魔神将軍エボニアム
俺はどうにか勇者パーティーから逃げ切った。さて、次に問題になるのは…、何処へ行けばいいのかという事だ。何しろ何一つ情報が無いのだ。此処がどこで、自分が何者で、どういう状況なのか、全部何も分からない。
怖くて余り高くは飛べないのだが、それでも見通せる限り見渡して見ると、荒涼とした大地が広がり、それを囲む様に黒い森。村か集落の様なのも遠くに幾つか見えるが、住んでいるのが人かどうかは分からない。大地も森も、村や集落さえもどこか気味の悪い佇まいで、そこに豊かで平和な生活が有るというイメージが湧かないのだ。
結局どっちへ向かえばいいのか決められず、飛ぶ練習も兼ねてその場でホバリングしながら考え込む。やはり先ずは情報が欲しい…。村とかに行ってみようか? しかし今の俺の存在って村で浮かないか? 歓迎されない可能性も高いぞ。
等と思い巡らしていると…、何やらこちらに向かって来るものが有るのに気付く。勇者の追撃か? いや、来る方向が違う。鳥? には見えない。てか何に似てるかと言ったら今の俺に似ている。翼を使って飛んでいるが、体部分は人っぽい。人族に似ているが、決して人族では無い。黒くは無いが、多分俺同様血は赤く無い。
やがて顔も判別出来るくらいになったが…、うわ、ありゃ駄目だ、あの面で性格が良い訳が無い。食堂の2人掛けの席で相席になっても絶対話し掛けないぞ! 顔立ちは整っているのに溢れ出る嫌な奴オーラで台無しだ。拒否反応で逃げ出したい気持ちになるが、明らかに俺を目指してやって来るし、敵対的な様子も無い。貴重な情報源と思ってここは我慢だ。
「よ〜う大将! 」
そいつは気安く呼び掛けて来た。やはり知り合いでは有る様だ。
「勇者共はきっちり返り討ちにしたのかい…て、何であんた真っ裸なんだよ!w」
そう言われて初めて自分が何も身に付けていない事を異常と認識した。恐らく着ていたものは一度全て吹き飛んでしまったのだろう。
「さては結構やられたんだろう、1人で軽く蹴散らして来るとか大見得切っといて、なに装備全部消し飛ばされてるんだよw」
「大将…って、俺の事か?」
俺はボソリとそれだけ答える、未だ長い言葉は無理だ。
「おっと失礼、エボニアム将軍閣下殿。こりゃご機嫌斜めだ。」
言葉少なな俺を、不機嫌と解釈してくれたらしい。好都合だ。そして分かったのが、俺の名は"エボニアム"、役職は"将軍"。結構偉い人なのかな? そして目の前に居るのは俺のご機嫌を伺う立場の者だという事だ。
「ま、経緯は後で伺うとして、取り敢えず砦に戻りましょうや。そのままじゃ締まらねえ。」
「…ああ……。」
さっさと回れ右をして飛んで行こうとするそいつに、俺は付いて行く事にした。
その後も俺は不機嫌なフリを貫いたが、そいつは元来おしゃべり好きな様で、道すがら一人で色々と喋ってくれていた。お陰で色々と情報を得る事が出来た。そいつの名はグレムリーと言う、俺の副官らしい。やはり人間では無く、所謂魔族。ヤシャ族という種族だと言う。
人族と魔族は生まれついての性質に結構差が有り、折り合いが良く無い事も多い様だ、人に比べ繁殖力に劣る魔族は版図こそ広げないが、逆に繁殖力が異常に高いゴブリン等の鬼族と結託し易く、人間の国との諍いは後を絶たないという。
そして、"魔大陸"の名で呼ばれるこの地は、大陸全体に瘴気の雲が垂れこめており、魔族が暮らすのに適している事から、大陸全体が魔族の国ばかりという特殊な土地だそうだ。とは言え法や秩序という感覚に疎い魔族は国としての体制を維持する事に長けているとはいえず、弱肉強食の理の中で好き勝手が出来れば良いという考え方が強く残っており、魔王なる者を頂点と頂いた上で、その側近と言える数名の有力者、所謂四天王と呼ばれる者達が各々勝手に力関係由来のコミュニティを構築しているという状態の様だ。そしてその四天王の一人が正に俺なのだそうだ。ちょっと目眩がする。
やがて"砦"とやらが見えて来た。砦と言うよりは城と言った方が良いスケールだが、遊び心皆無な四角いだけの建造物は、やはり砦と呼ぶのが相応しい。砦の周囲には街並みが有り、有る程度の賑わいも有る。城下町ってやつか。
グレムリーに続いて屋上広場の様な所に降り立つと、側仕えだろう小鬼達がわらわらと寄って来て、何くれと世話を焼き始める。ガウンの様なものを羽織らされて、「ああ、有難う。」と言って袖を通す。と、小鬼達が目をまん丸に見開いて俺を見つめて固まる。あれ? そう言えば小鬼達、俺を慕ってと言うよりは、腫れ物に触る様な態度で俺の世話を焼いている様に見えるかも。対応を間違えたかな? もう余計な口はきくまい…と心に誓いながら、砦の中へと入って行く。
やはり外見同様質実剛健と言った内装が多いが、要所要所に何となく悪趣味な絵画や壺、彫像等が、唐突な感じに置かれている。何とも陰鬱で気味の悪い絵画を見て顔を顰めていると、
「何だい、ここに飾るって断っただろうがよ!」
抗議の声を上げるグレムリー。なるほど、唐突な装飾品はコイツの趣味か、何となく納得だ。逆に飾りっ気皆無の合理主義一辺倒が元のエボニアムの性格って事か。これも何やら納得。
さて、情報欲しさに思わず中身が入れ替わった事を隠してここまで来ちゃったけど、全然勝手が分からない。とは言え今更こんな悪の組織のアジトみたいな処のただ中でヘタレパンピーの正体がバレたらタダで済む筈が無い。て言うか俺、真のエボニアムからしてみれは仇だよなあ。こりゃ何とか誤魔化すしか無いけど…、等と思案していると…、
「なあ将軍、あんた今日はどうも様子がおかしいが、もしかして…」
グレムリーが疑惑に満ちた目でこちらを伺って来る。やばい、キョドり過ぎたか、別人格なのがバレたのか?
「勇者共との戦闘で頭でもやられちまったかい?w」
……ふう、何だ、イジッて来ただけかよ。でも、まあ、乗っからせて貰うかな。
「ああ、実を言うとその通りなのだ。勇者の攻撃を喰らって、一度頭を吹き飛ばされてしまったんだ。」
「な…ふ…吹き…? おいまじかよ! あんた程の人がそこまでされるたあ…。勇者ってのは人間の癖にそんなにやばい相手だったのか…。しかし又そこまでやられていながら、何も無かったみたいに復活したのかい? あんたも大概バケモノだな。そうなると勇者供もさぞ狼狽えただろうなぁ。」
「ああ、全ての力を使い切ったあいつ等を、完全復活した俺が嬲り殺しよ。」
口角を無理に上げ、ニチャアッと笑って見せる。そして続ける。
「ただそのせいかちょっと物忘れが激しくてな。何なら最初お前の名前も思い出せなかったのだ。」
「そいつぁひでえ、かれこれ10年近い付き合いだってのにw。まあ冗談ばかりでもねえって事か、さすがに問題かな。おい、ネビルブ!」
「クエ、何です?」
たまたまそこに居た青っぽいカラスが呼ばれてやって来た。何で砦の中にカラス? しかも喋ってるし。青っぽいが見た目はただのカラスらしき鳥。目は3つ有るけど…。
「将軍閣下が文字通り頭が飛んじまったそうでな。お前が付いて。色々助言して差し上げろ。」
「は…はあ、了解でクエ。」
グレムリーに命じられ、青っぽいカラス…ネビルブが俺の足元に舞い降り、敬礼っぽいポーズをとる。
「命により、これよりご助言役を務めます、ネビルブと申すクエ。先ずは砦の中をご案内しましょうクワ?」
「ああ、よろしく頼むよ。」
俺が思わずそう返事をすると、目を真ん丸にしてフリーズするネビルブ。いけね、またやったか? どうも尊大な態度ってのが板に付かなくてしょうがない。
「で…では、参りましょうクワな。こちらへどうぞクエ。」
グレムリーとはここで別れ、ネビルブに案内されて回る。全く使っていなさそうな俺の執務室に始まり、各文官の執務室や資料室、一番立派な兵士の訓練場、武器庫、宝物庫、宿舎、食堂、見張り台や監視塔、果てはトイレや浴場、牢獄、処刑場。一番驚きだったのが食料貯蔵庫だ。見た事も無い食材が雑多に置かれる中、鮮度の為に生かしたまま保管して有るという動植物も有り、中には何と、人間も! 聞けば城下町には色々な種族ごとの部落が有り、それぞれの部落から税として定期的に住民1人を食材として差し出して来る決まりなのだそうだ。ドン引きである。
最後は俺のプライベート・エリアで案内は終了する。て、これは又…、質実剛健ってレベルじゃ無いな。調度品とか装飾とか皆無だし、寝台とソファ(?)は有るがそれだけ。まあ、自分専用の個室が有る事自体、俺の人生初の快挙なんだが…。
エリア内には俺専用の浴室も有り、銀製の鏡が置かれていたので、じっくり落ち着いて自分の姿を見てみる。デカくて派手な4本の角、色素の薄い黒目、作り物の様に整った、でもいかつい顔。鉄の様に引き締まった筋肉…、青黒い肌の色と相まって本当に鉄の様だ。今は小さく折り畳んだ翼と鞭の様な尻尾。体のあちこちに有る鋭く尖った突起。正に凶器の手足の爪。グレムリーと似た外見だと思っていたが、大分違った。俺がかつて想像していた悪魔の姿そのものだ。グレムリーとは別の意味で、積極的には近付きたく無い見た目である。まあ、グロテスクじゃ無いからまだいいか。実際砦の中だけでもグロい奴やキモい奴がゴロゴロしている。
人間を食料なんぞと言っている時点でここの奴等とは分かり合える気がしない。もっとも人間の友人も出来る可能性は無いなあ…等と自嘲的に考えながら、俺は寝台に横になる。寝台はただの台じゃん! と言いたい程堅かったが、自分の体も堅かったので案外気にならなかった。眠いと思っていた訳では無かったが、寝よう、と思ったら呆気なく眠ってしまっていた。