表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/31

第三話 夏姫の母、庭に橘の苗を植える

 母の絵巻物はどれも、動物が動くさまや人間の足の指まで描かれていて、何度見ても飽きなかった。でも、文章は少ない。

 父の物語本は、挿絵などめったになく、文字だけだった。夏姫は本当はそういうものも読みたかった。しかし、さすがにこっそり文庫に入る勇気はなかった。


 そもそもなぜ女の子が物語を読んだらいけないのか。なぜ父はあんなに怒ったのか。


 あるとき、井戸のわきで洗濯や干し物をしている乳母やをつかまえて聞いてみた。

「ねえ、乳母や。女の子は物語を読んではいけないの? それって悪いことなの?」


 乳母やは、板に張って伸ばして乾かした布を、板からぺりりとはがしていく。

「その件でしたら、あたしは致時様(夏姫の父の名)に賛成ですね。

 物語だとか、和歌だとかは絵空事ですよ。本当だと思いすぎると、ひどい目にあいます。

 特に和歌ていうのは罪が深いです。

 男っていうものは、どこかから聞きこんだ噂で、勝手に自分の好きなように思いこんで、なんかかんかうまいこと言いながら近寄ってきて。自分の期待と違ったり、飽きると女を捨てるんです。

 本当にひどいものですよ。姫様もお気をつけにならなくっちゃいけません」


 ぱしん! 乾いた布をはたいてしわを伸ばす。


 「ふう~ん」

 たしかに、夏姫も、乳母やの言うような話を実際に聞いたことがあった。

特に頼るべき人がいない宮仕えの女房を誘惑して、ただならぬ身にしておいて、しらんぷりしている男も、いるとか。




☆☆☆




 ある日、母が誰かに頼んで、橘の苗木をもらってきた。

 普通の木は苗のうちから枝が茶色だが、橘は枝が葉っぱと同じ鮮やかな緑。ささくれのような小さいトゲを、ところどころに生やしている。


 母は、南庭の池の正面やや西よりに穴を掘ってもらって、苗木を植えさせた。


 夏姫が苗のてっぺんから水をかけようとすると、乳母やが、

「あっ、ダメです。上からかけては。ちょっと待ってくださいよ」

木の枝をどこかから拾ってきて、苗の周りに浅く円く溝を掘る。

「さあ、この溝のなかに水を入れてくださいな」


 夏姫が柄杓で溝に水をそそぎ入れる。水はいったん茶色い泥水となって溝の底にたまっていたが、しだいに土にすいこまれて、見えなくなった。

「水をたくさん吸ったから、これで根付くよね?」

「そうですね。じょうぶな木ですから。きっと大丈夫でしょう」

夏姫と乳母やが、苗木のてっぺんごしに話をしていると、母が乳母やを呼んだ。


 「乳母や、いつも私たちの面倒を見てくれてありがとう。あなたがいなければ、我が家は到底立ち行かなかったでしょう。この木は、家の中心よ。これからも、夏姫をよろしくお願いしますね」


 突然の言葉に、乳母やは立ち上がり、そして涙ぐんた。

「そんな、めっそうもない。あたしも、奥方様に拾われたも同然の身ですもの。できるかぎりのことをさせていただきます」

 二人が手を取り合って泣いたり笑ったり、肩をたたいたりしているのを、夏姫は黙って見まもった。


読んでいただき、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ