ある日のオーク
「オーク」、今となってはファンタジー作品の中ではなじみの深い種族であり、
非常に醜く、野蛮な生物として知られている。
人間のような体に緑色の肌。
醜い容姿に豚のような鼻と牙。
筋骨隆々かつ薄着で歩きまわるそのさまは、まさに蛮族そのものである。
基本的に、自ら食糧の栽培やものづくりといった生産的活動は一切せず、
そのほとんどが他種族から略奪したり、他種族を奴隷として使役して生計をたてている。
オークにはメスがおらず、他種族のメスを孕ませオークの子供を産ませる。
またオークの子供は多産であり、時としてオークに襲われた村や町から、
オークが爆発的に増える事例はめずらしくない。
そんなこんなで残虐非道の限りを尽くし、強大なコロニーを作り上げていくオークであるが、
その過激な集団から離れ、こっそりと生きるオークたちも存在するのはみなさんご存じだろうか。
このものがたりは、そんな平凡で何気ない日常を愛するとあるオークのおはなしである。
このオークがオークへの先入観を変え、
このものがたりの世界を救うヒーローになる日が来るかもしれない
しらんけど
「よし、今日はこんなものかな。」
人知れずひっそりとした山奥で、とあるオークが野草の詰まった籠をよいしょと持ち上げる。
彼の名前はアレク。
どこにでもいる一般人ならぬ一般オーク。
ただ彼の身体は前述したオークの特徴とどこか違っていた。
身長は成人男性の平均くらいで、中肉中背。
顔も基本形はオークなのだがどことなく人間味のある風貌。
オークとしては、なんだかナヨナヨして頼りない印象を受ける彼である。
「早く戻らないと、シリやソンチョから文句をいわれちゃいそうだ。二人ともお腹を空かしてるだろうからなぁ…」
時刻はお昼過ぎ。
アレクは今日の昼食に使う香草の採取の真っ最中だった。
籠を背に担ぎながら、急ぎ目に帰路に着く準備をする。
そよそよと吹く風が心地よい。
フローラルな花の匂いが、鼻腔をくすぐる。
少し早めの春の訪れを感じながら、
アレクは足早に自分たちの暮らすコロニーに戻るのだった。
「ただいまー!香草たくさんとってきたよ!」
コロニ―に戻ったアレクは野草の入った籠をおろす。
このコロニ―は小さな祠程度の規模の洞窟だが、雨風をしのぐには十分な広さだ。
「おそいぞアレク!こっちはとっくに準備できちまってるぞ!」
囲炉裏に薪をくべているオークが声を上げる。
彼の名はシリ。アレクの幼馴染オークだ。
アレクより多少がっしりした体つきをしており、
いかにも若いオークといった印象だ。
しかし彼の風貌やふるまいもどことなく人間臭さがある。
「ごめんよシリ。香草以外にも薬草や木の実がたくさん生えててさ、つい寄り道しちゃったんだ。もう春がきてたんだねぇ。」
「ったく。こっちは昼飯の下ごしらえで忙しくしてたってのに、呑気なヤツだな。
お前も手伝え!今日のメニューは若鶏の香草焼きだ!」
シリの傍らには櫛にささった下処理済みの若鶏肉が準備されている。
「うん。じゃあ僕は早速香草で味付けするね。」
アレクは持って帰ってきた籠の中から香草や食用の野草を取り出し、
せっせと味付けの準備に取り掛かる。
徐々にコロニー内に胃袋と唾液腺を刺激するにおいがこもりはじめる。
「ぶっほっほ。若いモンが精がでるのぅ。うまそうな匂いじゃ」
匂いにつられてか、コロニーの奥から小柄な老オークがよろよろと這い出てきた。
「あ、ソンチョ。おつかれさまです。」
「見てないで手伝えやジジイ」
アレクとシリは、その老オークに声にこたえる。
この老オークの名は自称ソンチョ。
本当の名前は別にあるらしいのだが、当の本人が自分の忘れてしまったため
自らこのコロニーの村長=(イコール)ソンチョとして名乗り上げている。
このソンチョだが、背丈が子供ぐらいしかなくヒョロヒョロな体つきである。
顔には仙人のような白いあごひげをたくわえており、
オークというよりも、ゴブリンに近い印象を受ける。
「若いモンはいいのう。ワシも若オークだったときは、軍隊の参謀でな。
その知性やいけめんぶりから、なういやんぐな娘たちからひっぱりだこじゃった。
床じゃ夜な夜な村娘から美麗なエルフたちをヒィヒィ言わせとったわけで…」
ソンチョは自慢げに語りだす。
「そんな貧相な糸ミミズぶら下げて女をヒィヒィ言わせてたんなら、苦労はしネェわな」
シリは目線を下げ、ソンチョの布で隠された下半身を一瞥する。
「オモテでろや…ひさしぶりに…キレちまったわい…」
「上等だ…今日こそ格付けしてやるよクソジジイ…」
「二人ともお昼!おおおお昼ごはんたべましょ!ね!?」
互いにブチぎれ寸前の二人を青い顔でなだめつつ、お昼の準備を進めるアレクなのでしたー
~本日のお昼のメニュー~
若鶏の香草焼き【春一番の取れたて木の実を添えて】
春の取れたて新芽のスープ
木苺と木苺のソース(お好みでデザートにも香草焼きの味足しにも)
「二人にはちょっち話しておきたい事があっての」
遅めの昼食を終え、小休憩をしていた若オークたちにソンチョは語り掛ける。
「なんです?ソンチョ。」
「くだらない話じゃないだろうな」
聞き入る2オーク。
「ぶむう。実は先日から森の精霊たちが何やら噂をしていてな。
話を聞いてみるとどうやらこの森近辺で人影を見たらしいんじゃよ」
普段はとぼけたソンチョだか、たまに様々な精霊の声を聞くことができるという。
「ひとかげ…?こんな山奥にですか…?」
「ここ数年、俺ら以外人語を話す人型の生物を見てないが…確かなのか…?」
訝しむシリに対し、問題はそこじゃよとソンチョは答える。
「精霊は気まぐれでいい加減なものじゃ。
もしかするとこの森に迷い込んだコボルトなりゴブリンなりと見間違えたのかもしれん。
そもそもこの噂自体嘘の可能性すら十分にありうる」
コボルトとは二本足で立つ狼のような魔物であるが、知能が低く、小柄な為、
オークにとってはさほど脅威にはならない。
コボルトやゴブリンの一匹二匹が迷い込んだ程度でこの強大な魔物ひしめく森に自然淘汰されるのは時間の問題だろう。
「俺たちはこの森を熟知している。だから強大な魔物と出くわすリスクを回避できる。」
「だが外部の奴らは違う。仮にも本当にこの森に迷い込んできた奴がいたとしても、すぐ化け物どものエサになって終わりだ。俺たちはなんら警戒する必要はない。違うか?」
緊張しているのだろうか、シリの言葉に力が入る。
「だけど…」
アレクがか細い声で話す。
「だけど…もし…」
「その化け物たちをたおしてしまえるような強い人が、この森にやってきたのだとしたら…?」
周囲がシンッと静まり返る。未知なる恐怖に場が凍り付く。
もしそれが事実なら、このコロニーが発見され、壊滅に追いやられるのは時間の問題だ。
ドクンッとシリの鼓動が脈打つ。
また逃げまわらなければならないのか、俺たちは。
過去の忌まわしい記憶が脳裏をかすめる。忘れたくても忘れられない、あの記憶が。
「誰なんだよ、その強い人ってのは…?」
シリは震える声でアレクに問う。
「勇者…とか…?」
「可能性がゼロ、とはいえんのがつらいとこじゃな」
ありえんだろ!とシリが言い出す前にソンチョが話す。
「この森は食料資源だけでなく、鉱石や魔法の原料となるマナクリスタル、
その他森林資源の宝庫じゃ。未発見のダンジョンなんかわんさかあるじゃろうて。」
あごひげをさすりながら考え込むソンチョ。
「勇者とはいかずとも、それに匹敵する連中がここに目星をつけて調査に来るのは想像に容易い。
じゃが…」
「じゃあこのコロニーを捨てろっていうのかよ!ようやく手に入れた俺たちの新しい家なんだぞ!」
「シリ…」
アレクもシリも幼いころに過去の戦争で命からがら逃げ延び、
ようやく手に入れた居場所。それが現コロニーだった。
簡単に手放す勇気は、シリにもアレクにもなかったのである。
「まてまて、まだオークが話しとる最中じゃろうが。
まったく、若いオークはすぐ揚げ足…じゃねーわ揚げ豚足を取りたがるんじゃから」
「…なにかお考えがあるんですか…?」
揚げ豚足ってそんな料理どこかで聞いたような…というツッコミを我慢しシリは尋ねる。
「考えてみるんじゃ。そんなヤベー連中が来てみろ。今頃森は大荒れ状態じゃ。
精霊が比較的落ち着いているの鑑みるに、今のところは大丈夫じゃろ」
「ま、当分は森周辺の異変には気を配ってくれ、と忠告したかったんじゃよ」
ぶほほほと笑いながらソンチョは自分の頬をぼりぼりと掻いた。
「…ちょっと風にあたってくる…」
シリは顔をそむけながらコロニーの入り口から出ていった。外は暗くなりつつある。
「あ!シリ!まって!すみませんソンチョ!僕もちょっと出てきます!」
アレクは急ぎ足でシリの後を追いかける。
後ろの方からソンチョの
夕飯までにはかえってきてねー!ワシ、飯つくれねーから!
という声が聞こえてきていた。
気が付けばすっかり日は暮れ、あたりは暗闇につつまれている。
夜の森は静かで、虫たちの合唱だけが聞こえてくる。
街灯一つない森ではあるが、この日は足元が見えるほど。
空一面に満天の星空がきらめいていたのだった。
数ある星々はまるで互いに呼応しあっているかのように
消えては、現れ、を繰り返している。だが重なり合うことはない。
僕たちと同じ生き物みたいだ、とアレクは思う。
星ひとつひとつはこんなにも美しいのに、どうして重なり合うことができないのだろうか。
この星々がひとつになれば、どんな輝きを放つのだろうか。
ふと目をやると、池のほとりで寝っ転がっているシリを見つけた。
シリはずっと遠くの星空をみている。
アレクはシリに駆け寄り、体育座りして声をかけた。
「シリ、帰ろう。ソンチョがお腹をすかせてまってるよ。」
「ああ」
とシリは星空から目線をそらさずにこたえる。
若干の沈黙の後、シリが口を開いた。
「あれからもう十年以上たつんだな…」
「そうだね…」
「はやいもんだな、時がたつってのは…」
「うん…」
第二次オーク大戦。
オークたちの蛮行に業を煮やした東の帝国が諸外国と手を組み、
大陸から全てのオークの排除と人民達への恒久なる平和を大義名分にかかげ、
十数年前に起こった人類対オークの大戦争である。
この戦いで両陣営ともに大量の血が流れ、怨恨や消えることのない傷痕を残した。
オーク側は戦力が減るたび、捕えたメスたちを犯し、子を産ませ、
産まれた子を戦士として出陣させるという非道な人海戦術を行った。
だが勝敗は人類に軍配が上がり、結果として勇者なるものがオークの長たるオークロードの首を打ち取り、オークたちは住処を追われる運びとなった。
戦後隠れていた無力なオークたちはすべからく処刑された。
オーク陣営側にも戦いを好まず和平案を持ち出す反オークロード勢力のコロニーが存在したり、戦うことのできない無力なオークたちも数多くいた。
まれにオークに肩入れをする人間族等がいたという噂だが、そういった人物も含めて全て処刑された。
戦争当時アレクとシリはまだ幼く、記憶はほとんど残っていない。
目の前で同胞や人族が死んでいく様を見ながら、二人は一緒に逃げ延びた。
命からがら逃げ延びてみせる。その意識だけが二人の記憶に強く焼き付いている。
当時からこの2匹のオークには奇しくも名前があった。
また物心ついたときから言葉を流暢に話せたことから、
自分たちの母親が名を与え、知識を与え、言葉を教えたのではないかとも考えた。
だが二匹はそれも考えるのをやめた。今となっては確かめようもない。
「ところでアレク。TOELって知ってるか?」
シリが口を開く。
「てぃーおーいーえる?…ってなにそれ?」
「The Orc Exclusion Law(オーク排斥法)の略らしい。
ジジイが言うには、オークがいかなる理由でも人間の領土に許可なく侵入する、または視界に入った場合、即刻死刑を執行するっていう法律なんだとよ。」
そんな法律が出来ているなんて…
アレクは絶句する。
「連中、領土侵犯だとかほざきながら、勝手に領土を広げて森をバッサバッサと開拓しながら穏健なオークやら人族の先住民達を殺しまくってるらしい。」
ふうとため息をつきながら語るシリ。アレクは残念そうに答える。
「そうなんだ…でも仕方ないよね…僕たち一応魔物なんだし…」
「オークが魔物って誰が決めたんだよ。俺からしてみりゃ、人間たちも俺らと大差ないことしてんだろ。くだらねー理由であちこちで戦争おっぱじめたり、略奪したりさ。」
「それは…」
「なあアレク…お前夢はあるか?」
「夢?」
「そうだ。夢だ」
「アレク。俺には夢がある。」
シリは語り続ける。
「オークだろうがエルフだろうがドワーフだろうが亜人種だろうが、人間だろうが関係ねえ。
そこに住む全員が平等で自由に暮らせるコロニーを創る。
俺はそのコロニーの長になるんだ。考えが歪んだあいつら全員を、俺が矯正してやるのさ」
どうだ、でけえ夢だろ。とシリは付け加える。
「そうだね…でっかくて、すてきな夢だね。」と答えるアレク。
「アレク、お前はどうなんだ。夢、あんのか」
「僕は…」
言葉に詰まった後、アレクは答えた。
「僕は…薬師になりたいんだ…」
「薬師…?」
「うん」
「僕らオークはもともと体が頑丈だから、シリはピンと来ないかもしれないけど、
毎日たくさんの人が病気や怪我で命を落としてると思うんだ。」
「僕の持ってる薬草の知識で、苦しむ人たちを助けたいんだ」
あ、あと僕だけの植物園が作れたらうれしいなーなんて!とこっぱずかしそうに話すアレク。
「薬師ねえ…草食系オークのお前らしいな」
「草食系の意味違う気がするけど…ありがとう。」
「絶対かなえろよ、あきらめんなよ、お前の夢。」
「シリもね。」
二人はきらめく星空を眺めながら、笑いあった。
こういった何気ない日常や会話のやり取りが、アレクはたまらなく好きだった。
二人の願いを祝福するかのように星々は輝きを増し、時に流れ星がきらめくのだった。
「んじゃ、帰るとするか。ワリィな心配させちまってよ」
「ううん。僕も久しぶりに夜空が見れて楽しかったし。
それよりも早く帰らないとソンチョが空腹でたおれちゃうよ。」
「まあ、あのジジイの生命力はビッグローチ(巨大ゴキブリモンスター。下水に湧く)並だからな。そう簡単にたおれんだろ。」
「あ、ソンチョといえば、ひとつ聞きたいことがあるんだけど…」
「あのジジイに関することか?」
うん、とアレクはうなづく。
「お昼に女性との恋愛談を語ってたけど…ソンチョって…たぶん女性経験ないよね…」
「まあ、あのチ〇ポと性格じゃあな」
さっきまでの素敵な雰囲気をブチ壊した二匹のオークは、
空腹のあまり無心で生の野草を食いだしていたソンチョのもとへと急ぐのであった。
【明朝、コロニー近辺の原生林にて】
ハッ、ハッ、ハァッ、ハァッ…
静寂の森に響く息を荒げる声。
この声を発する人物は、何かから逃げているようであった。足取りはおぼつかない。
全身にフードをかぶったこの謎の人物は、
息を荒げながらこの異常事態をなんとか頭で整理しようとする。
まさか、こんな事態になるとは…ッ!
率いていた小隊は全滅…私自身も魔物の一撃をくらってしまった…!
赤黒く血でにじんだ脇腹を抑える。
傷口からはとめどなく血が流れている。
あれほどの高レベルの魔物が跋扈する森が存在していたとは…!
この情報を早く里のみなにつたえなけれb…グッッッ!?
ズクンッ!と脇腹の痛みが激しくなり、慌てて傷口を押える。
「この痛み…毒か…ッッ…!クソッッッ…!」
所持していた回復のポーションや解毒薬の瓶は、先の戦いですべて割れてしまっていた。装備していた弓も折れ、戦う余力は残されていない。
まさに打つ手なし、である。
私は…ここで死ぬのか…?
謎の人物は己が運命を悟りはじめる。よくてこのまま衰弱死。
悪ければ生きたまま魔物に貪り食われるだろう。
死ぬわけには…いかない…ッ
血のにじむ奥歯をかみしめて一歩ずつ歩みを進める。
「姉さまとの約束を…果たすまd…ッッッッッ!?」
突如視界が暗転し、その拍子に足を滑らしてしまった。
体はコントロールを失い、重力の法則にしたがってズザザーーッッと山の斜面の転げ落ちていく。
気が付けば、体は広い原野に投げ出されていた。
満身創痍の体では、もはや指一本動かすことが出来なかった。
己の死を悟った。
消えゆく意識の中で、自分の最愛の姉の声が聞こえた気がした。
役立たずの自分を唯一愛してくれた、最愛の姉の声が。
私の愛しのマリア…どうか…どうか…無事に帰ってきて…!
「ねぇ…さま…」
宝石のようにきらめく一滴の涙を流しながら、
その者の意識は闇に呑み込まれていった。
「今日の朝の森はやけに森が静かだなぁ…いつもなら鳥たちの鳴き声であふれてるはずなんだけど…」
早朝、今日も森で日課の食糧調達兼野草集めをしていたアレクは、
かすかな森の異変を感じ取っていた。
ソンチョの話していた異変と何か関連があるかもしれないと直感した。
「今日は早めに採取を切り上げて、このことをソンチョとシリに伝えないと…」
アレクは急ぎ足でいつもの採取ルートである開けた原野に到着した。
泉のほとりにできたこの場所は、神聖なマナに満ち溢れているためか、
比較的魔物の出没が少ない、いわばセーフゾーンのような場所であった。
「新鮮な春野菜もたくさん生えてるし、今日の朝ごはんは春野菜のソテーにしよう!
そうと決まれば急いで採取を…」
アレクがふと視線を原野の先の方に向けると、茶色い塊のようなものが横たわっているのに気か付いた。
「何だろう…あれ…?」
目を凝らしてみてみるとそれは足が生え、人型のようなものがローブを羽織って横たわっているのが確認できた。
「もしかして…人…?この人が、ソンチョの言ってた…?」
特にアレクの目を引いたのはその体についているシミだ。
それは紛れもなく血で、赤黒く変色しにじみ出ている。
「もしかして怪我してる…!?助けないと…!」
アレクは急いで倒れている者の傍に駆け寄った。
もしかしたら、自分を誘い出す罠かもしれない、とはアレクは一ミリも思わなかった。
とにかく、この人を助けないとという思いだけが先行し、あとは何も思いつかなかったのである。
傷の状態を見て、アレクはこの人物の状態が、命の危険にさらされていることをつかみ取る。
「ひどい傷だ…。おそらく【タランチネッラ】の毒針に刺されたんだ…。
傷の状態を見るに、もうかなりの時間が経過してしまっている…。
早く解毒しないと、このままじゃ10分ももたない…!」
【タランチネッラ】種族:昆虫種 平均推定レベル120
蜘蛛のような形状をした巨大な魔物。全長は3メーターを超える。
固い外皮に覆われ非常に高い物理耐性を持つ。
従来の蜘蛛型魔物と違い、網目状の巣を作ることはせず、大木のうろなどに巣を作る。
日中密林にひそみ上空より獲物に襲い掛かる。
牙、指先に強力な毒針をもち、肛門から粘着性の糸を放出し、獲物を捕らえる。
捕えた獲物は糸で簀巻きにされ、生きたまま内容物を吸い尽くされる。
アレクは慎重かつスピーディーに怪我の状態を把握していく。
するとアレクは土器でできた茶色い小瓶を取り出すと、
蓋をあけ、怪我をした謎の人物の口に内容物を流し込んだ。
飲ませた途端、ゴホッ!ゲホッ!と意識なく苦しそうにむせる。
「ごめんね!でも必ずすぐよくなるから!」
無理をさせない程度に、少しずつ、内容物を口に流し込んでいく。
次に泉から汲んできた清潔な水で傷口をサッとふき取り、止血と消毒作用のある軟膏を施していく。
痛みのせいか意識なく謎の人物がうぅ…っとうめく。
「頑張って…もう少し…!」
とアレクは汗を流しながら懸命に治療を行う。
この人を、死なせたくない…!と、いう一心で。
最後に自分の衣服の一部を切り取り、包帯替わりに傷口に巻き、応急処置は終了した。
ふぅ、と額の汗水をぬぐいながら、アレクは考える。
まだ依然として危険な状態には変わりない…
早くコロニーに連れて帰って、ちゃんとした治療をしてあげないと…
アレクの施した解毒が効いたからなのか、極度の疲労からなのか、
治療を受けた謎の人物はスゥスゥと寝息を立てている。
「このひと…にんげん…だよね…?」
ひとりで自問自答するアレク。
でも、いったいどこからやってきたんだろう…
考えがまとまる前に、顔の半分を隠していたローブのフードがパサリ、と落ち、
謎の人物の顔と体の全貌があきらかになる。
「え……?」
一瞬思考が停止するアレク。状況が、呑み込めなかったのだ。
ひとつにまとめられた金色の髪
ローブの下には体の輪郭がくっきり浮き出たスーツを着込み
胸元にはふくよかなふくらみがスーツによって強調されている。
容姿端麗でキメ細やかな柔肌
そして、何よりも特徴的だったのは
長く伸びた、その耳の形状であった
「エルフの…女の子…?」
目を真ん丸にして言葉を失うアレクをよそに、
「おねえさま…」
と意識なくエルフの少女は涙を流し呟くのであった。
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登場オーク紹介
〇アレクセイ・ヴァシリコフ
草食系オークで本作の主人公ポジ。愛称はアレク。薬草を用いた医療やセラピーが得意。
将来の夢は自分のボタニカルガーデンを建て、多くの生命を救う薬師になること。
〇シリジ―ル
アレクの幼馴染オーク。愛称はシリ(発音は尻ではなくSiriの方)。
リーダー気質なため、年長者だからと我が物顔でコロニーを仕切るソンチョとは衝突しがち。
いつかオークのオークによる全ての人民の為のコロニ―を作るのが夢。
〇ソンチョ
小柄な老オーク。本当の名前は当の本人はおろか、周り誰も彼の名前を知らず、微塵も興味を持たれなかった為、勝手に村長と自称し始めたのが名前の由来。
昔は優秀な参謀だったとかそうでないとか。童貞。
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