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愛や恋や血の繋がりについての考察(短編集)

偽物の子ってなんですか? 十八年娘として暮らしてきたのに今更血の繋がりがないから出て行けなんてあんまりです。

作者: だぶちー


「え? 血の繋がった娘じゃない?」


私が学園で教師に襲われかけた日。()しくも私の成人の誕生日、優しかった両親は言った。


「黙っていて、ごめんな。お前は本当は俺たちの娘じゃないんだ」

父は机で組んだ両手の上に額を乗せて苦しそうな声で言った。


「ごめんね。お母さん。本当の子供を病いで亡くして淋しくて産まれたばかりのあなたを引き取ったの」

母は涙を浮かべ悲痛な面持ちでここではないどこか遠くを見ながら言った。


だけど。本当の子供ってなに。

「それはつまり私は偽物だって言いたいの?」


二人は私を見ない。


「私が問題ばかりを起こすから? 顔と体付きのせいにしてお父さんとお母さんに相談したから?」

だからってこんな仕打ちある?


あなたは私たちの本当の子じゃないから、私たちのせいじゃないって言いたいの?


私には必要のない肩が凝るだけの重い牛みたいな胸も安産とは縁がなさそうな細い腰も左目尻に黒子のある下り目も目立つ真っ赤な癖のある髪も。確かに似てないなって思っていたけど。


男の人に襲われそうになるたびに、お前がそんな誘うような顔だから悪いとか。触って欲しくてそんな(なり)なんだろうとか。こちとら初恋もまだな初心な少女だっていうのに男どもに言われて。挙げ句担任に襲われそうになって。それで慰めて欲しくて両親に相談したら、お前は本当の子じゃないと突き放され。


どうしたらいいの? もう笑えば良いの?


——そんなのできない。


混乱して答えを見つけられない私に父だった人が言った。

「ちょうど成人したのだし、出て行ってくれないか?」


思わず家を飛び出した。






行ける場所は限られる。人気(ひとけ)のないところは怖いから街の賑わってる広場にきたけど失敗だったかも知れない。さっきから値踏みするような人ばかりが目に映る。

成る程? 私みたいな家出娘は、身売りにはうってつけって?

衝動的に家を出たから、もちろん準備なんてしていなかった。ポケットに以前の遠出で(はぐ)れた時用に預った高額紙幣が一枚入っていただけでも幸運だろう。

すぐに真っ当な住み込みの職なんて見つかるはずもない。宿屋なんて一人で泊まったこともないから、手持ちのお金で泊まれるのかもわからない。


とりあえず好色な人や喰い物にするような人に話しかけられる前に喫茶室とか、せめて飲食店に避難した方が良さそうだ。

時刻は夕方、日が沈みきる前に移動しないと夕日に同化している髪色が今よりもっと目立ちそう。目についた長居出来そうな寂れ気味の喫茶室にさっさと入った。紅茶の一杯くらいは飲んでも所持金に大した変わりはないだろう。


観葉植物の影、店内が見渡せる端の席に着いて注文を終え、ひと息ついて思う。こんな時に相談できる友人がいたらよかったのにと。小さな頃は感染症や変質者との遭遇を心配されて外に出してもらえずに両親とべったり。三年前に入学した学園では好きな人を知ってて取ったとか言われて女子の輪から弾かれた。そんなことしてないって言うの。そもそも誰が誰を好きだなんて見た目で嫌厭(けんえん)されてたのか相談されたことも無いから知らないし。

昔からたまにある親戚の集まりとか普通にべたべたされたりいたずらされそうになったり嫌な思い出しかないから男には最低限しか関わってないのに、なんで取った事になるのか本当に謎。


幼少から持って生まれた容貌に苦しめられてきた。けれど、小さなうちはまだ良かった。注目されるのは顔と髪だけだったし。両親が守ってくれたから。大きくなりはじめてからは最悪。急に成長した隠すに隠せない胸が事態をより悪化させた。なんとか自衛してきたけれど。今日は私の十八の誕生日だったから、特別な日に嫌な思いをしたから、久しぶりに両親に甘えたかったのかも知れない。


担任だからと気を抜いて、授業でわからなかったところを尋ねに担当教科の準備室に行ってしまった。既婚者だったし、子どももいるって言ってたし、今更自分に言い訳したって仕方がないけど。

なんでもっと警戒しなかったかなって思う。

抱き締められた時、すぐにありったけの悲鳴をあげた。昔から力では敵わない。どんな状況でも声を上げれるように何度も練習してた。部屋でいきなり絶叫する迷惑な子供であった自覚はある。ポイントは冷静さを失わない事。息を吸う前に思い切りしかし相手に気付かれないように細く静かに息を吐ききる事。喉を開けて上向きに高い声を意識し、お腹に力を込めること。

すぐに人が集まり私は事なきを得た。気持ち悪かったから家に帰ってすぐに身体を拭って、誕生日だし、気分を上げる為にお気に入りのちょっと高価な水色のワンピースに袖を通した。


紅茶がきた。冷たくなっていた指先が温められてより冷静になる。これから、どうしよう。

このまま自分の気に食わない存在に餌食にされるのだろうか。それぐらいなら家に帰った方がいいとはわかっているんだけど……切り捨てられた心が戻りたくないって叫んでる。


ふと。自分の気に入る相手ならいいのではないかと()ぎった。


自分が納得出来る相手について行くなら自業自得。私に見る目がなかっただけって諦められる。

他人に目を付けられて地獄に落とされるより、自分で選んで酷い目に遭う方がマシ。


どんな人なら自分の未来を諦められる?


男は嫌だ。格好良い女性がいいな。ショートカットで仕事が出来そうな自分とは真逆のシュッとした人が良い。

そう。例えば、今入ってきた女性みたいな……


運命。きっとそう。

カウンター席に慣れたように座った女性にすかさず話しかける。


「……すみません。少しお話しいいですか……?」

成る丈庇護欲を唆るように。ゆっくり丁寧に。潤ませた瞳で。


「うん? 私に用?」


「はい。少しで良いんです。お話しきいてもらえないでしょうか……?」

ここで瞳を閉じてぽろりと一粒涙を零す。物心ついた頃から私にとって涙腺は自在に操れる器官だ。


「どうしたの? 私で良かったらお話し聞くよ」


絹っぽい上等な白色のハンカチを差出しながら、女性は言ってくれた。

この機を逃す馬鹿はいない。


困り顔で、しかしほんの僅か安心したように目元を緩ませる。


「実は……」


学園に通っている事。教師に襲われて家に逃げ帰ったが、問題を起こしたからか親に見放された事。

今日帰る場所がない事。これからどうしたらいいのかわからなくて途方に暮れている事を少しずつ話した。


「……そうだったの。つらかったわね」


女性は同情してくれた。

()く宛がないなら、私のお店にくる?」

そして、綺麗な笑顔で期待通りの言葉をくれた。


「……ご迷惑じゃないですか……?」

嬉しいとチラリと笑顔を浮かべてから、眉を垂れ泣きそうに言う。

もう一押し。


「ちょうど人手が足りないと思っていたところなの。夜の仕事なんだけど大丈夫かしら?」


「私でも出来ることがあるでしょうか……どんなお仕事かもう少しお聞きしてもいいですか……?」

男の相手とかきっと多分逃げ出すと思う。


「お酒やおつまみの調理補助と洗い物に給仕。ウェイトレスね。それからちょっとした恋のキューピッドかしら」


「あなた同性同士の恋愛に理解はある?」


同性同士。女と女。男と男。


「自分が巻き込まれないのなら」

つい本音が出た。恋愛なんてどうでもいい。


「うん。まぁ、偏見がないなら大丈夫。嫌だと思ったらノーと言って断ればいいわ。問題が起きたら必ず相談して、厄介な客は出禁にするから。普通とは違うとか生産性がないとか否定だけはしないであげてね」


「はい」


そうして私は見知らぬ女性のお店で働ける事になった。

女性、サラさんは若くしてこの寂れた喫茶室の裏手にあるシックなバーの経営者だった。地下に広いカウンターといくつかのテーブル席が、一階に会計スペースと調理場、従業員用の手洗い場とロッカールーム。奥に鍵の掛かる小さな事務所があってその部屋で寝泊まりさせてもらえる事になった。サラさんの部屋は建物の二階なので元から事務所には大して荷物を置いていなかったらしい。お店のお客さんが具合の悪くなった時用に設置されていた簡素なベッド、机と椅子があるだけの部屋。


お店は遅くまで営業しているが、あと少しで卒業なら出来るだけ学園に行って卒業資格を取得した方がいいと説得されて、夕方の開店時間から夜十時まで働く事に。荷物を何も持っていない為、学園で使用する道具等を家に取りに帰らなければならなかった。


お店が始まる前に家に取りにいくか、朝早くに行くか。

私は前者を選んだ。




静かに扉を開ける。これまで育ってきた家が色を喪い、まるで他人の家のように寒々しく感じる。

自分の部屋に入ろうとするとリビングから暖かな光と話し声が聞こえた。

もしかして、私が家を飛び出したから心配してくれている? 淡い期待が胸に点る。

私は足を止めそっと聴き耳を立てた。


「ねぇ。あなたこの子の名前は決まった?」

それはそれは嬉しそうな声だった。嬉しくて嬉しくて感情が抑え切れないような声だった。

「おいおい気が早いな! まだ三ヶ月じゃないか。

でも、そうだな。早くてもいいか。それじゃあ、俺が男の子の名前を考えるからお前は女の子の名前を互いに考えるのはどうだ?」

「良いわね。ああ。楽しみで仕方がないわ! これまで余計な事に使ってしまった分。これからしっかり貯蓄もしないとね」


家を出る前、いきなりどうしてって思ったけど、私が学園であった事は関係なかったんだ。そうか。本当(・・)の子供、ね。

私にかかったお金は余計だったんだな。返そうなんて殊勝(しゅしょう)な気持ちにはならないけど、身体がぐんと重くなった。ああ。早く荷物を取ってこないと。

今来てよかったかもしれない。この分じゃ、私の部屋なんて彼らの言う本当の子供の為に早々に潰されそうだ。

薄暗い扉の影から尚暗い自分の部屋へ移動し、持っている中で一番大きなバッグに制服や着替え、あの二人にはもう必要じゃないものを詰め込んで静かに家を離れた。こんな時にも私の涙腺を操る器官は優秀だ。意図しなければ涙のひとつもでやしない。


この期に及んで期待していたなんて、なんて馬鹿なの。家を出された瞬間から、まるで他人の家、じゃなくて正に他人の家になってしまっていたのに。

二人の事は忘れよう。忘れるしかない。私は私の人生を歩くんだ。


店に戻って、事務所に荷物を置かせてもらってその後はがむしゃらに働いた。

いろんなお客さんがいたけど、概ね男は男に絡んで私にはこないし、女性はノーマルです。ごめんなさいと瞳を潤ませれば簡単に引いてくれた。キューピッドの仕事は簡単な手紙や連絡先の書かれた紙を取り次いだり、飲み物のプレゼントを運んだりすることだった。

あっという間に夜の十時になって、小さな事務所に落ち着く。地階の喧騒が微かに聴こえる。一人じゃないと感じられる場所で、心身ともに疲労困憊だった為か直ぐに眠りに落ちていった。




夢を見た。真っ暗で何も無い場所で一人。膝を抱えて蹲っていた。

夢の中で更に夢を見ようと固く瞳を閉じていた。そんな私に低めの少ししゃがれたハスキーな声がかかった。顔を上げると目の前には白い絹っぽいハンカチ。そうだ。大丈夫。私は自分で選んだんだ。




朝起きてお店の洗面台で身支度を整え、勝手に使っていいと言われた調理場で仕込まれていない食材を分けて貰って簡単な朝食を作って食べた。一応作ったサラさんの分には清潔な布巾を掛けて、学園へ向かう。


私が大きく騒いだので、学園では昨日の事が噂になっていた。担任は中々慕われていたので、私に対するクラスメイトの態度はいつもに輪を掛けて酷いものだった。

友達の好きな人もとるような子だから、先生も奥さんからとろうとしたんじゃないか。とか。先生は冤罪で解雇になって可哀想だ。何であの子が学園に来るんだ。とか。

友達なんていないって言うの。絶叫して棒立ちの私を抱き締めてる瞬間を多くの人に目撃されてるのに冤罪なわけないだろうが。授業料は払われている学園に通うのは当然の権利なのに。しかし、ここで反論したとして何になるのか、普段からよく思われていないから今更信じる人なんていない。ああ、でも何だか嫌だな。


思い切って苦しそうな顔を作って静かに堪えるように泣いてみた。庇護欲。庇護欲と心で繰り返す。

これまで何を言われても我関せずな態度をとってきたけれど、此処らで罪悪感を植え付けてもいいでしょ?

自分で言うのも何だけど胸元以外は華奢な美少女が嗚咽を堪えて静かに泣いている様は中々罪悪感を(あお)るんじゃないかしら。


「……大丈夫?」

ほらね。いつも助けてはくれなかったけど、詰ることもしなかった子が声を掛けてきてくれた。

「……ええ。ごめんなさい。泣いたりして……」

涙を堪えているように魅せて涙を溢す。さも自分では止められないんですという様に。


「……みんな言い過ぎ。私、目撃した子と友達で聞いたけどさ。私たちの担任がやらかしたって本当らしいよ?」

味方になってくれるみたいだ。少しほっとした。

「でも、その子前も友達の好きな子とったって噂になってたし!」

「友達って誰? この子いつも一人で男女問わず誰とも付き合ってないように見えたけど? はっきりした証人がいるの?」


騒いでいた子達は押し黙った。こんなところで誰とも関わらない日頃の生活態度が役に立つなんてね。皮肉だわ。彼女たちが去った後、反論してくれた子が話しかけてくれた。


「私もこれまで信じきれなくて、何も言わないでいてごめんね。よかったら友達にならない?」

「……いいの? 本当に? 嬉しい。私、友達出来たの生まれて初めて……」

「そ、そうなんだ。光栄だね! 私、カトリーナ! ケイトって呼んでね!」

「……ありがとう。私は……」


友達が出来た。こんな簡単にできるなんてと心の中で驚いていた。

一人でも味方が出来ると学園での生活はぐるりと変わった。毎日たわいもない事を話し合えると気分が上がった。ケイトに会えるだけで、学園での毎日が楽しくなったんだ。





サラさんとの生活、仕事、ケイトと一緒に過ごす学園。思ったより順調な毎日が続いたある日の学園からの帰り道。知らない男から声を掛けられた。


「おい。お前」


「……」


「俺と目つきがそっくりなお前だ」

無視しようと思ったのだが、そっくりと言う言葉が気になって顔を見た。


「私と……そっくり……」

思わず目を開いて立ち止まる。

眼の色と下り目がやけに似ていた同年代ぐらいのその男は、垂れた目尻に不釣り合いな濃い眉間の皺をそのままにこちらを睥睨(へいげい)している。


「俺と同じ屑の被害者よ。望みを聞こう」

なんのことかわからずに説明を促すと男は淡々と語った。まとめると。

「つまり、父親が一緒で母親は別。私は父親によって養子に出された貴方の異母姉ってこと?」

鷹揚に頷いて男は続ける。

「そうだ。数ヶ月違いのな。成人したら家督を継ぐ事になっている為、本格的に金の流れなどを確認していた所、長期に渡る不明な出金があって調査した。父には母と婚姻を結ぶ前からの愛人がいるのだが、恐らくお前はその愛人と父との間に産まれた庶子だ。認知はされていないようだが、我が家の分家がお前の育ての親。そこに金が流れている。しかし、お前は家を出たらしい。それならもう分家に金を送る必要はないだろう。だが、お前には金銭が必要かと思ってな。(たず)ねにきた次第だ」


「血が繋がっているから、きたの?」

「血の繋がりなんてもの厄介ごとの種にしかならん。されども、同じ境遇の真っ当な思考の被害者に同情して援助をするのはおかしくないだろう」


同じ境遇、実の親に迷惑をかけられている? 真っ当な思考の被害者……血の繋がりではなく、私の調べられた人格で持ってして同情と援助の余地があると言うのか。それなら、少し嬉しい。


「お金は嬉しいわ。出来ればあと数ヶ月だから学園を無事に卒業したいの。学費は前期に一括で支払い済みなのだけれど、文具や行事に対する負担金だとかでお金がかかるから。知っているかもしれないけれど働きながら学園に通っていて生活費だけで精一杯。いつまでもお店にお世話になる訳にもいかないから、出来れば就職先を見つけて家も借家を借りて一人暮らしをしたいし、先立つ物は幾らあってもいいわ」


諒承(りょうしょう)した。一般的な平民に嫁ぐ際の持参金と同等の額を一括で用意しよう。

それらで家を買うなり、雇い主に恩を返すなり好きにしたら良い」


「ありがとう。その、私が心配する事じゃ無いとは思うんだけど貴方は大丈夫?」


「俺か……まぁ、これまで通り暫く凌ぐさ。抑圧されるのも後数ヶ月。実権が正式に手に入れば様々な事が容易になるしな」


そう言って男は去って言った。

それから日を跨がない内にバーへ男の代理を名乗る者が訪れ、私名義の銀行の証明証が渡された。

家を買うって冗談かと思ったけど本気だったらしい。かなりの額。多分一般的な庶民ならもう一生働く必要がない程の金が用意されていた。


「サラさん」

私が学園から帰ってから営業時間前までの間、裏の喫茶室に行くのを止めたサラさんは私の作った不慣れで不出来な食事をいつも一緒にとってくれている。


「どうしたの? 改まって」

いつものようにふわりと柔らかく頬を(ゆる)ませる。

サラさんはいつも優しくて、一緒にいるだけで私の完璧だった涙腺を操る器官が機能不足に陥る。勝手に瞳が潤みだす。


「私、ここを出て行こうと思うんです」


「え!? ど、どうして? 何か嫌な事でもあった?」

驚くサラさんに先日の義母弟とのやりとりやその後受け取った金銭について説明をする。


「そうなの。弟さんが……」


「お金も手に入ったし、いつまでもこちらでお世話になるわけにはいきません。家が決まったら移ろうと思っています。……これまで本当にありがとうございました」


立ち上がり感謝を込めて深々と頭を下げる。


「待って。ここが嫌になったとか、私といるのが嫌だとか、そういう理由ではないのよね?」

「はい。勿論です」

出来るならいつまでもここに居たい。優しくて心も容姿も美しいサラさんと共に暮らしたい。

「それなら、出ていかなくてもいいじゃない? お金を持った独り身の若い女の子の一人暮らしなんて危ないわ」


確かに防犯面には不安がある。これまでのように変な男に目をつけられる恐れもある。けれど……


「いいえ。だからと言ってサラさんにこれ以上ご迷惑をお掛けするわけにはいきません。あの、お世話になった分のお金をお返ししたいのですが、私の気持ちと思って受け取ってもらえますか?」


「……返してくれるのなら、別の(かたち)がいいわ」

サラさんも立ち上がって、両手で私のそれをとる。細くて長い美しい手。

別な形。お金以外に返せる物が私にあるだろうか。労働力?

「卒業するまでの間でしたらかわらずお店の手伝いをさせて下さい。その先は、就職が決まればどのくらい通えるのかわかりませんが、私で良ければなるべく都合をつけて通います」


「それも貴女に会えるから嬉しいけれど、違うの。……貴女、私が何の下心もなく連れてきたのだと思ってる?」


したごころ……下心? サラさんが? 私に? 混乱して頭がよく回らない。


「えっと、サラさんはとてもお綺麗で、私にとって憧れの女性で……でも私女性とそういう関係になることは考えられなくて……」

男は嫌いだけれど、今は他人となったかつての両親を見て育ったからか、恋愛対象に同性は考えられない。それは例え恩人であるサラさんであっても同じだ。


「男だって言ったら?」


誰が?


「私、昔から女性の格好の方が似合って、こんな感じに育っちゃったんだけど。正真正銘性別男で恋愛対象も異性なのよね。貴女は私のタイプにぴったり。ほとんど一目惚れで誘って連れてきちゃったの」


……サラさんは男、で、ひと、一目惚れ? 私に……?

頭の中を追加された疑問符が飛び交う。とりあえず、男。全く見えない。でも、同性じゃない? 異性? ……なら、いいのか?


「えっと、言葉の意味はわかるんですけれど、理解できなくて……確認させていただいても?」

驚いて目を見開いたサラさんは、次いでうっとりするような微笑を浮かべて言った。

「えぇ。いいわよ? でも、ここは誰が来るかわからないから二階にある私室でいいかしら? ちょっと時間がかかるかもしれないから表の看板に張り紙を出しておいてもいい?」


「はい。大丈夫です」


「じゃあ、ちょっと待っていてね」

るんるんと声が聞こえそうなほど嬉しそうなサラさんは紙とペンを持ち表の看板に向かった。私は食べ終えていた食器を片付けながら、やっぱり上手く働かない頭でなんとかこれからの事をどうすればいいか考えていた。


サラさんが思ったよりも早く戻ってきて残っていた洗い物を一緒に片付けて二人で二階への階段を上がって………………






大変迂闊な言い方だったと今ならわかるんだけど、当時は全く気付かなかった。とりあえず、間違いなくサラさんは男だったと身を持って知ったこと。邪魔でしかないと思っていた一部が意外に役に立ったこと。それから学園ではケイトの元からの友人とも友達になれて無事に卒業もできたこと。騙されてお金を奪われるなんてことも無く、いまだに理解が及ばないが卒業後すぐサラさん改めサミュエルさんのもとへ俗に言う永久就職を果たしたこともあわせて報告したいと思う。




「結婚することができるのは他人だからよ。血の繋がりがない者同士じゃないと新しい家族はつくれないわ。確かに愛する人との間に産まれた血をわけた子は愛しいでしょうけれど、愛する人には血の繋がりなんてなくても愛をあげられるでしょうに。子供には血の繋がりを求めるのは愛情の種類が違うからなのかしら。

血の繋がりがあってもなくても愛があれば互いに大切にできるはずなのにね」

後に彼が言ったこの言葉で私は(サラさん)をあの時選んで良かったと心から思ったのだった。


あぁ。でも、気付いてしまった。両親には本当の意味で愛されていなかった。偽物なのは両親の愛情だったんだ。私は愛していたから一方通行で辛かったのか。今は肌で愛情を感じられる。彼はこれまで女性の格好をしていない時から外見によって好きになった女性にはその対象に見られず、男に言い寄られ、それならと開き直って自分に似合う格好をして同性愛者向けのバーを開いたんだそう。そうすれば、女性と仲良くなれるし、男性には粉をかけられることもないからだって。まぁ、女性と仲良くなっても実は男と知ると友人以上になることは出来なくて、仕事に没頭していたらしいけど。


私と彼はぴったりあわさって、いつも幸福の中にいる。欲しかった家族に対する愛情も今度は私が与える側になる。今度こそ本物の愛情で繋がる家族を私が(・・)築く。目眩を覚えるほどの幸福が私には待っている。



おしまい






「この書類にサインを」


まだ年若い、眉間に皺があっても美しい男は仰々しい護衛と共に俺達の元に突然やってきて一通の書類を突き付けた。


「なんですか? これは」


「養子離縁届書。追い出した娘との養子縁組を解消する書類だ」


どうしてそんな物を?


「あなたは何の関係があってこれを?」


「娘は俺の異母姉(いぼし)にあたる。父が迷惑を掛けたようだから尻拭いだな」


本家公爵家の嫡子か。まさか毎月あった援助が途切れたのは、娘を家から出した事がバレたせいだったのか?

これまで当たり前のように受け取っていた高額な援助金は、思い出してみれば確かに養子縁組をした娘の養育費という名目だった。娘が出て行って入金が無くなり暫くしてから気付いた事だったが。


「もう娘ではないと追い出したのだから、正式に関係を切っても問題ないだろう? このままでいて新しい家族に何と説明するんだ?」


妻の腹に子がいることも調べられているのか。もとより公爵家に逆らうことは出来ないし、男の言うことも尤もだ。深く考えることもなくサインをした。


「……よし。さて、これから出産だと物入りだろう? 異母姉の事で親戚筋とは疎遠になったと聞く。よければ公爵領の外れになるが仕事と家を用意しようかと思っているのだが、如何か」


思ってもない申入れだった。これまで援助金を頼みに定職に就いておらず、今後が心配だったのだ。家も借家から用意された家に移れば居住費もかからなくなる。


「願ってもない事です」


「それは良かった。では、一週間後馬車を寄越すので積荷をまとめて置くように」

少し急かと思ったが、妻も安定期に入った。腹がさらに膨れる前に移動できるのは幸いだ。


妻に重い物は持たせられない為、慌てて私が荷造りをした。不用品は置いていけば借家の解約手続きと共に処分してくれるというので任せることにして、三台もの連なる立派な馬車に乗り込み出発する。揺れもほとんどない。ゆっくりした旅程で宿に泊まりながら進むそうだ。


「私たちここからまた新しい生活が始まるのね!」

妻が嬉しそうにお腹を撫ぜる。

「そうだな。心機一転家族みんなで頑張っていこうな」

俺も清々しい気持ちで決意を新たにした。






「苦しくなった時に捨てた者を頼るような恥知らずが近くにいれば、異母姉の掴んだ幸せを邪魔することになるだろう。

物理的に会えない距離、妻は高齢での出産、育児。夫は金の為に辞められぬ慣れない責任ある常勤の肉体労働。どうにもならないインフラ以外は以前の住居と同様の設備を揃えても田舎の家などこれまでの援助金三月分(みつきぶん)にも満たぬもの。

新しい環境はいいことばかりじゃない。人間関係の再構築や都会とは違う生活様式に慣れる必要がある。風呂に入るにも煮炊きをするにも薪が入り、水汲みが必要不可欠な寒暖差激しく冬には雪に閉ざされる娯楽もないに等しい環境下にこれまで他人の金で物の溢れる暮らしをしていた者共は果たして耐えられるのか。

そういえば、教職にあるにも関わらず教え子に手を出そうとした者も職を失い離縁されて独り身のところを同様な場所に送ったんだったか。法螺吹きで信用ならない為に就職先がなく困っていた卒業生等もまとめて。過酷な環境だが、監視の下、我が領地の為に貴重な資源の採掘に力を尽くして貰えたら僥倖だな」





読了ありがとうございました!

主軸は家族なんですけど、恋愛モノでもある場合はヒューマンドラマなのか恋愛なのか判らずに途中ジャンル変更してます。すみません!ジャンル迷子です……

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