俺今、勇者に倒されたらしい
(ん?…、ああ……、いっ!…、いっってえええーー〜〜っ!! )
遠退いていた意識が戻り、突然ガラリと変わった目の前の景色に気付いて直ぐ、俺は凄まじい激痛を顔全体に感じ、思わず叫びながら顔を手で抑えようとした…が、どちらも出来なかった。声が出ない…と言うか喉から下が無かったのだ。当然顔を抑える手も無かった。
顔の痛みは尋常では無く、重篤な怪我をしているのが自分で分かる。こりゃ死ぬかな? てか喉から下が無い? 息出来ないじゃん! 心臓も無いじゃん! 何で生きてるの俺⁈
視界がだんだんはっきりして来て、周囲の様子も見えて来る。何処だここ、災害現場か? 一面焼け爛れ荒れた大地に、死にかけた様な数人の人影が転がって、何やら絶望的な顔でこちらを見つめている。
いや! 落ち着いて状況確認をする余裕が俺には未だ無い。痛い! 苦しい! 焼ける様に熱い!! そんな中でもある違和感には気付いた。痛い箇所は次に熱くなって、徐々に移動している。そして熱さの引いた箇所は…治っているのだ。視界が急に良くなったのも、そこで目が完治したからの様だ。程無く胸…腕…と痛い箇所が移動し、心臓も、肺も動き、手も使える様になった。
「どうなってるんだちきしょう、痛い! 痛い! 痛いっ!…」
もう叫ぶ事も出来る。相変わらず死ぬ程痛いが、どうやら自分が死なないであろうと言う事は感じ取れた。
と、さっきこっちを見ていた人影の1人が俺を狙って矢を射掛けて来た。矢は俺の至近距離の大地に突き刺さる!
「あっぶね! 怪我人に向かって何て事しやがる!! 」
抗議の声を上げるが、相手はガタガタの体で無理矢理矢を射たらしく、バランスを崩して転倒し、伸びてしまった。
この辺で察したが、彼等はどうやら俺とは敵対する立場の者達らしい。ファンタジーものの映画やアニメに出て来る様な戦士や魔術師といった出立ちの集団、所謂勇者パーティーという感じか。ん? だとすると俺は? いや〜な予感がして来る。
そろそろ足が治りつつあるが、背中や尻にも何か馴染みの無い器官が治ろうとしている。既に治った手はえらく黒くてゴツくて禍々しい。ひょっとすると今の俺、人間じゃ無いのかも。
こうなると考えられる答えは一つ、今の俺は勇者パーティーと敵対する魔物の類いなのだろう。しかもどうやらたった今倒されたばかりの様だ。かなり完膚なきまでに倒された…と言うか跡形もなく消し飛ばされたぐらいのやられっぷりか。それがたった今こうしてむりむりと復活しようとしているのだ。俺を消し飛ばす為に文字通り死力を尽くして戦ったのであろう彼等にしてみればたまったものでは無いだろう。
等と考えている間に痛みも全て無くなり、俺はすっかり完治した。痛くて苦しくて永遠かとも思われたが、実際は10分程度の出来事だったろう。
やっと落ち着いて周りを見渡せば、何とも言えぬ違和感の有る天地、見た事もない草花や森のシルエット、そしてこの場に居る者達の服装やちょっとした見た目、それ等全てがここが元居た世界では無い事を物語っている。拷問紛いの目に遭ったがどうやら俺の願いは叶えられたらしい。俺は全く違う世界の全く違う存在に生まれ変われた様だ。思っていた以上に"違う存在"の様では有るが。
今この場に居るくたびれ切った人達の何人かはやや特殊な容姿をしている。耳とか鼻とか、目や髪の色とか、そもそも体躯がとか、人間とは少し違う種族の様だ。それでも今の俺程には人間離れしていない。俺の姿たるや…、手足はゴツくてあちこち尖っていて、頭には角が、背中には翼や尻尾が生えている。そして肌は青黒い。日焼けとか、アフリカ系の黒い肌ともまるで違う、暖かい血の赤さをまるで感じさせない色だ。これは…まるで……、悪魔?
「どういう事だホイットニー、奴はもうすっかり復活したぞ。神は、神のご加護とやらはどうなった?」
俺から一番近い位置にいた人間らしき男が後方の者に呼び掛ける。声からは焦りと苛立ちが感じ取れる。
「おお勇者レダンよ、神の声が聞こえなくなってしまった。神が…消えてしまわれたのだ!」
「どういう…事だ?」
その男、勇者?達の表情に見る見る焦燥が広がり、可哀想な程落胆している。大変そうだなあ等と他人事の様な感想を抱きながら、或る疑問が湧いて来る。
(この人達さっきから聞いた事も無い様な言葉を使っている。なのに何で何を言っているのか分かるんだろう? この体の記憶かな?)
段々と落ち着いて来て、まだピントがずれているかも知れないが、今の状況について考えを巡らせられる様になって来た。そんな時……。
(お前は誰だ、何故そこに居る⁈ )
突然頭に声が響く。この世界に誘われる寸前に聞いた声とは違う、もっとはっきりした声だ。高圧的で、不快でさえ有る声。物理的なプレッシャーさえ感じる気がする、素直に答える気にならない。まあそもそも答えを知らないんだけど…。
(貴様、何処のはぐれ魂だ⁈ それは我の体だ、出て行け! )
なるほど、話の流れ的にこの声の主こそがこの体の元々の持ち主なのだろう。かなりご立腹の様だ。まあお怒りはごもっともだけども。
(え〜いアイボリオの仕業か! 油断したわ忌々しい!! 其処は貴様の居ていい場所じゃあ無い、とっととそこを出て消え去れ!! )
あくまで高圧的な声の主、出ろ出ろって言われても、トイレの個室じゃあるまいし、そう簡単に出たり入ったり出来るかい!
だがお陰で分かった事も有る。この声の主には自力で俺をこの体から追い出す事は出来ない様だ。出ろと強要して来るところを見ると、俺自身の同意が有れば追い出せるのかも知れない、でも悪いが同意してやるつもりは無い。だってここを出されても行くとこ無いもん! それにこの体に元々の魂が戻るって事は、いよいよあの勇者達がどうにか倒した魔物が完全復活しちゃうって事だよね。どれくらい悪い奴だったのか知らないが、それはかなりまずい事で有るって気がする。
(申し訳無いがお断りです。今日からこの体は俺が使います。正しい事に使います! )
毅然と…とは行かず、ややびく付きながら、俺はそう心に念じた。
するとその途端、強烈な悪意が襲って来た。直接頭の中にねじ込まれて来る憎悪、恐怖、不快感…。余りの気分の悪さに正気を失いそうになる。だが耐えた。耐える事に関しては、こちとら年季が入ってる。ついさっきだってあんな拷問に耐え切ったばかりだ。何のこれくらい余裕! …て言うかどんどん耐えられる様になって来ている。悪意の念がだんだん弱まっているのだ。今は既に乗り物酔い程の事も無い。さてはこの声の主も、目の前の勇者パーティーとの戦いでかなり消耗しており、既に限界を迎えつつ有るのかも知れない。
そしてとうとう…。
(おのれぇ〜、許さんっ、…許さんからなぁー‥…)
そう捨て台詞の様なものを吐きながら、悪意は程無く消えて行ったのだった。
やれやれぐらいに思いながら、俺は意識を現に戻した…、その途端、勇者氏が剣を振りかざしてこっちに突っ込んで来るのに気が付いた。
「うおりゃあああ〜っ!! 」
「どぅうおわわ…!」
間抜けな声を上げて、俺は慌てて身をかわそうとする。だが消耗し切っている中でのやけっぱちの攻撃では有るが、仮にも勇者の剣さばき、かわせないかも…とも思ったが、思っていた何倍も素早く動けたので、すんでのところで掠めるに留めた。
「ま…待って! 俺はあんた達の敵じゃ無い。転生して…、中身が入れ替わったんだ!」
慌ててそう叫んで勇者を手で制しようとしたが、勇者はやや怪訝な顔をしたもののすぐさま又剣を構え直している。そこで気が付いた。俺は今、日本語で叫んでしまったんだ。通じる訳無いじゃん! この世界の言語を聞いて理解する事は出来るけど、話す事は未だ出来ないのだ。
そうこうしている間に勇者が又剣を振るって来た、今度は横殴りに。これは…横には避けられない、反射的に上へ避ける。…って…上⁈ 気付けば俺は空を舞っていた。背中の翼は飾りじゃ無かった様だ。勇者氏は歯噛みしている様子。ヘイトを貯める気なんか無いんだけどなぁ…。
俺はとりあえずこの場を離れる事にした。話し合いって訳には行かなそうだし、逃げるが勝ちだ。幸い彼等に飛び道具の類はもう用意が無い様で、空に逃げる俺を煩わすものは何も無かった。
ただ一つ、飛ぶの自体は未だ危なっかしい。身体が勝手に動くに任せるしか無いが、うっかり翼の動かし方を意識してしまうと逆に落ちそうになるのだ。それでもようやく慣れて来たかなと思える頃には、勇者パーティーの姿は遥か後方に見えなくなっていた。