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第四話 夏姫、疫病で両親を一度に亡くす★

 疫病で人が大量に亡くなる場面があります。精神に負担を感じられる方は、どうか回避してくださいませ。


 その年の冬、都で疫病がはやった。


 からだが弱かった夏姫の母がまず亡くなり、看病をしていた父もすぐに後を追った。


 疫病で人が亡くなった場合、悲しんでいる暇もない。

 乳母やが人を手配して、父母の遺体を戸板に載せる。鴨川の河岸に捨てるのだそうだ。


 夏姫は、どうしても野辺の送りについていきたかった。

 乳母やは嫌がったが、

「最後に両親に念仏をとなえたい」

大泣きしながら、乳母やの身体にすがって、揺さぶった。


 「それなら」

観念した乳母やは、夏姫に着古した単衣を着せ、髪の毛をその下に入れ込み、手ぬぐいを顔周りにむすんで、

「鼻と口は絶対出してはダメですよ」

と言った。

「河原はものすごい有様のようです。到底長くはおられませんよ、よろしいですか」

 何度も念を押す。

 戸板を担いだ男たちが築地塀を壊し、乳母やと夏姫もそのあとについて外に出た。

 



 夏姫にとって、大通り(土御門大路)を歩くのは初めてだった。

 どこまでも続く築地塀。門という門はきっちり閉められている。

 歩く人はまばらで、ときどきものすごい速さで、騎馬の人や牛車が通り過ぎる。一刻もはやく、ここを立ち去りたいという勢いだ。

 道端の溝と塀の間に倒れ伏している人も多くある。


 途中で、雪が降り始めた。遺体を運んでいる人夫も、乳母やも、さらに早足になった。


 鴨川の岸には、すでに都中の遺体が集まり、山となっていた。肉の腐った臭いがただよい、カラスや野犬が死体をつつき、あさる。乳母やが、自分を連れてきたがらなかった理由がわかった。


 ときどき、赤い狩衣を着た検非違使たちが組でやってきて、人間の身体を、どさどさどさっと山に積んでいく。まだ息のある者もいるのか、時々なにか言っているのが聞こえる。助けたくとも、近寄ることもできない。


 父母に念仏をとなえたかったが、それもできず、夏姫と乳母やは震えながら、屋敷に帰った。

 

 乳母やは、自分と夏姫の服一式と、口を覆っていた手ぬぐい、市女笠、緒太の草鞋を取って、池のすぐそばでそれらを塚にして火をつけた。

 着古していた布はすぐに、ぺらぺらと燃えた。布きれを火箸でつつきながら、乳母やは左手だけで合掌し、口の中でなにかぼそぼそつぶやいていた。

 お経をとなえているのだろうと、夏姫は思った。




☆☆☆




 一か月もすると、何人かいた男の使用人たちも、姿を見せなくなった。

 夏姫は乳母やと二人、家にあるものを少しずつ売ったり、知り合いから縫物の仕事を請け負ったり、畑でかぶや菜っ葉をつくったりして、当座は暮らした。


 そのうち、二人の窮状を聞きつけたか、夏姫あてにちらほら手紙が届くようになった。

 文はたいてい、亡き父よりも年上のお金持ち、土地持ちからで、すでに何人かいる妻のひとりに夏姫をくわえようという申し出だった。

 その一人が、西隣の住人、藤原惟成だった。彼が贈ってきたのは和歌ではなく、満開の山吹の枝であったが。


 それらすべてに、夏姫は返事を書きあぐねていた。なぜなら、和歌を詠むことができなかったから。

 文の返しもできないまま、わたしたちはどうなるのだろう。乳母やと二人、羅城門の下で飢えて死んでしまうのだろうか。


 ある日、少し酸いような、甘い香りが夏姫がいる南廂の間にただよってきた。

「あら、いい香り。なんの匂いかしら」


 緒太の草鞋をつっかけて庭に出てみる。香りの源は、母が残していった橘だった。

 花は小さく地味だが、白い蕾が珠のようにたくさんついている。よく見ると花びらに厚みがあって、真ん中の花冠の先を花粉のかたまり(葯)がぐるりと取り巻いている。

 そして、なんといっても、吸い込むだけで胸がすきっとする甘い香り。これだけはほかのどんな花にも負けないのであった。


 夏姫は、トゲに気をつけながら、枝を自分の頬の近くにひきよせ、しばらく香りを楽しんだ。

 そのとき、いいことを思いついた。


「そうだ、惟成様に、この花を贈ったらどうかしら」


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