第4話 バ美肉おじさんVSはぐれオーク
第4話 バ美肉おじさんVSはぐれオーク
体の横を巨大な刃が通り過ぎていく。
ルジェはそれを紙一重で躱して、ただひたすらに逃げていた。
「こなくそっ!」
武術系のスキルでも所持していたのか、武器を抜いたオークの攻撃は、先ほどまでの獣じみた行動がウソのように洗練されている。
しかも相手は巨大な鉈剣を、まるで小枝のように片手で振り回してくるのだから、私たちは回避に専念するしかなかった。
ひとつひとつが必殺の威力を持ち、それが四方八方から襲いかかってくる怒涛の攻撃。
「ブッギィイイイイッ!」
そんな攻撃を受け続けて、まだルジェが真っ二つにされていないのは、相手が手加減をしているからだろう。オークはまだルジェを生け捕りにすることを諦めていないらしく、ずっと手足を狙って攻撃しているのだ。
どうやら達磨にして持ち帰るつもりらしい。
「あああああっ! ムカつくっ!」
今もまたバックステップしたルジェの右腕に剣鉈の切っ先が引っかかり、巨大質量による攻撃に抗えず、右腕の肘から先が千切れ飛ぶ。
『はい、これで12回目』
私は冷静に【操血】スキルで腕を回収し、千切れた断面同士をくっつけた。
くっつけた腕は【再生】スキルですぐに繋がる。
そんな無限ループが先ほどからずっと続いており、ルジェもオークも双方ともにストレスを溜めてイラついていた。
「ブゴッ! ブゴゴッ! ブッガアアアアアアア!」
「なに言ってんのかわかんないのよ! この腐れ豚がああああああっ!」
『お互いに似たようなことを言ってるんじゃないか?』
え? 私はどうして落ち着いているのかって?
そんなの勝利を確信しているからに決まっているだろう。
しばらく戦いを見ていてわかったのだが、ルジェの肉体は優秀な性能をしているらしく、動きがめちゃくちゃ早かった。
おそらくオークは【体術・基礎】よりも数段上の武術スキルを持っていると思うのだが、それでもオークの攻撃は数十回に一度くらいしかルジェに当たらない。
反射神経も、動作の速さも、純粋な足の速さも、ルジェのほうが上。
つまり本気でルジェがこの戦闘から逃げ出そうと思えば、いつでも逃走は可能ということである。
まあ、今は頭に血が上っているから、絶対に逃げないだろうけれど……スピードで勝っているならば、勝つ方法は色々とあるだろう。
実際、私は前世で読んだバトル漫画を参考に、いくつかの勝ち筋を思いついていた。
『ルジェ……少しいいか?』
「なによ! あたしは勝つまで戦うからね! ここまでボコられて引き下がれるか!」
『いや、だから、勝つ方法を教えようと思っているのだが……』
「ほんとにっ!?」
こちらの考えが読めないほど戦いに熱中していたルジェが、唐突な吉報に油断する。
「ブゴゴッ!」
それを見逃すほど手練れのオークは優しくなく、地面を滑るような斬撃でルジェの両足を狩り取った。
「ぬあっ……しまった!?」
これまで機動力を失うことを恐れて足への攻撃だけは絶対に回避していたというのに、こんなことで油断するとは情けない。
両足の支えを失った胴体がドサリと地面に落ちる。
すぐにそこへオークが飛びかかってきて、ルジェの上に大きな影が覆いかぶさった。
〈――100SPを使用して【潜影・基礎】を取得しました〉
オークの巨体がルジェへとぶつかる直前に、私は緊急回避用に用意しておいたスキルを取得して、影の中へとルジェとルジェの両足を引きずり込む。
ドスン、と頭上で重々しい音がして、ルジェが見上げるとそこには、消えた獲物に困惑するオークの姿があった。
ほっと息を吐いたあと、ルジェはペコリと頭を下げる。
「……ごめん、クロノ。ちょっと油断した」
『まあ、まずは足を治そうか』
私はルジェの両足を繋げながら、途切れていた精神的な繋がりを再構築し、同時に軽い説教を行う。
『べつに熱くなるのは構わないが、私のことも忘れないでくれよ?』
「うん……」
『お前が動いて、私が考える。それが私たちで決めた役割分担だったよな?』
「うん……」
『脳ミソと肉体がバラバラでは、勝てる戦いも勝てないだろう』
「おっしゃる通りです……」
と、ひとしきりの説教が終わったところで、切り離されていた精神的なリンクが戻ってくる。
いや、熱中しすぎると並列思考間の繋がりが失われるとか、ここで知ることができてよかったよ。
もしもオークよりも格上との、さらにギリギリな戦闘でこんなエラーが発覚していたら、軽く死ねるところだった。
「つまり心は熱く、頭はクールに……ってことね」
『わかればよろしい』
精神が繋がった今ならば、私が考えたオーク打倒の作戦もルジェへと伝わっているし、この戦いは勝ったも同然なのだ。
「うわ……作戦内容が狡い…………」
『なぁに、勝てばいいのだよ、勝てば』
「……それもそうね」
ニヤリと凶悪な笑みを浮かべたルジェは、足をパタパタと動かして、ちゃんと繋がっていることを確認する。
そして影の中で立ち上がると、上を向いて、いまだに消えた獲物を探しているオークを睨みつけた。
「いくわよ、クロノ」
『ああ、先手必勝だ』
そして私は残ったSPを使用して、オークを殺し得る刃をルジェに与えた。
〈――100SPを使用して【鋭爪・基礎】を取得しました〉
スキルを意識すればニョキニョキとルジェの爪が鋭さを増し、両手の指先に十本の小さな凶器が現れる。
それを確認したルジェは、完全に油断しているオークの背後へと、影の中から跳躍した。
「キャハッ♪」
ルジェは両手を縦横無尽に動かして、オークの全身に引っ掻き攻撃を仕掛ける。
「ブガアアアアアアッ!」
唐突な痛みに激昂したオークが剣鉈を振り回すが、その刃が届く前に、ルジェは安全圏へと退避していた。
そして再び地上で対峙した、オークと吸血姫。
しかし先ほどまでと違うのは、オークの体に小さな傷が無数に走り、そこから少しずつ血が滲んでいる点である。
それは生物を殺すには少なすぎる出血量だけれど、私たちにはそれで充分だった。
『――【操血】』
なぜならこちらには血を操るスキルがあるのだから。
オークから流れ出た血液が、一滴ずつルジェの周囲へと飛来する。
「ブ、ブゴッ!?」
一個の傷から一滴。
十個の傷から十滴。
そして無数の傷からは、無数の血液が飛来する。
傷口とは血液が固まって塞がるものだから、固まる血液を盗られてしまえば傷は永遠に塞がらない。
ルジェの周りに浮かぶ血球は最初こそ小さなものだったが、やがてそれは大きな血球となり、己の体から命が流れ出ていることに気づいたオークが慌ててこちらへと駆け寄ってきた。
「ブゴッ! ブゴオオオオオッ!」
オークは必死で剣鉈を振り回し、今度はルジェを殺そうと襲ってくるが、本気で回避することに専念したルジェは攻撃範囲に入ることすらしなかった。
反撃しなくていいのなら、わざわざ刃圏に入る必要もないのだ。
そしてルジェよりも足が遅いオークは、決して追いつくことができない。
「ブ~タさ~んこ~ちら♪ 手~の鳴~るほ~へ♪ キャハハハハハハッ♪」
ここぞとばかりにメスガキムーブをかますルジェに、激怒したオークは頭に血を上らせて、さらに出血量を増やしてしまう。
そのまま息切れしたオークは、やがてフラリと立ちくらみしてその場に膝を突いた。
すでにルジェの横には直径一メートルほどの巨大な血球ができており、オークは震えながらその血球へと手を伸ばす。
「なぁに? 豚さん? もしかして返してほしいのぉ?」
ニタニタと笑うルジェ。
彼女は大きな血球から30センチほどの血球を分けると、それをオークの顔に向けて飛ばす。
「いいよぉ、返してあげるぅ」
オークの顔面へと直撃した血球は【操血】の力で鼻と口の周囲に留まり、血液を失って喘ぐオークから、さらに空気まで奪い取った。
まさしく鬼畜の所業である。
「……作戦を考えたのはあんたでしょ」
『うむ、口を付けずに血液を吸い尽くす。これぞ吸血姫らしいオシャンティな戦法だろう』
やがて喉を掻きむしりながらオークは倒れ、そのままピクリとも動かなくなる。
このまま続ければ人型生物の命を狩り取ることになるわけだが、ルジェを犯そうとしたケダモノに慈悲を与えるつもりなどまったくない。
「あたしが言うのも何だけど……クロノってさ……わりとサイコパスだよね」
『バ美肉おじさんだからな』
「真理!」
そしてオークからさらに血を抜いていると、視界の隅に大量のログが流れた。
〈――戦闘に勝利しました〉
〈――【豚鬼族・放浪者】から162SPを吸収しました〉
〈――行動経験により14SPを獲得しました〉
〈――行動経験により【操血・基礎】が【操血・中級】へと成長しました〉
〈――行動経験により【軽業・基礎】が【軽業・中級】へと成長しました〉
〈――行動経験により【並列思考・基礎】が【並列思考・中級】へと成長しました〉
〈――行動経験により【体術・基礎】が【体術・初級】へと成長しました〉
〈――行動経験により【再生・基礎】が【再生・初級】へと成長しました〉
〈――【豚鬼族】の種族スキルがアンロックされました〉
〈――【放浪者】の職業スキルがアンロックされました〉
〈――職業【格闘家】が選択可能になりました〉
〈――職業【狂戦士】が選択可能になりました〉
〈――職業【放浪者】が選択可能になりました〉
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《職業一覧》
見習い:【見習い格闘家】
初級職:【格闘家】
中級職:【狂戦士】【放浪者】
固有職:【吸血姫】
新規取得スキル:【潜影・基礎】【鋭爪・基礎】
《取得スキル一覧》
◆職業
【体術・初級】【軽業・中級】
◆種族
【吸血・基礎】【再生・初級】【操血・中級】
【並列思考・中級】【潜影・基礎】【鋭爪・基礎】
【聖邪吸収】
◆固有
【金月神の祝福】
《保有魂素量》……176SP
次回、ヒロインが登場します!
ルジェ「ヒロインなら最初から登場してるけど?」