何とか逃げ切れたのはいいものの、体力は既にゼロ。
精神もとうの昔に擦り切れており、食料もエデルギウス山に着く前日に切れている。
龍族から食料をもらえるものだとばかり思っていたため、そこからの3日間に渡るチェイスは私にとってトドメの一撃だった。
持参した地図からはチェイスした際に大きく逸れてしまっており、ここがどこなのかも最早分からない。
体力も精神力も食料も尽きた私は、ここで死ぬと思う。
餓死するくらいなら、龍族の兵士に殺された方が楽に死ねたかもしれない。
本能的に逃げた私を責めながら、倒れたまま空を見上げる。
「……死にたくない」
真っ青で綺麗な空を見て、私は思わずそう呟いてしまった。
涙が溢れ、視界が歪んだ。
エデルギウス山に向かわせた父を恨み、魔王軍に参加するべきと言った兄と姉も恨む。
「……くそったれ。くそったれぇ!」
残っている体力を全て使い、恨みごとを綺麗な空に向かって言い放った。
もう声すら出せない。
霞む視界に死を確信した私だったけど、そんな私の視界に飛び込んできたのは赤黒い水のような物体だった。
あれは……スライム?
スライムは最弱の魔物と言われている魔物であり、何でも食べることでも有名。
私の最後の叫びを聞き、餌と思って近づいてきたのだろう。
最期は、最弱のスライムに食べられておしまいか。
なんという悲しい最期なのだろう。
逃げたいけど、もう逃げる体力もなければ、助けを呼ぶ声すら出せない。
助けを呼んだところで、人間しかやってこないしどちらにせよ駄目か。
そうこう考えている内に、私の目の前までやってきた変わった色のスライム。
そして、吸い込むようにパクリと私を丸呑みにし――。
私の短い人生は、呆気なく終わりを告げたのだった。
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