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彼女を寝取られた俺は、お一人様の『銀姫』と都合のいい遊び相手になりました  作者: 海月 くらげ@書籍色々発売中


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第29話 二度あることは

 電話の後、身なりを整えてから教えられたマンションへ向かった俺は、とうとう皐の部屋の扉の前に立っていた。


 皐が言っていた通り、セキュリティに不足はなかったと思う。

 入り口では警備員が目を光らせていたし、ロビーには受付係――確かコンシェルジュだったはず――までいて、誰に用があるのかまで尋ねられた。

 事前に話を通してもらってなかったら追い返されていたのかもしれない。


 まるでホテルのそれと変わらないセキュリティ。

 俺のアパートとは比べるまでもない差を感じる。

 家賃も相当高いだろう。


 正直、とてもじゃないけど大学生が一人で住めるような部屋ではないと思う。


「インターホンは……これか」


 ボタンを押して数秒待つと、ドアがゆっくり開かれる。


「お待たせしました、慧さん」


 顔を見せたのはオーバーサイズのパーカーとショートパンツ姿の皐。

 普段目にする服装よりも露出が多く、緩い雰囲気なのは、本来なら誰にも見られることのない部屋着だからか。


 ショートパンツから伸びる色白な脚はなるべく見ない。

 異性の部屋へ初めて上がることへの緊張を押し殺し、「どうぞ入ってください」と招かれるまま玄関へ。


 イメージ通り皐の部屋は玄関から綺麗に片付いていた。

 そして、早くも食欲をそそるコンソメの香りが微かに漂ってくる。

 短い廊下を進んで、仕切りの扉を潜れば広々としたリビングが目の前に。


「すぐご飯にしますから適当に座っていてください」

「俺も運ぶのくらいは手伝わせてくれ」

「……では、お願いしましょうか」


 断っても無駄だと思ったのか、仕方なさそうに皐が俺を連れてリビングから直通のキッチンへ向かう。

 クッキングヒーターには蓋が閉められた大小ひとつづつの鍋。

 ロールキャベツとスープだろうか。


「今日はロールキャベツとポトフ、それとサラダですね。コンソメで味が被っているのは見逃してください」

「食べさせてもらうのに文句なんてあるわけないし、ロールキャベツとポトフの組み合わせは結構定番だと思うけど?」

「……それもそうですね。ちなみに白米はバターライスにしてあります」

「…………随分本格的だな?」

「炊飯器で簡単に作れますから手間はかかっていませんよ」


 バターライスまであるとか店かよ。

 皐は手間がかかってないって言うけど、用意しようと思えることが凄い。


「普通の白米でもじゅうぶん合いますけどね」

「わかる。洋食にも白米合うのってなんでだろうな」

「大部分はでんぷんで、白米そのものには味がほとんどないからだと何かで見た覚えがありますけど」

「……言われてみればそうか」


 雑談を交えながら、皐が棚から出していた二人分の皿へ盛り付けていく。


 底が薄めの皿に、俵状のロールキャベツが琥珀色の煮汁に浮かぶ形で二つ並ぶ。

 一緒に煮込んでいた人参を添え、軽くパセリを散らすと、もはや店で出てくるようなそれと見た目は変わらない。


 意識せずとも濃いコンソメの匂いを感じられて、早くも口の中に唾液が湧いてくる。


 それから薄っすらと色付いたバターライス、ポトフを盛り付け、鮮度が落ちないように冷蔵庫に入れていたサラダのボウルを運んでいく。

 全部がテーブルに揃ったところで、向かい合うように座った。


「待ち切れない、という風な顔ですね」

「お粥の件で皐の料理に対する期待値が爆上がりしてるからな。これももう匂いだけで美味いって確信してる」

「味見はしたので大丈夫だと思いますが……やはり緊張しますね」

「心配しなくても……ってか、今更だけど本当にご馳走になってよかったのか?」

「材料の兼ね合いで二食分くらいを一気に作っているので大丈夫ですよ。材料費も要りませんからね。わたしが勝手に言い出したことですから。運が良かったと思っていてください」

「……んじゃ、そうさせてもらうか」


 この料理の価値を考えたらキリがないため、すっぱり諦めることにした。

 そこまで考えていられるほど余裕がなかったとも言う。

 頭が完全に食事のそれへと切り替わっていて、待ち切れない。


 いただきます、といつものように手を合わせ、お先にどうぞと皐に言われるまでもなく箸がロールキャベツへ伸びていた。


 箸を入れると抵抗なく解れたそれから透明な肉汁が溢れ、出汁と溶け合う。

 一口大に分けたものを出汁に絡め、口へ運ぶ。


はふっ(あつっ)

「もう……火傷しないように気を付けてくださいね」

「――――っ」


 見かねた皐にそれとなく注意されるけど、大丈夫だと頷いて返しながら咀嚼。


 まず感じたのは、よく煮込まれてしんなりとしたキャベツのほのかな甘味。

 そして、出汁が染みたタネの旨味が後から広がる。


 味自体は皐の好みなのか、さほど濃くはない。

 けれど猛烈に白米が欲しくなって、箸がバターライスへ一直線。


 バター特有のまろやかさが優しい味と混じり合い――


「――美味すぎだろ」


 飛び出したのはその一言だけだったが、心の中では拍手喝采が巻き起こっていた。


 ロールキャベツってこんなに美味い食べ物だっけ?

 母さんが作っていたそれとは微妙に違うけど、美味いと断言できる味。


「……褒めていただけるのは嬉しいですが、そこまでですか?」

「そこまでだね。店で出てきても疑わないレベル」

「…………それは流石に褒めすぎです」


 俺の言葉を冗談だと思ったのか、ジト目気味に睨んでくる。

 ……けど、照れているのか頬に朱が差しているし、視線にも刺々しさはない。


 つまりはそういうことだろう。


「ほんとに美味いし、ご馳走になってるんだから嘘は言わない」

「わかってますよ、そんなことは」

「ならなんで疑うような目を?」

「……あまりに反応が大袈裟だったので」

「大袈裟じゃないと思うけどなあ」

「普段はそんなに言わないじゃないですか」

「目の前にシェフがいるなら感想をちゃんと伝えるのが礼儀だと思って」

「……それは、まあ、そうかもしれませんけど」


 不承不承ながら皐も俺の論を認めたらしい。


 これは料理を振る舞ってもらったことに対する正当な対価だ。

 材料費も要らないと言われたら、俺が皐に渡せるものはこれくらいしかない。


 料理の対価には全然足りないだろうけど。


「ポトフも美味いし、サラダも美味い」

「サラダは盛り付けただけですが?」

「バレたか」

「揶揄わないでください。……慧さんが本当に美味しいと思っていたのは、じゅうぶん伝わりましたから」


 一通り食べた俺に続いて、やっと皐も食べ始める。


 それからは会話がないまま食事が進む。

 俺の意識が食べることへ傾いているのを察した皐が合わせてくれたのだろう。


 リビングに響くのは無意識で零れる「美味しい」の言葉と、互いの息遣い、時折鳴る食器の音だけ。

 この何事もなく、静かで、平穏な空気は、全く嫌に感じない。


 むしろ崩してしまうのが惜しいくらいで……でも、終わりはどうやっても訪れる。


「ご馳走様でした」


 先に食べ終わった俺が手を合わせて口にする。


 全部美味しかった。

 もう満足だ。

 今日は帰って風呂入って寝て優勝――


「もうお腹いっぱいですか? おかわりもありますけど」

「え」


 とか思っていた俺に待ったをかける一言。


「わたしと同じくらいの量で盛ってしまいましたから、男性の慧さんには物足りなかったのではと思いまして」

「そんなこと…………ある、かも?」


 自分の腹を撫でつつ具合を確認。

 ロールキャベツ一つで腹八分目ってところか?


「もってきますよ。待っていてください」

「いや、俺が――」

「任せてください。いくつにしますか?」

「……じゃあ、一つで」

「ライスとポトフは?」

「…………なら、少しずつ」


 立ち上がる前に皐が皿を攫ってキッチンへ行ってしまったため、答えて大人しく待つことに。

 すぐさま手元に戻ってきた皿には、答えた通りにおかわりの盛り付けがされていた。


 餌付けされている気分だ。

 ……気分じゃなくて事実か?


「遠慮することはありません。お腹いっぱい食べてください。ロールキャベツも、ポトフもまだ少しありますから」

「流石にこれでいっぱいだと思うけど……そういうことなら遠慮なく」


 そうしておかわりの分を食べ終わった頃に、皐も食べ終わったらしい。

 再度の「ご馳走様でした」を伝えれば、いつぞやと同じように「お粗末様でした」と返ってくる。


「このやり取りも懐かしいな」

「まさか二度もすることになるとは思っていませんでしたけどね」

「三度目があることを願ってるよ、マジで」

「……そこまで期待されても困りますが、お互いの都合がつくのであれば構いませんよ?」

「ほんとに? 無理なこと言わせたりしてない?」

「料理も趣味みたいなものですし、慧さんみたいに本気で美味しいと言ってくれる方に振る舞うのが、わたしは案外嫌いではないみたいなので」


 皐の言葉と表情に嘘があるようには思えなかった。


 ……ダメ元で言ってみるものだな。


 皐と外食する機会が増えて、自炊をさらに面倒に感じ始めていた矢先にこれだ。

 俺はもう皐の手料理に胃袋を掴まれてしまった。

 この味を知ってしまったら、自分で作った料理じゃ絶対に満足できない。


 金銭事情、食生活に続いて胃袋まで掌握されてしまった。

 俺は皐がいなくなったらどうやって生きていけばいいんだろう。


「――慧さん。この後、少しお話を聞いていただいてもよろしいですか?」


 皐の唐突な頼み事で思考が打ち切られる。


 僅かに迷いを感じられる揺れた眼差し。

 迷い……というよりも、不安か?


「話くらい幾らでも聞くけど、急に改まってどうしたんだ」

「……多分、緊張しているんだと思います。わたしがこの話をしようと思ったのは初めてのことなので」

「…………昔話なら無理して話さなくてもいいぞ?」

「無理はしていません。わたしが、慧さんに聞いて欲しいだけです。言うなれば自己満足で、大した意味もない終わった話ですから」


 皐は言い切り、立ち上がる。


「ですが、お話の前に食器を片付けましょう。手伝っていただけますか?」

「むしろそれくらいはさせてくれ」


明日更新できないかも(ストックが切れた)(一話ほぼ4000字はきつい)(努力はする)(朝更新できなかったら隔日です)

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