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 “この森には魔女が棲んでいる。だから、森の奥に近づいてはいけない。しかし、願い事があるならば、魔女は対価と引き換えにその願いを叶えてくれるだろう”


 魔女とは、普通の人下には持ち得ない《魔力》を持っている。彼女らは例外なく美女であり、黒髪にマゼンタ色の瞳をしている。また、寿命が非常に長く、約300年生きることが出来る。

 世界各地で語られる魔女に関する()(とぎ)(ばなし)には様々なものかあるが、それらすべて、『魔女は恐ろしい存在だ』と結論付けられている。









 さくさくさく、と草を踏んで進む音が鬱蒼とした森の中に響く。歩くのは酷く痩せこけた女。継ぎ接ぎだらけの服を纒い、腕にはヒューヒューと呼吸音を漏らす、痩せこけた子供を抱えている。


 フラフラとしながら辿り着いたところには、一軒の家があった。

 女がこれまで進んで来た道と比べると、その場所は光が差し込み、明るくひらけていた。


「すみません、ここは魔女様の家でしょうか? お願いします、助けてください!」


 女が声を上げた瞬間、独りでにドアが軋んだ音を立てながら開いた。


「……話を聞きましょう。どうぞ、お入りください」


 中からしたのは、若い女の声。その声に導かれるように、女は恐る恐る家の内側へ足を踏み入れた。

 カーテンが引かれ、少し薄暗い家の中は、様々なもので溢れていた。瓶詰めにされた植物や粉末に、天井から吊り下がっている植物や角。

 奥のカウンターに座っている、フードを被った女の傍らには長杖(ロングスタッフ)が立て掛けられている。


「こんにちは。貴女、お名前を訊いても?」

「あ……メアリー、です」

「そう。メアリーさん、どうしてここにいらっしゃったのですか?」

「! お願いです、私の息子を助けてください!」

「息子さん? 何があったのですか?」

「病に罹ってしまって……薬は高価で買えないのです」

「病ですね、わかりました。触れないので、息子さんを診させていただいてもよろしいですか?」

「ええ、お願いします……!」


 母親の了承を得、フードの女は子供の顔を覗き込んだ。


「最近流行っている伝染病の一種ですね。今からすぐに薬を調合しますので、そこにあるソファに掛けて少々お待ちください」


 女がソファに座ると同時に、ティーセットと皿に乗った軽食が宙を飛んできた。


「お母様はそのお茶と食事をどうぞ。やつれていては、後に差し障ります」

「あ……りがとうございます……魔女様は、本当に魔法が使えるのですね……」


 カウンターの奥で何やらゴソゴソとしていた女は振り返らず言った。



「……えぇ、魔女ですから」



 程なくして出来上がった薬を飲むと、子どもの容態は落ち着いた。安らかな寝息を立てながら眠る息子を抱きしめ、母親は涙を流して感謝を述べながら帰っていった。




「ふう」


 外に出て親子を見送った女は、一息つきながら顔を覆い隠していたフードを下ろした。

 覗いたのは見事な黒髪とマゼンタ色の瞳。冷たさを感じさせる顔立ちだが、心根は優しく、お人好しである。

 世間一般で《魔女》と称される彼女はぐいっと伸びをする。そしてパキパキと身体から鳴る音に顔を顰めた。


「やっぱり寝落ちて机に突っ伏すのは良くないですね……気をつけないと」


 彼女の名はガーベラ。22歳であり、赤子のときに親に捨てられていたところを同じく魔女であるエリカに拾われた。養母であり、魔法の師匠でもあるエリカはガーベラをいたく可愛がり、生きていく術を彼女に教え込んだ。

 エリカは5年前、寿命でこの世を去り、ガーベラが小屋と魔法を継ぎ、《魔女》を頼ってくる人間を助け続けた。



「人間は、よくわからないですね」


 ガーベラは眉間にシワを寄せながら呟いた。

 先程の女が何度断っても「礼を!」と言い、引かなかったからだ。このままでは押し問答が続くと感じたガーベラは妥協案として「貴女が一生の中で一番大切に感じたものを持ってくる」という案を出し、ようやく女は帰っていった。

 人間の両親から生まれたとはいえ、育ての親は魔女であるエリカであるため、ガーベラの考え方は人間のそれとは異なる。



「恩返しなんて、いらないのに」



 天を仰いだガーベラの脳裏に、先程助けた少年の姿が浮かんだ。

 母親と同じ赤銅色の髪に、浅葱色の瞳。幼いながらも、酷く整った顔立ちをしていた。


(あそこまで顔がいいと、将来は女の子にきゃあきゃあ騒がれる美男子になりますね……)


 惚れ薬を作ってくれ、なんて面倒くさい依頼者が来ないといいのだけど。

 そう思いながら、ガーベラは家の戸を閉めた。






 それから十年後。

 相変わらずガーベラは薄暗い森の奥で暮らしていた。十年前と変わらぬ容姿のままである彼女は、5年前のある出来事から“災禍の魔女”と呼ばれるようになり、人間達から恐れ、敬われていた。


 そして現在、ガーベラはイラついていた。


「ねぇ。こんな薄暗い森から出て、僕の家に来ないかい? 最上級のもてなしを約束するよ」

「………」


 チャラそうな見た目の男に、玄関ドアを背に、いわゆる壁ドンをされているからだ。

 仕立ての良い服からして、おそらく貴族であり、『一国に値する力を持つ魔女を手に入れてこい』とでも言われたのだろう。

 もてなす、といえば聞こえはいいが、それは飼い殺されると同義であり、自由な暮らしが気に入っているガーベラからすれば、死んでも御免である。


 その後もペラペラと続く様々な口説き文句の数々に、蛾の死体でも見るかのような目をしかけ、慌てて無表情(デフォルト)に戻す。


(何を言ってるんでしょう、この男は。そんな甘い言葉にいちいち騙されていたら、生きていけないのですけど。頭の中がお花畑なのでしょうか……?)


 そして口説き文句を言う最中に、胸や尻に男の手が掠っていくのも、猛烈に気持ち悪い。

 もういっそのこと、竜巻でも起こしてミンチにしてやろうか、と思いながら、ガーベラはフードの内側、顎に伸びてくる手を見ていた。


 だが、その手がガーベラに触れることはなかった。


「嫌がってるから、やめたほうがいいんじゃない?」

「なっ……誰だ!?」

「……」


 よく使い込まれた剣を腰に下げた、長身痩躯の男が、チャラ男の腕を掴んでいる。

 チャラ男はなんとか振りほどこうと試みているものの、筋力の差か、びくともしていない。


「……お前、もしかして、第一騎士団の……」

「? あ、お前、一週間前乱闘騒ぎ起こして謹慎になってた……部屋に居なくて騒ぎになってたけど、こんなところにいたのか……」

「!! ええい、うるさい! 元はと言えば、貴様が――」


 被っていた化けの皮が剥がれ、本性剥き出しで怒鳴るチャラ男と、それをのらりくらりと躱す柔和そうな赤銅色の髪の男。その様子をガーベラはしばしぽかんとして眺めていたが、チャラ男が「クソッ。覚えてろよ〜!」とよくある捨て台詞(ゼリフ)を言いながら去っていったことで、我に返った。


「いや〜、何しに来たんだろ、アイツ」

「あの……どちら様でしょうか? 勧誘はお断りなのですが」


 少々気まずげにガーベラが話し掛けると、男がぱっと顔を向けた。

 160センチほどのガーベラにとって、180はあるであろう男は見上げるには少々首が痛くなる。


「あ、ごめんなさい。俺、魔女さんにお願いしたいことがあって……」

「願い、ですか? なら、中へどうぞ。お聞きしますから」

「え?」


 突如キョトンとした顔になる男。ガーベラはキョトンとした理由に思い当たり、ああ、と呟いた。


「普通、こんな小娘が魔女だとは思いませんよね」

「えっ、あ、いや……」


 明らかに狼狽える男。図星か。

 その時、強い風が吹き、目深に被っていたガーベラのフードが脱げた。

 急に目元が日差しに晒され、彼女は反射的に目を細める。

 隠されていた美貌に男が呆然とする。


「……眩し」

「…………魔女は美人って噂、ホントだったんだ」


 惚けたように呟かれた独り言はガーベラの耳には届かず、彼女はさっとフードをもとに戻した。


「どうぞ、入ってください。少し狭いかもしれませんが」

「あっ、うん、お邪魔します……」


 ガーベラに続いて家に入った男はきょろきょろ興味深そうに辺りを見回していた。ふと、目についたのは一冊の古そうな本。

 そろっと手を伸ばすも、本に手が触れようとした瞬間、身体が動かなくなった。


「……はぁ。勝手にものを触らないでください。死にたいんですか?」

「えっ、死ぬ?」

「その本には呪いがかかっているので、不用意に触ると間違いなくあの世行きですよ」


 男がさあっと青ざめ、触る意思をなくしたのを見て、ガーベラはぱちんと指を鳴らした。

 身体が自由に動くようになった男はそろそろと通路の真ん中に移動、背中を丸めて何にも触れないように奥へ進んで来た。


(……なんというか。成人男性にこの喩えは駄目でしょうけど。人懐っこい大型犬に見えてきました……)


 ガーベラはぺしょりと垂れた耳と尻尾の幻覚を振り切り、男にソファに座るよう指示する。自分も自身の身長よりも大きい杖を持って対面に座った。


「ええと……」

「呪いの解呪ですか?」

「! 何でわかったんですか?」

「魔女ですから」


 ガーベラが軽く指を振れば、ティーセットが飛んできて、ポットから紅茶を注いだ。

 それを男に勧めながらガーベラは言葉を続けた。


「その反応は、正解ということで良いですか?」

「あ、はい」

「なら、呪いを受けた場所を見せて下さい」

「え?」

「すみません。実際に見ないと全容を把握出来ないので」

「あ、なるほど……わかりました」


 言われた通り、男は呪いの受けた場所を見せた。

 しっかりと鍛え上げられた身体の右側、肩から二の腕にかけて、黒い鎖が巻き付いている。よく見ると文字が並んで出来ているそれは、ドス黒い魔力のオーラを放っていた。

 ガーベラはそれらをじっと見つめた。


(凄い鍛えていますね……)


「少し触っても?」

「あ、はい。どうぞ」


 許可を得て、ガーベラは呪いが浮き出ている二の腕に触れた。ピクリと男は体を震わせたが、ガーベラは気にせず、するするとその鎖の上に指を滑らせる。


(かなり強力な呪いですね……この人じゃなければ死んでいたでしょう。身体だけでなく、精神までも蝕む高位の呪い……十中八九、あの魔女の仕業ですね)


「……ありがとうございます。もう服を着てもらって結構ですよ」


 ゴソゴソと服を着る男の横で、ガーベラは眉間に手を当てた。


(呪いの解除はただでさえ面倒くさいというのに、そこにプラスであの魔女の呪い……なんてことをしでかしてくれたんですか…………)


 あまりの面倒くささに頭を抱えるも、ガーベラは冷静に解呪方法を探す。

 本棚に並んだいくつもの分厚い本が独りでに本棚から抜け、開き、ページがパラパラとめくれてから元の場所に戻った。

 そのうちの一冊がガーベラの手元に飛んで来た。


「それは……?」

「貴方にかけられた呪いの解呪方法が載っている魔法書です」

「! 解けますか!?」


 ずいっと顔が近づけられ、ガーベラは仰け反る。


「……近いです」

「あっ、ごめんなさい。それで、」

「解けますよ。いくつか必要な材料がありますけど。あと、かなり時間が必要です。複雑で強力な呪いですので、出来れば泊まってくれると嬉しいのですけど、どうしますか?」

「え?」


 固まった男に、ガーベラは理由を告げた。


「この呪いは解くのに膨大な手順を踏む必要があるんですよ」

「踏まないと……?」

「身体が爆発四散します」

「エッ」


 男がサッと青褪めた。


「あと、状態が急変する可能性もあるので、近くにいてくれたほうが助かります」

「なるほど……」


 なら、お世話になります。そう言って男は頭を下げた。


「わかりました。……えーと」

「あ、ごめんなさい、自己紹介してなかったです。俺、ルーク・ヴァイドって言います。騎士をやってました。ルークって呼んでください」

「ルーク、ですね。よろしくお願いします。知っていると思いますけど、魔女のガーベラです」


 ルークが差し出した手をガーベラが握る。


「魔女ガーベラの名にかけて。呪いを解くことを約束します」

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