Epilogue
後日、明智先輩から聞いた事の顛末はこうだ。
まず、その日の午後、八雲先輩と更科は警察署へ連行された。
罪状は傷害罪、暴行罪、詐欺罪など……色々である。
本人たちはどうにか言い逃れようとしたらしいが、無駄だったらしい。
明智先輩が雇った弁護士からは示談交渉の話をされたが、これは形式上の物だったらしく、一切応じないこととなった。
そして俺や皐が協力することもあまりなく、報告を待つことになる。
ほぼ前科がつく見込みとのことだけど、同情はしない。
ともあれ、これにて一件落着となり、四人で祝勝会? を開いてそれぞれを労い――
「――さて、と。久しぶりの楽しい時間ですね」
二人と別れた俺と皐は、最寄り駅近くのバッティングセンターにいた。
他の利用者は一人もいなくて、俺たち二人の貸し切り状態。
八雲先輩の件が片付いたということは、俺たちの関係も再開されるわけで。
「とりあえず適当に打ちましょうか」
「だな」
隣り合う打席に入り、100円を投入。
バットを構え、ピッチングマシンの投球を待つ。
第一球。
白い軌跡を目で辿り、腰を使ってバットを振り抜く。
キィィン!
快音響かせ、綺麗な弧を描いて打球が飛ぶ。
隣ではパサッ、とネットにボールが受け止められる音。
どうやら空振りしたらしい。
「……まずは前回学んだことを思い出すところからみたいですね」
「真面目だな、皐はッ」
またしても打球はヒットコースへ飛んでいく。
今日の調子は結構良さそうだ。
その後は会話らしい会話もないまま100円分を打ち切り、一旦打席を出る。
それから併設されている自販機で飲み物を買って、壁際で立ち話に移った。
「やっと身体が思い出してきた気がします」
「最後の方はちゃんと打ててたもんな」
「ですが、慧さんほど上手くは打てませんね」
「年季入ってるからな。まだまだ負けるつもりはない」
「では、一つ勝負をしてみませんか? 先にホームランを打った方が勝ち、ということで」
「……そもそも皐ってホームランの的まで飛ばせるのか?」
「一度も打ったことはないのでなんとも言えませんが、色々な要素が噛み合えば飛ばせそうだなと思っています」
それが希望的観測なのか、本当に自信があるのか……まあ、どっちでもいい。
「勝ったら負けた人に一つお願いを出来る、としましょう」
「どっちもホームランを打てなかったら?」
「その時は……お互いにささやかなお願いを一つでどうでしょうか。何もなしでは面白くありませんから、参加賞みたいなものです」
「おっけー。でも、俺に有利過ぎるから、いつもより一段階上の球速にしておくわ」
「……130キロを打てるんですか?」
「打てないこともないけど、ホームランはかなり厳しいって感じだ。皐も似たような感じだからいいかなって」
「……余裕ぶっていますけど、後で後悔しても知りませんからね?」
こんなお遊びの勝負で何を後悔するんだか。
休憩も済んだところで再び打席に入る。
130キロか……まずはちゃんと打つところからだな。
でも――これに勝ったら、皐は何をお願いするつもりなんだろう。
お願いの内容を頭の片隅で考えつつ、普段より幾分か速度を増した球を迎え打つ。
10キロ分の差は思っていたよりも大きく、初球はバットが空を切る。
「打たないと勝てませんよ……っ!」
「わかってるっての」
初球から打った皐に煽られながらも、次々と球数が減っていく。
お互いヒットは打ててもホームランはなし。
ヒット率、並びに飛距離も俺の方が上だろうか。
でも、余裕ってわけじゃなく、ほどほどに飛ばすだけでも結構な集中力を要する。
皐も集中して来たのか、聞こえてくるのはバッティングに必要な音ばかり。
そして――
「……結局打てなかった、か」
「わたしもヒット止まりでしたね」
二人で300円分使ったけど、どちらもホームランは打てずに決着の運びとなった。
感じるのは程よい疲労と、ホームランを打てなかったことへの悔しさ。
それは皐も同じように見える。
「引き分けってことはお互いにささやかなお願い、だったか」
「慧さんからでいいですよ。あくまでささやかなという部分が肝です」
「……いざ考えると難しいな」
皐に求めるささやかなお願い、か。
ぶっちゃけ、俺は皐に貰い過ぎている。
皐と結んだ契約はお互いに都合がいい内容としているが、内情は俺が実質的なヒモになって、皐のあれこれに付き合うだけ。
費用は皐が全て負担していて、しかも俺は謝礼まで貰っている。
そして、契約とは関係なく、友達としての付き合いもあって――
「……これからも仲良くしてくれ、ってのはどうだ?」
「欲のないお願いですね」
「ささやかなお願いとしてはちょうどいいだろ?」
「慧さんがそれでいいのならわたしは構いませんし、むしろこちらからお願いしたいくらいですが……」
「なら決まりだ。これからもよろしくな、皐」
なんともなしに手を差し出せば、皐も「こちらこそよろしくお願いします」と躊躇いなく握り返す。
……ほんと、手を繋ぐのも慣れたよなあ。
「では、わたしもささやかなお願いを一つ。……少しだけ、甘えさせてください。つきましては、わたしがいいと言うまで目を瞑っていただけると」
「……何をする気だ?」
「絶対に危害は加えません」
「そういう心配はしてないんだけど……まあいいか」
甘えさせてくれと頼まれて、目を瞑っていろと言われたら、その後になにかをするつもりなのが見え透いていると思う。
相手が皐だから怪我をするとか、危ない真似はしないと信じてるからいいけど……訝しんでしまうのは仕方ない。
ともあれ手を離し、目を瞑って皐の合図を待つ。
五秒、十秒、十五秒――
「……まだか?」
何のアクションもないまま時間だけが過ぎたことで変な焦りを感じて皐へ問う。
まさか俺を置いて一人で帰った?
それにしては足音が一つもしなかった。
てことはまだ目の前にいるはず。
一抹の不安を抱えながらも皐の合図を待ち続けていると次の瞬間、背中に腕が回されたのを感じ取った。
「え」
思わず声が漏れるも、皐はお構いなしに俺の胸へ身体を預けてくる。
確かな暖かさが俺を包む。
みぞおちへ当てられている皐の頭の重さと、局所的な柔らかさ。
香水とも、汗の臭いともつかない、ほのかに甘い匂い。
その全部が一気に視界を奪われているところへ襲ってきて、思考が大渋滞を起こす。
目で見ずとも、わかる。
皐が、俺に、抱き着いている。
甘えさせて欲しいと言っていたけど、ここまでのことをされるとは予想外だった。
てっきり俺の手を好き勝手弄ぶだとか、頬を突いたりなんなりするとか、そういう健全? な触れ合いを求めているものだと思っていた。
それくらいなら耐えられる自信があったけど……これは、ちょっと、まずい。
生まれてこの方、抱きしめられた経験なんて家族を除けば皆無だ。
男友達とのそれっぽいことはノーカンとして、更科ともしたことはない。
なのに皐と――契約があって、友達という関係性の前提があるとしても、この状況には理解が追いつかない。
「……皐さん? あの、目は」
「…………まだです。まだ、もう少しだけ、このままでいさせてください」
どこか甘えた風な声音のそれに、内心「マジ?」と思ってしまう。
皐の匙加減で、この幸せ過ぎる生き地獄が続くらしい。
百歩譲って抱きしめられるのは構わない。
実害があるとしても俺がかなり分の悪い理性との戦いを強いられるだけだ。
だけど、その行動へ至るまでの感情へ目を向けるのは、ダメだった。
理解してしまったら、戻れなくなる予感があった。
「慧さん。わたし、思っていたよりも甘えたがりみたいです」
「……そうか」
「こうしているとすごく落ち着いて……眠くなってしまいますね」
「…………今日は帰るか。送っていくぞ」
「待ってください。あと五……いえ、十秒だけ」
「結構わがままで強引だよなぁ」
「ダメですか」
「ダメじゃないけど」
ここまで来たら五秒も十秒も変わらない。
そのまま皐に抱きしめられながら、思う。
こんなことをされても嫌いになるどころか、手放したくないと少しでも思ってしまっているあたり、俺も手遅れなんじゃないか――と。
てことで一区切りとなります。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました!
着地点に関しては友達レベルMaxって感じですね……ほんとか??
そして直前に一区切りとしましたが、正直まだ続けるか完結にするか悩んでます。
やれることはぼんやりあるんですけど、数字的にどうしようかなと。
書籍化狙うなら新作書いた方が可能性は上だろうな~って思ってるんですけど、ここで終わるのも消化不良感あるじゃないですか(そうしたのは私ですが)
なので、ちょっと考える間を頂ければと思います。
もしかしたらしれっと続けるかもしれないし、完結にして新作を投稿し始めるかもしれません(完結設定にしておきます)。
七月はカクヨムの方で音声作品のコンテストも始まるので、そちらにも顔を出す予定です。
そんな感じで、本作をここまで読んでいただきありがとうございました!
面白かったよ!って方は星を入れてもらえると嬉しいです。
ではまたそのうち会いましょう☆彡




