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将軍生活を初めてみよう

「将軍閣下(かっか)、将軍閣下(かっか)! 」

呼び声に目覚める。この声はネビルブか。目を開き、体を起こす。青っぽいカラスが寝台の柱の上でかしこまっている。

「中々お出ましにならないので、失礼かと存じましたグワ声を掛けさせていただいたでクエ。

どれくらい寝ていたのだろう、未だ薄暗いが、これでも昼間らしい。

「ああ、すまない。」

言ってからしまった! と思ったが、(あん)(じょう)目がまん丸のネビルブ。

「何クワ、変わられましたね将軍閣下(かっか)。眠ってらっしゃる姿だって初めて見た気がしますクエ。」

「そ…そうかな。」

それだけ答えるのがやっとだった。心の中は滝汗(たきあせ)だ。この体、どうやら汗はかかない様だが。

「まあいいでクエ。」

割とあっさり切り替えたネビルブは、寝台横に下がった(ひも)(くわ)えて引く、カランカランと鐘が鳴る。すると、数人の女が部屋に入って来て、俺の身支度(みじたく)を整えてくれる。多少人間離れしているが、女性で有る事は分かる。母親にすらここまで世話を焼かれた覚えの無い俺としては、少なからずこそばゆい。

「さて、今日はまず執務(しつむ)をされますクワ? 見回りから始めますクワ? それとも朝食でもお()りになりますクワ?」

え、朝食って選択()の最後なの? その点はちょっと意外に感じたが、そう言えば腹って減らないなぁ。

 他にも、この身体になってそれなりに時間が経ったと思うけど、尿意も便意ももよおさない。そう言えばここ、浴室は有るのにトイレは無いな。ひょっとしてこの身体、そう言うのが必要無いのか? さっきネビルブが言った寝てるところを見た事が無いってのも、そもそも寝ていなかったからかも。一体俺、どんな生物になっちまったってんだろう。

 とりあえず情報が欲しいので、城下の見回りをすると答え、ネビルブの先導で屋上広場から空へと飛び立つ。()えて彼以外の者の随伴(ずいはん)は不要と断った。事務官らしき者がため息をついたが、駄目とは言われなかった。案外いつもの事なのかも知れない。

「お珍しいでクエな。おん自ら領内の視察とは。」

「そ…そうか、前は余りした事は無かったかな?」

「将軍閣下は平和時の国の運営にはとんと興味が無い様でしたクワらな。内政的な事柄は(もっぱ)らグレムリー副将軍とその息の掛かった執務官(しつむかん)等でいい様に…ゲフンゲフン…、上手い具合に取り仕切っておられましたでクエ。」

「なるほどな…。」

 眼下に見えて来た街の様子、砦の囲いの内側の、上級市民が住むと言うゴテゴテに飾られたデカい屋敷群と、囲いの外のスラム街にしか見えない(すさ)んだ平民街。どんな汚れた政治が()かれているか想像に難く無い。

「上級市民ってのは我々と同じ魔族の事か?」

「全部では無いでクエ。魔族は数が少ないですクワらね。大鬼族の者や、中には私と同じ魔法生物の上級市民も居るでクエ。」

 そんな事を話す内、眼下には平民街が見えて来る。砦の正門に近い程家屋(かおく)が(比較的)立派で、そこから放射状に建物がどんどんみすぼらしくなっていき、街の外苑(がいえん)辺りはもう廃墟(はいきょ)街にしか見えない。大通りにはガラの悪そうな連中が闊歩(かっぽ)し、小さくて弱そうな者達が通りの端や路地をチョロチョロ。そして見える限りでも数箇所で(いさか)いが起きている。治安? 何それ食えるの? という状態だ。

「平民街は随分と貧しそうに見えるな。」

「そうですクワな? 平民街の住民は弱っちい種族の者ばかりですからな。強い者に守って(もら)おうと思えば(みつ)ぎ物なり対価を払うのは当然ですクワら、これくらいの生活かと思いますでクエよ。」

なるほど、弱い者は搾取(さくしゆ)されて当たり前、と言うのがこの国の、いや、魔大陸の常識って事だ。

「平民と言うと、どんな連中なんだ、人間とかか?」

「砦の正門に近い所の住民ほど強い種族が多いクエ。オーガやトロル等の大鬼族ですな。奴等は上級市民にも食い込んでおります。そしてその周りに在るのが人族の部落でクエ。人間やエルフやドワーフ等ですな。奴等は生産能力は高いんで、国内で出回る食料やら道具やらのほとんどはここで作られてるでクエ。一番外側に住んでるのがゴブリンやコボルドとかの小鬼族ですな。奴等は人族より弱い訳じゃ有りませんが余り役には立ちませんクワらな。人族を外に出さない様にする事と外敵からの盾になる事が役目かと。まあ肉の壁ですクワな。」

 ネビルブから国の大体の構成を聞いて、この国が弱者の犠牲の上に成り立っているという事を再認識した。何とかしなくちゃという正義感が頭をもたげるが、とは言え今の俺に何が出来る? 一応国のトップみたいだけど、内政は部下に丸投げで、事務方との(つな)ぎも無し、信頼出来るブレーンも無し。俺自身政治系のニュースなんか(ろく)に見ても来なかった(てい)たらくだし…。駄目だ! 俺にはやっぱり気持ちは有ってもそれを裏付ける実力が無い。

 ふと、眼下で起きている(いさか)いの一つが気に掛かった。(いさか)いの一方は身なりのいい大鬼だ。縦にも横にも大柄(おおがら)な鬼で、何人かのお供も連れている。片やもう一方は小さな子供と多分その母親。普通の人間と比べてやや小さく見えるので、話に聞くドワーフとかなのだろう。子供は大鬼の肩に(かつ)がれて泣き叫んでおり、母親がその足に(すが)り付いては跳ね飛ばされている。あまりのテンプレに、義憤(ぎふん)より先に(ドラマで見る悪役みたいなのがいるなあ)などとピンボケな感想が()いて来る。

「あれは、グレムリー副将軍の腰ぎんちゃ…ゲフンゲフン、側近の一人、バイロンでクエな。」

ネビルブの解説を聞き終えるや、俺は一気に高度を下げ、現場に舞い降りた。

 ギョッとする大鬼、バイロン。だが実は俺も内心(あせ)っていた。間近で見ると、コイツでかっ! 俺も多分小さくは無いだろうが、それでもこいつから見れば子供レベルだろう。正直腕力(わんりょく)で勝てる気がほぼしない。

「ど…う…なされましたんで、エボニアム将軍閣下?」

大分上の方から問い掛けられ、俺は固まった。止めなきゃとは思ったものの、どう持って行くかはノープランだった。どうしていいか思い付かぬままに、大鬼の肩の上で泣き(わめ)いているドワーフの子供を見つめる。

「こりゃあ、その…、こいつの父親が鍛冶(かじ)士なんですがね、短剣を500本、俺の所の警備(けいび)本部に納めろと命じて有ったんですが、納期の今日になっても未だ出来てないとか抜かしますんで、罰としてガキを一人(もら)って行くところでして…。」

どうやら何も言わずに凝視していたのを無言のプレッシャーと取ってくれた様で、勝手に解説してくれる大鬼、バイロン。

「ですから、今主人が必死に作ってます! 10日前にご注文を受けてからほとんど寝ずに剣を打ってます! 必ず今日中には500本、間に合わせますから、子供だけは連れて行かないで下さいぃ!」

母親がまた追い(すが)って来る。10日で500本、1日50本? 良く分からないが多分無理難題だ。

「今日中に500本収めるのは当たり前だ! 俺がわざわざ引き取りに出向いてやったのに無駄足(むだあし)だったんだぞ! ガキはその罰として(もら)ってくんだよ! 折角(せっかく)こんなところまで来て、手ぶらじゃ帰れねえだろうがよ!! 」

母親がまた吹っ飛ばされる、今度は打ちどころか悪かったのか、直ぐには起き上がれない。

「うう…、(ひど)い、後生(ごしょう)ですから…。」

本っっっとに(ひど)いなこのバイロンって奴、言ってる事、どれ一つとして納得が行かない。思わず知らず、奴に向ける目が(けわ)しくなる。

「その子供、持って帰ってどうするんだ? 」

俺は氷点下の声で問い掛ける。

「え、は、あの、いただくつもりですが…。」

効果は思った以上で、バイロンは結構狼狽(けっこううろた)えている。ならまた乗っかってやろうか。

「実は…俺は未だ朝食を()っていなくてなぁ。」

ここで又無理に口角を上げ、ニチャアッと笑う俺。

「あ…ああ。」

余り頭の良さそうで無いバイロンだが、懸命(けんめい)忖度(そんたく)する。

「その…ど…どうぞ。」

おずおずと差し出されたドワーフの子を受け取り、

「悪いねエ。」

と言いながら小脇(こわき)に抱える。さっきまて泣き(わめ)いていた子供が、俺に抱えられた途端青くなって固まってしまった。あれぇ、このでかい鬼よりも、俺の方が恐ろしいって言うの? そういう認識? 母親さえ俺には触れて来ようとしない。何だかちょっとショックだ。

「ち、まあいいや。確か子供はもう一匹いたよな…。」

不服そうなバイロンがボソリとそう(つぶや)くのを俺は聞き逃さなかった。

「ほ〜う、子供はもう1人いるのか。」

俺、ここでまたニチャアァ。バイロン、鼻白(はなじろ)む。

「ああ…もう! 分かりましたよ!! 」

そう言い捨てて、バイロンは(きびす)を返すと、ドスドスと砦の方へ歩き出す。手下共も(あわ)てて後に続く。大股でずんずん遠退き、角を曲がって見えなくなる。曲がった先で何か破壊音がして、ガマガエルみたいな悲鳴が聞こえて来る。気の毒な手下の1人が八つ当たりを喰らったらしい。

 (しばら)くそんな音を聞いてから、俺は抱えていた子供を降ろし、その場に立たせる。そして何が起きているのか理解出来ないでいるその背中を母親の方へ押してやる。とてとて歩いて来た子供をひしと抱きしめる母親とその腕の中の子供は、しかし未だ恐怖の只中(ただなか)といった顔でこちらを(うかが)う。母親が(かす)れた声で語り掛けて来る。

「ここ…この子を…食べないで下さいまし…。」

子供の顔も強張(こわば)る。

「ん、何の事だ? 俺はただ腹が減っていなかったから朝食を食わなかったと言っただけたぞ。」

俺はそう言って又口角を上げた。今度はニヤリのつもりである。

 安心したと言うよりは、訳が分からずキョトンとしたままの母子をその場に残し、俺も砦に帰るべく舞い上がる。何処(どこ)からか側に寄って来たネビルブが…、

「何かの気まぐれですクワな将軍閣下。まあグレムリー一派への(いや)がらせなら、(いさ)める気はございませんグワね。」

なんて事をしれっと言う。中々こいつもいい性格してるなぁと思いながら振り向いて見ると、()ました顔で付いて来るネビルブの肩越しに、やや()に落ちなそうにしながらも、仲良く手を取って帰るドワーフの母子の姿が有った。


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