第1話 バ美肉おじさんは転生しました!
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第1話 バ美肉おじさんは転生しました!
バーチャル美少女受肉おじさん――略して『バ美肉おじさん』。
それはサイバースペースで制作した美少女アバターに、おじさんが特殊な機材を用いて憑依合体し、理想の美少女へとトランスフォームする変身願望の到達点。
かわいいを誰よりも追求する異色のVチューバ―。
人類の性癖に災厄を齎すパンドラの箱。
見た目は美少女なのに中身はおじさんなのだから、これほど業が深い存在は三千世界を探しても他にいないだろう。
私――黒野聡志は、そんなバ美肉おじさんとして働いていた。
どうしてそうなったのかは自分でもよくわからない。
三十代の半ばまではブラック企業に勤めるエンジニアとしてプログラミング用語をこねくり回していたのだが、気がつけば私は上司のハゲ頭に辞表を叩きつけてバ美肉おじさんになっていた。
いや、前からメス声の伝道師である魔王様とか、自分の中身をおじさんだと勘違いしているウサ耳幼女の動画を見て『なんかいいなー』とは思っていたのだが……まさか自分がバーチャル美少女受肉するとは思っていなかった。
きっと貯まりに貯まったストレスが美少女の形となって顕現したのだろう(超常現象)。
……人生ってなにがあるかわからないですよね。
と、まあ。
そんなこんなで私は脱サラしてVチューバ―を目指したわけだが、最初の一年くらいは自分が受肉する美少女キャラを制作することに費やした。
キャラクターデザインを自作するためにイラストの描き方を本格的に学ぶことから始め、ボイスチェンジャーで理想のメス声を創造し、性癖を深く掘り下げることで己の中にある『究極の美少女像』を探求する日々。
上手くいかなくて何度も発狂しそうになったけれど、それは間違いなく、私の人生において最も充実した時間だった。
そうして産まれた私の美少女アバターは、他のバ美肉おじさんに負けないくらい可愛いと思っている。
メスガキ系バーチャル美少女――【血飲屋ルジェ】。
キャラのコンセプトとしてはロリ体型の【吸血姫】的な存在をイメージしてもらえれば間違いない。
数奇な運命のもとに生まれた彼女は、闇を統べる吸血神である父親と吸血鬼ハンターの母親の間に生まれた【半吸血鬼】であり、また常軌を逸した戦闘能力を持つ【半神半人】でもある。
普段は死んだ母親の仇である吸血神を追うために吸血鬼ハンターとして活動しているが、生活費が足りなくなるとVチューバ―として動画配信し、広告収入でお酒を買って吸血衝動を誤魔化している……という設定である。
性格は傲岸不遜な戦闘狂で。
好きなものは美少女とアルコール。
嫌いなものは不潔な男と酢豚に入ったパイナップル。
口先は小生意気だけど、根は優しくて、困っている美少女は見過ごせないところが彼女の美点であり、困っていない美少女にはセクハラしてしまうところが欠点である。
そんな厨二な設定を持つ美少女は、もちろん私が創作したフィクションな存在なのだが……今はもう想像上のキャラクターではなくなってしまったかもしれない。
なぜなら私が覗き込んだ水溜りに、ルジェの姿が映っているのだから……。
巨大な樹木が生える幻想的な森の中。
水面に映る妖精のような美少女の姿に、私は感動を抱きながら見惚れていた。
腰まで流れる赤髪。
整った顔立ちと、大きな赤い瞳。
桜色をした唇の間にはチャームポイントの吸血歯がキラリと輝き、シミ一つない真っ白なお尻はゆで卵のようにプリプリしている。
え? どうしてお尻が見えているのかって?
そんなの全裸だからに決まっているだろう。
「ふおぉ……」
喉から出た声も甲高いものとなっており、その心地良い音色は、とても聞き覚えのあるものだった。
「!? これはボイスチェンジャーの……!?」
聞き間違えるはずがない。
それは理想のメス声を求めて、私が長いこと調整してきた声なのだから。
そして、己の身に起こった奇跡の正体に気づいた私は、全力でシャウトした。
「ふぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!? にゃっはぁあああああああああああああああああああああああっ!!」
喜びすぎて変な声が出た。
予想が正しければ、これはいわゆる異世界転生というやつだろう。
目を覚ましたら全裸で森の中にいたのだから間違いない。
どうやら私は本当の意味で『バーチャル美少女受肉』したらしい。
……ほんと、人生ってなにがあるかわからないですよね。
あまりの嬉しさにロールプレイのスイッチがオンになる。
「バ美肉転生とか……最っ高だわっ!」
夢なら絶対に醒めないで欲しい。
前世の私は冴えないおじさんだった。
38歳で独身な、恋人も友達も家族もいないおじさんだった。
誰かに愛されたくて『バ美肉おじさん』になったけれど、ルジェとしてのライブ配信が終わった後にはいつも孤独なおじさんだけが取り残されて……そんな現実に絶望しているおじさんだった。
だから、どうか、夢でも醒めないでくれ。
私をここに送り込んだのが神なのか女神なのか邪神なのかはわからないけれど、それでも全力で感謝しよう。
バ美肉させてくれてありがとう!
なにかを頼まれたわけでもないということは、自由に生きていいのだろうし、私は全身全霊でルジェを演じることにするよ!
今こそおじさんは究極の美少女へと進化するのだ!
そんな決意を固めた私は、まずは傲岸不遜なルジェらしく全裸のままで偉そうなことを言ってみる。
足は肩幅。
両手を腰に。
キャハッと好戦的な笑顔を満面に浮かべて。
さんっ、はいっ。
「――あたしの時代が始まったわね!」
そして冴えないおじさんの『バ美肉ライフ』も始まった。