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第六話 夏姫と惟成、結婚する

 藤原惟成というひとは、細面で、色が黒く、当世風の美男子ではない。でも、目が大きく、賢そうだと夏姫は思った。


 しかし、服装がみすぼらしすぎる。

 つるばみ色の麻狩衣は、汚れて、ところどころ破れている。浅沓は、履きすぎてすり減り、踵がでている。手に持った帙は、雨に降られたのか、ぶくぶくに膨らんでいる。


 夏姫が濃蘇芳こきすおう色の袴、単衣、細長ほそなが姿で座っているのを見て、

「おやおや、随分格式ばっているんだね。直衣を着て三日通わないといけなかったのかな」

心配そうに言う。


 「いいえ。そこまでしていただかなくても結構です。ですが、姫様のことはこの乳母やが亡き奥方様にくれぐれもと頼まれております。どうか、むげに扱ってくださいますな。お願い申し上げます」

小袿姿にあらたまった乳母やが、両手をついて頭を下げる。


 「ひっ」

惟成は小さく悲鳴のような声をあげたのち、乳母やに向かって改めて座りなおした。

「わかりました。けっして非道なことはしませぬから、ご安心ください。

 で、段取りはいかがしましょう? この恰好でよければ三日通いますが」

案山子のように両袖を広げて見せる。服はそれ以外持っていないらしい。


 「お床入りのさい、乳母やが亡き奥方様にかわって、お二人に衾をおかけします。

  略儀ですがお餅を用意いたしました。お帰りの際、お二人でお召し上がりください。

  処顕(ところあらわ)しの儀(披露宴)は省略、というところでいかがでございましょう」

乳母やが立て板に水のごとく、つらつら並べる。


 「結構です。では、幾久しゅう、よろしくお願い申します」

惟成は乳母やと夏姫を等分に見て、口上をのべる。

「姫、ご挨拶を早う」

乳母やがひじで脇腹をつっつく。夏姫もあわてて畳に手をつく。

「幾久しゅう、よろしくお願いいたします」


 乳母やは、母屋の鳥居障子を音を立てずに開け、出て行った。

惟成は細身の狩袴のまま、しゅしゅっと夏姫の近くにすり寄ってきて、

「あの乳母やはあなたをずいぶん大事に思っているんだね。もしかしたら、俺の沓を懐に入れて、縁の下にこもる*気かもしれないな。もっと良い沓をはいてくればよかった」

と言った。

「……でも、あの沓しかないのでございましょう?」

夏姫が問うと、惟成は、

「はっはっは、違いない。姫は夫のことをよくわかっているようだ」

といって、夏姫のひたいに、ちゅっと音をたてて接吻した。




☆☆☆




 次の日、まだ鶏も鳴かない頃から、乳母やが家中の格子をばんばんあげて回る。

 鳥居障子の向こうから、

「夜が明けましたよ。早く起きてくださいませ」

と声をかける。


 夫婦となった二人が目をこすりながら身を起こすと、どこから借りてきたのか、見事な「三日夜餅」の準備ができていた。

黒漆に蒔絵の懸け盤に、四枚の銀の盤。その上に白い小さいお餅が三つずつ並んでいる。同じく銀でできた箸と、鶴のかたちの御箸器も添えてある。


 「うわあ。これが三日夜餅ですか。初めて見ましたよ。おいしそうですね」

「初めてなんですか? あら、そう」

乳母やはなにか気になる風情だったが、

「男方は餅を三つとも食い切らずに食べるものらしゅうございますよ」

と注釈をいれた。


 惟成が餅を口に入れ、もぐもぐやっている最中、夏姫もおそるおそる、餅に箸をのばした。

お餅は小さくて柔らかくて、ふわふわしてて、いままで食べたことがないほどおいしかった。気づいたときには、自分の分をみんな食べてしまっていた。


 「しまった! 女方はお餅を全部食べちゃあいけなかったんだわ?!」

口を右手でおさえると、惟成が笑って、

「俺の分も食べていいよ」

といって、自分の盤の残りを夏姫にくれた。


 「ありがとうございます」

夏姫がそれをほおばると、惟成は、

「まだまだ色気より食い気だね。でもおいしいお餅だったな。米からしてちがうのかね」

言いながら、狩衣の袖を通し、共布の帯をしめ、烏帽子の紐を結んだ。

「御馳走様でした。また来るよ」

と言いながら、部屋を出ようとする。


 「えっ、もう帰っちゃうんですか?!」

夏姫が口をもぐもぐさせながら、あわてて見送りに出ようとすると、

「そんなかわいいことを言われると困るなあ。本当にまた来るから」

すり減りまくった浅沓を履いて、帰っていった


読んでいただき、ありがとうございます。

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