生け贄とカードゲーム
訓練場を出た俺は、ネビルブを連れたまま、どうしても気になっていた場所に足を運ぶ。そう、食料貯蔵庫だ。
「なるほど、次は朝食…や、もう昼食ですクワな。」
「いや、そうじゃ無い。」
と、一旦否定はしたが、少し興味も湧いた。ここで"そうだ"と言ってたら、何を食わせてくれてたんだろう? そもそも普段"俺"は何を食べているんだろう? だが直ぐに思い直した。何を食わされるか分かったもんじゃ無い。特に肉料理なんぞが出て来た日には、一体何の…。
ま、実際食料庫に来て見れば、それがあながち思い過ごしでは無い事を思い知らされる事になる。異様に黒っぽい野菜、料理しようとすると叫び出しそうな根菜、エイリアンみたいな魚介類。更に、鮮度を保つ為、生かしたまま保管されている肉類。
ギリギリ許せる小動物、ちょっと躊躇う爬虫類、これ食えるのか? の中型動物、鳥もいて、思わずネビルブの方を伺うが、涼しい顔をしている。そして……人間。中で真っ直ぐ立つ事も出来なそうな檻に、中年男性が一人放り込まれている。俺が近寄っても怖がりもしない。まあ今更怖いも何も無いのだろう。こちらを一瞥して、直ぐに手元のカード遊びに興じ始める。
「こいつは数日前に人間街から供出された貢ぎ物でクエ。城下の人族の部落には50日に1回の供出が義務付けられてるはずですな。こいつの前にはドワーフが、その前はエルフ族の貢ぎ物が入ってましたでクエ。もう調理されて…」
「なるほどなっ、良く分かった!」
それ以上の説明を聞く気になれず、ネビルブの話を遮る様に大声で返事する俺。
「それで、いよいよ俺の番かい?」
突然檻の中の男が口を開いた。もうこっちを見もしない。
「こいつは確か自分から貢ぎ物に志願したと聞いたクエ。」
と、ネビルブ情報。自分から⁈ どういうつもりだ? 俄然事情を聞きたくなったが、どうにもこの男には取り付く島が無い。
何かキッカケが無いかと思っていたところで、ふとその男の手に有るカードに着目した。
「そのカードは何なのだ?」
と、問い掛けてみる。
「…これは、暇潰し用に渡された物です…。どう使うのかは分かりませんね…。」
そう言いながら、男はカードの束を差し出して来た。
「兵隊カードとか言う遊戯用の道具ですな。この前までここにいたドワーフの貢ぎ物が残して行ったものらしいでクエ。」
ネビルブの説明を聞きながらカードを受け取ってみる。紙に似た素材で作られ、ほぼ同じ形と大きさに揃えられた複数のカード。裏は全て同一のデザイン。その表には武器を持った兵士が描かれており、それが1人から10人まで、10種類。他に小隊長のカード、中隊長のカード、大隊長のカードが有り、計13枚。それ等が更に持っている武器によっても種類が有り、剣を持った兵士、槍の兵士、弓矢の兵士、魔法の杖の兵士の4種類、それぞれが13枚づつ有るのだ…って言うか、この構成、まるっきりトランプじゃん!
俺はその場に座り込むと、無言でトランプもどきをシャッフルし、男と自分に配り始めた。何が始まったか分からず当惑する男。最後に1枚残して全て配り終え、その1枚は別に置いて伏せておく。
「それぞれに配った分のカードから、同じ人数のカードが2枚揃う物を探して、場に捨てるのだ。小隊長同士、中隊長同士、大隊長同士でも可だ。2枚揃わなかった分のカードだけを最後に手に持って相手に差し出す。表を見せない様にな。」
「は…はあ。」
相変わらず当惑気味の男に手順を説明しながら、所謂"じじ抜き"を、鉄格子を挟んで一回戦やり切った。
「と、いう事で、最後まで手札を残してしまったお前の負けだ。」
「ははあ…、なるほど、こういうゲームだったんだ。」
「まあ、幾つか有る遊び方の一つだ。」
「他にも出来るゲームが有るんですか⁈ 」
さっきまでの全ての事に諦め切っていた態度から一変、男は興味津々に身を乗り出して来る。
「ああ、色々有るぞ。例えば…、」
俺はシャッフルしたカードを全て伏せてランダムに並べた。そして適当に2枚裏返しては戻し、別の2枚を裏返しては戻しを数回繰り返し、遂には同じ人数の兵隊カードを1組引き当てた。
「こうして同じ数の組み合わせを選び出せたらカードを得る事が出来、更に続けて次のチャレンジが出来る。順番にトライして行って、最後にカードを多く手にしていた方が勝ちだ。
「おお〜、なるほど!」
俺の"神経衰弱"の説明を真剣に聞いて頷く男。
「他にも色々と……」
調子に乗って更に説明を続けようとしたところで、ネビルブが呆れた顔でこちらを見ているのに気付いた。あ、やべ。
「…有るのだが、それは又今度教えよう。」
そう締め括ると、カードの束を男に返し、そそくさと食糧庫を後にした。
「将軍閣下が、カードゲームに造詣が深いとは意外でしたでクエな。」
ネビルブの感想には少なからず皮肉が入っていた。ていうか、段々遠慮が無くなって来るなコイツ。俺も隙を見せ過ぎたかな? 少し用心しようとは思う。
次の日は、今後日課にしようかと考えて、まずは砦の中と領内の見回りから始めた。
何かトラブルを見かけた時は、とりあえず直ぐ顔を突っ込むが、特に何かする訳で無く、ただ側で腕組みしながら様子を伺うのみだ。何せこちとら政治スキルも交渉スキルもレベル1である。だが意外に効果は絶大で、住民から謂れの無い税を取り立てようとしていた者も、理不尽に暴力を振るっていた者も、俺がじっと見ていると、勝手に忖度して何もせず引き上げてしまうのだ。
結局面倒を起こしている連中はほぼグレムリーの息のかかった者達なんだろう。俺の目を盗んで好き勝手している自覚は有るに違い無い、グレムリー同様に。
見回りが終わると、今日はネビルブは連れずに食糧庫へとやって来た。昨日の男は1人神経衰弱の最中だったが、早々の俺の再訪問には驚いていた。俺は男…チャーリーというそうだ…に、ページワンと七並べを教えながら、彼の話を聞いた。
「お前は自分から進んで貢ぎ物になったそうじゃ無いか。何でまた?」
「…少し違います。本来貢ぎ物は町の大人全員の投票で決まります。それで今回は、私の娘が選ばれてしまったのです。」
たったこれだけの説明の裏に一体どれだけの闇が隠されているのだろう? 貢ぎ物制度……、やっぱり罪深い。
「早くに妻に先立たれた私にとって、娘は唯一の家族で、生き甲斐なんです。だから私は迷う事なく娘の身代わりに貢ぎ物になる事を志願しました。その際町長には1人残される娘を町として保護してやってくれと条件を出し、町長は任せろと言って請け負ってくれました。ただ娘は自分の起こした問題が元で父の私が犠牲になる事が耐えられないと言って半狂乱で泣き叫んでいましたが….。」
「…成程なあ。娘さんのその"自分の起こした問題"って言うのは?」
俺がちょっと引っ掛かった所を深掘りしようとしたところ、チャーリーがしまったという顔をした。
「いや…その…、将軍閣下に申し上げる様な事では…。」
と、歯切れが悪い。そこは聞かれたく無い事情が有る様だ。
「娘さんに、会いたいか?」
質問を変えてみる。
「それはもちろん! 一目でも会えるものなら、どんな事をしてでも会いたいですとも!」
こっちは即答である。本当に娘さんの事が大事なんだろうなあ。思えば、親の愛情などほとんど受けた記憶の無い俺にはその思いが眩しかった。
よし、決めた! 俺はこの男を逃す。娘の元へ返す。絶対だ。誰にも文句など言わせるものか!! はっちゃけた俺は調理場に有ったフランスパンもどきを引っ掴み、子供の背丈程も有るそれを半分に千切ってチャーリーに投げ渡すと、残った方に嚙り付いた。やはりパンの様だ。恐ろしく堅いが味は悪くない。考えてみればこの世界に来て初めての食事だ。空腹を感じた事は無かったが、食べればそれなりの満足感が有るし、美味いとも感じられる。食べた物は体内で即エネルギーになって体の隅々まで巡って行くのを感じ取れた。極めて燃料効率の良い体なんだろう。チャーリーも良く分からないという顔をしながらも、貰ったパンを齧っている。
ここでふと気が付いた。いつからか知らないが、料理担当らしきホブゴブリンが、物陰からこちらの様子をずっと見ていた様だ。こりゃあ動くなら早い方がいいかも。その為の手段や作戦等を考えながら、その日の俺は私室に戻ったのだった。