第9話 バ美肉おじさんは覚悟を決めました!
物語の構成を見直して、過去に投稿した話を数行ほど微調整しました。
微調整した話は活動報告に記載しています。
変更箇所は各話の後書きに記載しています。
第9話 バ美肉おじさんは覚悟を決めました!
翌朝。
ルジェが目を覚ますと、頭部がムニュッとした温かいものに包まれていた。
「……素晴らしい夜だったわ…………」
『うむ、動画に残せなかったのが残念だ』
昨夜の出来事を思い出して、ルジェは「はふぅ」と恍惚の吐息を漏らす。
もちろんエロ同人みたいなことはしてないよ?
しかしルジェの言う通り、私たちは素晴らしい体験をしていた。
「むふふ……これぞ至高の枕よね」
ルジェは一晩お世話になった枕に顔を埋めて、その感触をムニュムニュと堪能する。
「んっ……」
枕が艶めかしい嬌声を上げたが、気にしてはいけない。
これは普通の枕がひとつしかなかったから、仕方なく女体を枕にしただけなのだ。
つまりは健全。
二人の美少女が添い寝しているだけだから、限りなく健全なのである。
「むにゅむにゅ~」
「んんっ……!?」
バ美肉ライフ万歳!
「スーハー、スーハー……これが私のものになったら、専用の枕にしてやる」
と、深い谷間で深呼吸しながらルジェが決意を固めたところで、
「……お前は本当に、私の胸が好きなのだな…………」
いつの間にか起きていたアイラに引っぺがされた。
「ああんっ! いけずぅ! これから噛みつくところだったのに!」
ルジェはわざとらしく嬌声を上げ、再びアイラの胸に埋まろうとする。
「こ、こらっ! だから私の胸をオモチャにするな! 今日は神樹守様に会いに行くから、朝から遊んでいる時間はないんだ」
「あー……そんな話もあったわね……」
「……まさか忘れていたのか?」
「枕の寝心地が素敵すぎて、他のことはどうでもよくなっていたわ!」
ドヤッと胸を張るルジェに、
「はぁ~……頼むから神樹守様の前ではまともにしてくれよ? あの人は優しいけれど、怒らせると怖いんだ」
アイラが深々と嘆息する。
「大丈夫、大丈夫。これでもイジっていい人とそうでない人を見極めるのは上手いから」
「私はイジっていい人なのか……」
「デカ乳娘はイジられる運命にあると相場が決まっているのよ」
「そんな相場があってたまるか!」
朝から元気なツッコミを受けたルジェは、ベッドから降りて、ググッ、と伸びをする。
「ま、ちょうどあたしも用事があったし……行くならさっさと行きましょ!」
『いったいどんなお話が待ち受けているのやら……』
そして偉い人に呼び出されるところから、異世界生活二日目は始まった。
身支度を整えて、アイラの先導で岩山の側面に刻まれた階段を上へ上へと昇っていくと、やがて岩山の頂上に聳える巨大樹が見えてきた。
エメラルドグリーンの葉っぱが、今日もキラキラと神秘的に輝いている。
そうして坂道を頂上まで上がると、巨大樹の前でエリアスさんが待っていた。
「――ルジェさん。ようこそおいでくださいました」
彼女の周りには数人のエルフが控えており、彼らはルジェを警戒しているのか、さりげなく腰に下げた武器へと手を添えていた。
「ふーん、ずいぶんなお出迎えじゃない……」
「っ!? 神樹守様っ! これはどういうことですか! 今日はルジェに協力を依頼するだけだと言っていたではありませんかっ!」
まるで敵対しているような雰囲気に、招かれた者として抗議の声を上げると、エリアスさんは静かに謝罪する。
「非礼は詫びます……しかし我々にも余裕がないのです。部外者であるルジェさんに余計なことをされると、下手をすればこの村が滅びるということをご理解いただくため、本日はこのような出迎えとさせていただきました」
「余計なこと……ね」
その言葉がなにを意味するのか並列思考を用いて考えてみれば、すぐに答えは見つかった。
「OK、OK……流石は為政者様ってわけね……あたしはべつにあんたの考えを責めるつもりはないし、あんたの選択は上に立つ者として当然だと思っているわ。だからこれ以上は余計なことをしないし、余計なことも言わないから安心しなさいよ」
余裕たっぷりなルジェの返答に、エリアスさんは初めて表情を歪めた。
まるで苦虫を噛み潰したかのように、彼女は感謝を述べる。
「ありがとうございます……貴女が理性的な方で、ひとまず安心いたしました」
「?? なんの話をしているんだ?」
ここにいるエルフたちは全員が支配階級なのか、会話の内容を理解していないのはアイラだけだった。
『為政者っていうのはえげつねぇなぁ……』
つまりエリアスさんが口にした『余計なこと』とは、ルジェがアイラを連れ帰ったことだろう。
エリアスさんは精霊を使ってアイラを監視しておきながら、彼女がオークの縄張りに行くことを止めていなかった。
その行動と今の状況からわかることは、この村の支配階級はアイラを生贄にしようとしていたということだ。
それも、住民たちには内密に。
まあ、その選択を咎める気はない。
生贄が自発的にその身を差し出して、アイラの身体だけで時間を稼げるのだから、賢い為政者なら当然の選択だろう。
「いちおう訊いておくけれど、オークキングを野放しにするわけじゃないのよね?」
「はい……あと十日ほどで、アルカディア本国から騎士団が送られてくる予定です」
「!? 神樹守様!? それでは本格的に国家間の戦争が……」
「オークカイザーはそこまで愚かではありませんよ。あれはジャギルの使者が【虚実の宝珠】を使い、貴女の居場所を確かめるために吐いた嘘でしょう。まあ、情報収集は失敗に終わったみたいですが」
つまり、アイラを差し出して時間を稼ぐか。
それとも正々堂々と籠城して援軍を待つか。
被害が少ないのはどう考えても前者だから、為政者としてエリアスさんたちは合理的な選択をしたに違いない。
彼女たちが物々しく出迎えてきたのは、精霊の監視に気づいたルジェがこの事実を公表して、村全体の士気が落ちることを警戒していたのだろう。
エリアスさんの表情からして、ルジェが余計なことを言いそうになったときに備えて、暗殺者とかまで配置されていたのかもしれない。
シャドウエルフは暗殺に向いた能力を持ってそうだし、ルジェを案内してくれた女戦士さんが特に怪しい……。
『……早めに気配察知系のスキルを取得するか』
危険な綱渡りをしていたことを悟って、ルジェの背中に冷や汗が流れる。
内心で『あぶなかったぁああああああ!』と叫ぶルジェに、エリアスさんは真剣な顔で単刀直入に訊いてきた。
「……それで? ルジェさんは村のために戦ってくれるのですか? 我々としては是非とも御力を借りたいのですが?」
彼女の言葉には、アイラを連れ帰ったのだから村の防衛に協力しろという意味が含まれている。
しかし、その答えは既に決まっていた。
「もちろん、お断りするわ! だってあたしには、他に守りたいものがあるから!」
堂々と胸を張るルジェに、エリアスさんは怪訝な顔をする。
「……失礼ながら、その答えは理解できません。貴女が守りたいものとはアイラなのではありませんか? それならば、村人たちと協力して戦ったほうが勝算も高いと思うのですが……?」
「神樹守様……私は守られるつもりは――」
自分のせいで戦争が始まる現実に、アイラは悲痛な顔をして口を開くが、
「ちょっとあんたは黙ってなさい!」
その発言はルジェによって遮られた。
物事の中心にいるアイラでは、この状況を変えることはできないから。
こういう時は空気を読まない部外者のほうが、閉塞した状況をぶっ壊せることもある。
だからルジェは胸いっぱいに空気を吸い込んで、ここにいる全員に聞こえるように自身の考えを宣った。
「まずひとつ訂正しておくけれど、あたしが守りたいのはアイラではないわ」
「?」
どうして嘘を吐くのか、と首を傾げるエリアスさんに、ルジェは腰に手を当てて堂々と恥ずかしい台詞を口にする。
「――あたしが本当に守りたいのは、アイラの心よっ!」
「んなっ!?」
シュボッ、と背後でアイラが赤面するのが見なくてもわかった。
しかしルジェは気にせずに、熱いパッションをぶちまける。
「このままオークと戦ったら、この村の人たちにも被害が出て、アイラは悲しんでしまう……それでは意味がないのっ! 誰も傷つけずにオークキングをぶっ殺すことができなければ、アイラの心は傷ついてしまうんだからっ!」
「っ!?」
背後へと振り返れば、そこには茹でダコみたいに顔を赤くするアイラがいた。
その瞳には涙が溜まり、今にも零れ落ちそうになっている。
「そんなわけで、あたしはこの村のためには戦えないわ……世界よりも先に『困っている美少女を助ける』のが、たとえ死んでも変わらないあたしのスタイルだから」
「ルジェ……」
目元を潤ませながら、幼子のようにアイラが手を伸ばしてくる。
「安心しなさい。あんたの心は、あたしが守ってあげるから」
その手をルジェは力強く握り返し、そしてエリアスさんへとギラギラとして瞳を向けた。
ルジェが発する怒気に気圧されて、周りにいるエルフたちが後ずさる。
ひとりだけルジェの瞳を真っ向から受け止めたエリアスさんは、冷静な口調で為政者として問いかけてきた。
「……具体的な方法はあるのですか?」
被害をまったく出さずに五百の敵を倒す。
その方法を問われたルジェは、
「そんなの決まっているじゃない――」
ニヤリと不敵に笑う。
「――あたしとアイラでオークの縄張りまで乗り込んで、正面からオークキングの軍勢をぶっ殺してやるわよ!」
「ふぁっ!?」
無鉄砲な計画を聞いたアイラがルジェに手を握られたまま呆けた声を上げたが、ここは勢いが大事なのでアイラを無視して押し通す。
「だいたいさー。あんたたちって本当にクソ雑魚よねー。たかだがオークキングと千にも満たないオークすら倒せないなんて……そんなのあたしにかかれば小指の先でチョチョイのチョイだっつーの!」
もちろんこれは強がりだが、他にアイラを幸せにする方法が思いつかなかったのだから仕方ない。
ルジェの自身たっぷりな発言に、エリアスさんは本日初めての笑顔を見せた。
「なるほど……どうやら私は貴女の器を見誤っていたようです。稀代の英雄か、それとも夢見がちな愚者か……しかし、どちらにしろ、その手は悪くありません……」
ルジェとアイラが勝てば万事解決。
たとえ負けたとしても二人の生贄が死ぬだけで、援軍が到着するまでの時間は稼げる。
きっとエリアスさんの頭の中では、そんな計算が行われているのだろう。
「わかりました……貴女がそこまで言うのなら、我々は二人がオークキングの討伐に向かうことを許可します……」
彼女の瞳は語っていた。
「……もしも貴女がオークキングを倒した時は、私が『なんでも』お礼を致しましょう」
できるものならやってみろ、と。
●◇●◇●
「――お前はバカなのかっ!?」
エリアスさんとの会談を終えて家に戻ると、すぐにアイラが罵ってきた。
ルジェは耳をほじほじして歩きながら、彼女の罵倒を適当に受け流す。
「バカとは失礼ね……あたしのIQは800くらいあるから、脳ミソをトコロテンにする装置だって作れちゃうんですけど」
ネタが昭和なんだよなぁ……。
まあ、どうせ異世界では通じないんだけど。
「ええいっ! わけのわからないことを言うなっ! たった二人で軍勢を相手にするなんて、どう考えてもバカの発想だろうがっ!」
「……似たようなことしていたくせに」
ルジェの指摘に、アイラは「うっ」と、言葉を詰まらせる。
「わ、私はキングを狙っただけだ……勝算も少なからずあった……」
先ほどまでの勢いを失ったアイラは、髪の毛をいじりながら悲しそうに顔を伏せた。
「そもそもルジェまでこんなことに付き合う必要はなかっただろう……私から依頼しておいてなんだが……私たちはまだ出会ったばかりなのに……」
「なによ、あたしのこと心配してんの?」
「…………当然だ」
アイラは真っ直ぐにルジェの瞳を見つめてくる。
「きのう出会ったばかりだが、私はお前のことを友人だと思っている……かけがえのない大切な友人だと……だからそんなお前が傷ついたら、私は死ぬよりも後悔するだろう……」
今にも泣き出しそうな美少女を前にして、ルジェはニマニマしてしまう。
「同じベッドで寝たんだから、そこは恋人でもいいんじゃない?」
「むぅ……茶化すな」
そして可愛らしく唇を尖らせたアイラに、ルジェは「ごめんごめん」と謝って、最後は真剣な顔でかっこつけた。
「だけど心配は無用よ。たとえどんな敵が現れようと、道はこのルジェ様が切り拓いてあげるから――あんたは黙ってあたしについてきなさい!」
オークキングを倒す方法なんてわからないけれど、私もルジェもアイラがいないと寂しいのだから、あとはもう全力で頑張るしかない。
男らしく堂々としたルジェの台詞に、アイラは耳まで茹でダコになって微笑んだ。
「……ありがとう」