第8話 バ美肉おじさんとエルフの村
短めです。
第8話 バ美肉おじさんとエルフの村
岩山に作られた階段を上がって行くと、やがて標高100メートルほどの辺りに小さな村が見えてきた。
眼下では森林の緑が風に靡いており、まるで緑の海に浮かぶ孤島のようだ。
しかし村の中の空気はどこか殺伐としており、大量の武器を荷車に乗せて運ぶ者や外敵の侵入を阻むバリケードを作る者などが、時おり怒声を発しながら作業をしていた。
「この村の宿泊施設は戦争の準備に使っているため、本日はアイラの家をご利用ください」
籠城に備えて食料の備蓄庫として使っているのだと、エルフの美女から説明を受ける。
「戦争ってオークキングとの?」
「ええ、我々の同胞が狙われておりますので」
アイラを守るために、村全体が動いているらしい。
歩いているとルジェに向かって、
「アイラを連れ帰ってくれてありがとう!」
と声をかけてくる者もいるし、アイラは村人たちから愛されているようだった。
案内のシャドウエルフさんも普段は自警団の戦士として働いているため、戦争になったら最前線で戦うのだとか。
木と岩で作られた建物の間を進みながら、ルジェは続けて質問をする。
「相手の戦力はどれくらいなの?」
「斥候がもたらした情報によれば400から500程度です」
「ふーん……この村の戦力は?」
「自警団に所属するのは30人程度ですが……村の男衆もそれなりに戦えますから、およそ150前後といったところでしょう」
エルフさんの簡潔な答えを聞いたルジェは、苦々しい顔で誰にも聞かれないように呟いた。
「そいつは死人が出るわね……」
女戦士さんに先導されて歩くこと十分。
私たちは村外れにある一軒家へと辿り着いた。
家の横には地球では見たことのない果樹が生えており、周囲には爽やかな甘い香りが漂っている。
「これ……アイラと同じ匂いだ」
ルジェの呟きに、女戦士さんは幾本も生える果樹を指差す。
「あれはポポラの実……この村の特産品です。アイラは果樹園の管理をしているから、匂いが染みついてしまったのでしょう……」
なぜか悲しそうに言う女戦士に、
「匂いが付いたらダメなの?」
ルジェは率直に訊ねる。
「……我らシャドウエルフは、影を操り、影に潜んで戦うことを得意としています」
だから戦士として生まれた者は、身体に匂いが付くことを避けるのだとか。
『シャドウエルフの戦い方ってのはシーフ系なのかね?』
女戦士さんが腰の後ろに着けている武器はダガーのような小型の刃物で、防具も革製の軽そうなものを装備しているから、おそらく間違いないと思う。
「アイラは責任感が強くて、少しでも里の役に立とうとポポラの世話をしてくれていますが……彼女が誰よりも戦闘訓練に励んでいることを知っている同僚としては、純粋に戦士として生きて欲しいのです」
家の中に入ると、そこは暖炉のある20畳ほどのワンルームになっていた。
天井の梁が剝き出しになった建物の内部には、動物の毛皮が敷かれたベッドと、服が入ったチェスト、食器棚に机と椅子が置かれている。
「アイラは遅くまで帰らないでしょうから、家の中の物は自由にお使いください。食事はあとで私がお届けします」
それだけ言うと彼女は軽く頭を下げて、屋外へと出て行った。
アイラの家にひとりで取り残されたルジェは、室内を見回してポツリと呟く。
「デカ乳エルフの部屋を好きにしていいのか……」
『ルジェさん? 欲望がダダ漏れになっていますよ?』
「冗談よ」
ルジェはフッと微笑むと、近くの籠に入っていたポポラの実をひとつ取り出し、顔の高さまで持ち上げて観察する。
大きさは成人男性の握りこぶしくらい。
全体がスカイブルーの薄い皮に包まれていて、触れた感触は適度に柔らかい。
香りはマスカットのそれに近くて、皮ごと齧ってみると味も高級なマスカットだった。
皮に少し渋みがあるが、果肉は甘くて後味もさっぱりしている。
気に入ったルジェはシャクシャクとポポラの実を齧りながら、西側の壁にある窓を開けた。
そこにはエルフの村と岩山の上部が聳え立っており、薄暗くなってきた空模様の中で、岩山の側面には点々と明かりがついていた。
「洞窟が掘られているみたいね」
『それもアリの巣みたいに深くまで掘られているらしい。アイラが持つ外套の気配を追っていたけど、岩山の中をかなり歩いていた』
彼女に渡した血液の外套の位置を、私たちは離れた場所からでも知ることができた。
流石に離れていると外套の形を維持するだけで精一杯だが、操作中の血液は発信機のような使い方もできるらしい。
そのうちどれくらいの距離まで血液操作を維持できるのか調べたほうがよさそうだ。
私が血液操作の活用法について模索していると、窓の縁に肘を置いたルジェが話しかけてくる。
「……あたしたちってさ、戦力として期待されていると思う?」
『そりゃあ……期待されているだろうな』
ルジェは【豚鬼族・放浪者】を倒しているし、アイラの口からルジェのことが語られれば、まず間違いなく戦闘に協力することを求められると思う。
『そもそもこんな状況下で村に招き入れるとか、巻き込むつもりしかないだろう』
私が指摘するとルジェはニヤリと悪戯っぽく笑い、
「まあ、あたしはこの村を守るつもりなんてないんだけど」
窓の外へと視線を向けて、こちらの考えを宣言した。
ルジェが視線を向けた先では微かに空間が歪んでおり、そこから私たちを観察するような気配を感じる。
そしてしばらく見つめていると歪みが霧散して、こちらを観察するような気配もなくなった。
「……今のが精霊ってやつかしら?」
『ああ、今になって気づいたが……同じ気配がアイラの近くにもあった』
おそらくあれは村を抜け出したアイラを監視していたのだろう。
「つまり、あたしたちはずっと見られてたってわけか」
『……どうする? 飼い主は十中八九、エリアスさんだぞ?』
あの底知れぬエルフはひとりだけ、アイラと私たちが村に帰還したことに気づいていた。
ずっと監視していたと考えれば、彼女の言動に説明がつくのだ。
ヘタをすればエルフ村のトップと敵対するかもしれない状況だが、しかしルジェは笑みを深くする。
「そうね……まずは腹を割って話してみましょうか。どうせそのうち呼び出されるだろうし」
そう言って、アイラがいる方向を見るルジェの瞳は、オークと戦ったときと同じくらいギラギラしていた。
しばらくするとエルフの女戦士さんが再び訪ねてきた。
彼女は暖炉に火を付けて、料理の入ったバスケットを手渡してくれる。
「こちらは貴女の分と、アイラの分になります」
女戦士さんはそれだけ告げて、忙しそうに帰っていった。
おそらく彼女も戦争の準備を手伝っているのだろう。
バスケットの中には薄くスライスされた黒パンに野菜とローストした肉を挟んだサンドイッチ、湯気を上げる茹でた腸詰、ドライフルーツが入っていた。
『食べないのか? 冷めてしまうぞ?』
料理を眺めるだけで手を付けようとしないルジェに訊ねると、彼女は唇を尖らせて抗議してくる。
「これだから独り暮らし歴の長いおじさんは……アイラがまだ帰ってきてないでしょ?」
『!?』
心を抉られた私が黙ると、
「……あの子がいないと寂しいわね」
寂しさに駆られたルジェは、アイラの服が入ったチェストの前まで移動し、勝手に中を漁り始めた。
「待っている間は暇だから、アイラの下着でもチェックしておきましょ♪」
『んん! 美少女にしか許されない遊び!』
ルジェはチェストから次々と布地を取り出して、それを床の上へと並べていく。
「うーん……なんか地味ぃ」
しかし出てきた下着はトランクスのようなものばかりで、デカ乳エルフの下着を並べたというのに、まったく色気がなかった。
さらに胸部下着は存在せず、普段からアイラがノーブラで過ごしていることが判明してしまう。
「あの子のクーパー靭帯が心配だわ……」
『デカイと垂れやすいって言うからなぁ……』
私とルジェはそろって嘆息する。
これは下着の開発を急いだほうが良さそうだ。
「まったくアイラは女子力が低いんだから……」
そして色気の無い下着を眺めていると、ガチャッと玄関が開いて、疲れた顔をした家主が帰ってきた。
「ただい――なにをやっているんだ、お前は!」
自分の下着が床に並べられた光景に、アイラは整った柳眉を逆立てる。
しかしルジェは彼女の詰問を無視して、逆ギレしながら説教をかました。
「なによこの色気の無い布切れは! あんた元はいいんだから、もっとかわいい格好をしなさいよ!」
「ええ……」
傍若無人でレズビアンな客人と、押しに弱いデカ乳エルフ。
そんな二人の関係を前に、私は胸をときめかせる。
『これでベッドがひとつしかないなんて……最高の宿じゃないか……』
この素敵な関係を守るためならば、私とルジェはそれこそ『なんでも』できるだろう。
それから私たちはアイラをからかいまくって、これから待ち受ける戦いに備えて英気を養った。
2022/01/09 下記のように変更しました。
心を抉られた私が黙ると、暇を持て余したルジェはアイラの服が入ったチェストの前まで移動し、勝手にアイラの服を漁り始めた。
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心を抉られた私が黙ると、
「……あの子がいないと寂しいわね」
寂しさに駆られたルジェは、アイラの服が入ったチェストの前まで移動し、勝手に中を漁り始めた。