第七話 兼家、惟成と小萩の結婚の仲立ちをする
小萩殿とはその後、幾度か文をかわしたのち、深い仲となった。
なったはよいが、いま泊まり込んでいる飛香舎の東廂に女をつれこんで、女房たちにあれこれ言われるのも面倒だ。
といってほかに家を借りるのもなんだし、どうしたものかと考えていた矢先。めったに朝議にも参加しなくなっていた右大臣・藤原兼家公が、ぶらっと私の曹司にあらわれた。
「聞きましたぞ、惟成殿。五節の節会の時に、舞姫付き添いの女房をひとり、ひっかけたそうではないですか? 勉強ばかりでお堅い、近寄りがたいお方と思っておりましたが、なかなかやりますなあ」
直衣のひじで、私の腕をつっついてくる。
「ひっかけたとは人聞きの悪い。あれは下官の前の妻の妹なのです。積もる話もあって、夜通し物語をしました、ということで」
顔ではほほえんでみせて、指貫の膝を拳ひとつ分、ずらす。
兼家殿は、檜扇を二、三枚開いて、口元に寄せる。
「ほほほほ。言うに事かいて、夜通し物語とは。そんなことでこの兼家をごまかせるとでも?
私には確かな筋から情報が入っております。だから本日、まかりこしたのです」
「ほほう。確かな筋とは?」
確かな筋とは、源満仲殿であった。満仲殿は以前から、侍女の小萩殿を自分の養女にして、しかるべき婿を取らせたいと考えていたのだそうだ。
「満仲殿は自分の味方になってくれる、婿殿がほしいのだ。
現在、満仲殿は武力もある、領地もあるし、資金もある。が、風流ごとは苦手で、宮中での行事やふるまい方に、困ることも多いそうだ。
一方従兄弟殿は、賢く、漢籍に詳しく、和歌も詠める。が、後ろ盾と資金がない。
お互いの欠点を埋められるよい組み合わせと思い、この兼家、いさんで仲人役を買って出ました。どうだろう? 考えてみてもらえぬかな」
兼家殿の話は筋が通っている。
もちろん、今の我々は、後ろ盾はのどから手が出るほどほしい。
それに、満仲殿は摂津国の多田盆地を所領として開拓、多くの郎党を養い、武士団をこしらえている。こういう方の話を直に聞くと、役に立つかもしれない。
「そういうことですか。ならばせっかくのお話、お受けいたしましょう」
「受けていただけるか? では早速、先方にも申し伝えましょう。
しかし、ほかに女性関係はありますまいな? くれぐれももめごとのないように頼みますよ。私がいうのもなんだけど」
兼家殿はなんの屈託もなく、けらけらと笑う。先年、兼家殿の妻の一人が、夫へのうらみつらみがみっちりつまった日記を発表し、世間の話題をさらったばかりだ。
「以前からの妻がひとりおりますが。今の世の中、後ろ盾を増やすため複数の妻をめとることは、よくあることです。下官の妻は賢い女ゆえ、きっとわかってくれるでしょう」
「おお、聞いてるぞ。恵子女王(兼家にとっては兄の妻)に髪を売ってくれたそうだな。持つべきものは賢い妻だな」
百戦錬磨の兼家殿も、うらやまし気なそぶりだ。
「女というものは馬鹿ではありませぬ。こちらが正直に相対すれば、あちらも誠実に応えてくれる。と、下官は思っております」
と言うと、
「おおおお、耳が痛いいたい。お説教はたくさんじゃ」
両耳を袖で覆い、おどける兼家殿。
「では、婿入りの件は了承と。準備は満仲殿が万端進めるであろう。今度、三人で酒でも飲もうな」
と言って、兼家殿はいずかたへもなく去っていった。
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