バトエン。それはえんぴつで闘う、たったひとつの小さな話
それは確か、小学生の時だ。
カラン、コロコロ。
カララン、コロ。
「っし。“相手に10のダメージ”!」
「あぁ! 1ターン休みなのに!」
授業の間にある、十分間の休み時間。その時間を使って、幼馴染であるヨウと私はバトエンをしていた。
バトエンっていうのは、自分の持っている八角形の鉛筆を、交互に転がして対戦する遊び。面にはそれぞれ“クリティカルヒット、相手に20のダメージ”とか“教科書を失くした、1ターン休み”とか書かれてある。
パターンは色々あって、いい行動が書いてある鉛筆はとてもレアだ。
「あー! またヨウに負けた……」
「ほんっとお前弱っちいなぁ」
前の席に座るヨウが、私を馬鹿にするようにケタケタ笑った。私はそれに「もう知らない」と返してからヨウの頭を叩く。何か言ってきたけど、悔しくて悔しくて仕方なかった私は、ぷうっと頬を膨らませて無視した。
帰る時。いつもはヨウと私と、もう一人の幼馴染の三人で帰るのだけど、ヨウの顔も見たくないくらいに苛立っていた私は、終礼を終えてすぐ教室を飛び出した。
「なんでヨウはいつも私を馬鹿にすんの……」
涙目になりながら家への道を歩く。家に着くまでには涙を引っ込めなきゃ。お母さんに心配されてしまう。
グスグスと鼻をすすり、目を擦る。そうして顔を上げたところで、
「カヅちゃん!」
「マモ、ちゃん……?」
私を“カヅちゃん”なんて呼ぶのは、もう一人の幼馴染しかいない。だから私は立ち止まって振り返ったのだ。それなのに。
「なんでヨウもいるの!」
見たくない顔が見えて、私は引っ込めたはずの涙が、じんわりと浮かんでくるのがわかった。
「なんでって、お前が先に行っちまうからだろ!」
「だってそれはアンタが」
「二人とも落ち着いて。ヨウちゃんはそんなこと言いに、カヅちゃんを追いかけてきたわけじゃないよね?」
また喧嘩越しになった私たちをマモちゃんが諌める。私はまだ腹の虫がおさまらなかったけど、ヨウが何か言いたそうだったから待つことにした。
「悪かった。これやるから機嫌直せよ」
「これ、ヨウの……」
ヨウが出してきたのは、それなりにレアな鉛筆だった。
「ったく。欲しかったなら欲しいって言えよな」
「……はい?」
「ヨウちゃん、たぶん違うよ……」
私は嬉しさで緩んだ頬を違う感情で引きつらせながら「馬鹿!」とまたヨウの頭をぶっ叩いた。
そんなヨウの鉛筆は、私のペン立て入れにきっちりと収まっているんだけど。