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07:アリシアの同僚たち

 アリシアの朝は早い。


 鳥のさえずりが聞こえるよりも先に目を覚ますと、慣れた動きでカーテンと窓を開けて外の冷たい空気を一気に吸い込む。

 秋のひんやりとした冷気が眠気をすっかり吹き飛ばしてくれる。


 アリシアは小さく「よしっ」と気合を入れた。


 早いもので明日はクライヴ・レイモンドとのランデブーの日になっている。

 その影響もあって明日は休暇を貰っている――というより与えられた――ので、今日の業務にも一層身が入る。


 少し乱れたベッドを整えてから壁際のクローゼットに歩み寄り、そこに掛けられているいくつかのドレスの中から黒のドレスと白いエプロン、それからキャップを取りだした。

 フィオナの御側付きであるアリシアはメイドや下級侍女と違って仕事中に私服を着ることが認められているが、アリシアは外出するとき以外は決まって支給されている侍女用のドレスを着ている。


 取りだしたドレスを身に着けて鏡台の前に座った。

 寝ぐせなのか、それとも生まれつきの癖毛なのか、亜麻色の髪は所々ピョンピョンと跳ねていた。

 それを丁寧に梳かした後、うなじの近くで一つに纏めた。


 こうすれば夕方になっても癖が目立たない。


 その場で立ち上がって、鏡台の鏡の前でくるりと一回転する。

 自分の身だしなみをチェックしてからアリシアは満足げに頷いた。


「さて、今日も一日頑張りますかっ」



     ◆ ◆



 長く広い廊下。端に並べられている高価な調度品を丁寧に清掃しているメイドたち――平民出の使用人――と軽く挨拶を交わしながら、目的の部屋へと入る。

 室内はすでに何人かの人影があった。


「アリシア、おはよー」

「おっ、おはようございます、アリシアさんっ」


 侍女の待機室兼休憩室で話をしていた二人がアリシアに気付いて声をかけてくる。

 手をヒラヒラと振りながら貴族令嬢らしからぬ砕けた口調で挨拶をしてきた緑髪の女性がハンナ・エルトン。

 エルトン子爵家の長女で、アリシアの二つ上。


 そしてもう一人。小動物の様な可愛らしい雰囲気を纏っている桃髪の少女がエルシー・コリー。

 コリー子爵家の次女で、アリシアの二つ下。

 つい先月この屋敷に奉公にやってきたばかりのアリシアにとっては初めての後輩だ。


「おはようございます、二人とも」


 にこやかに微笑みかけながら扉に向き直って静かに閉める。

 ハンナが「飲む?」と言って差し出してきたハーブティーを受け取って、部屋の中央に置かれている木製の丸テーブルの前に座った。


 アリシアはハーブティーを飲みながら、前日の夜に侍女長から伝えられた侍女のシフトを思い起こす。


「ハンナさんは今日、午後はお休みでしたよね?」

「そうなの。……実はこの後ランデブーがあってね」

「っ、ラ、ランデブーですか」


 あまりにタイムリーなワードに思わずハーブティーが喉元で止まってしまう。

 上機嫌な様子のハンナに、アリシアは落ち着きを取り戻しながら話しかける。


「ランデブーというと、この間お話ししていた?」

「そうそう。お隣のモール伯爵家の三男、カーティス様。……実は、近々正式に結婚することになっているのよ」

「け、結婚!? 凄い、おめでとう!」

「あ、ありがとう」


 ハンナとはこの屋敷で二年の付き合いになる。

 アリシアにとっては親友のような存在であり、それはハンナにとっても同様だろう。


 思わぬ友の吉報に席を立って喜ぶと、ハンナはそれに気圧されたように苦笑した。

 それから少しだけ表情を暗くする。


「ま、そういうのもあって近々この屋敷を出ることになったから」

「そ、そっか……そうよね」


 元々貴族令嬢たちはこの屋敷へ行儀見習いという名目で奉公に来ている。

 社交界デビューをした令嬢は晴れて一人前のレディになり、それと同時に実家へ帰ることが多い。

 結婚相手まで見つけたのならこの屋敷に留まる理由もないし、ハトルストーン公爵家としても実家に帰って欲しいというのが本音だろう。


 とはいえ、長く共にいた仕事仲間がいなくなるというのは寂しい。

 ハンナの表情につられるようにアリシアも暗く沈んでいると、パッとハンナは笑った。


「そんな暗くならないでよ。お互い子爵家同士、これからパーティーで顔を合わせることもあるんだし。それに、あたしがいなくなってもエルシーがいるでしょ」

「そ、そうですっ。エルシーも頑張りますからっ」


 アリシアを元気づけるようにエルシーがむんっと両手を胸の前で握って見上げてくる。

 その可愛らしい仕草に思わず笑いながら「ありがとう」と微笑んだ。


「それにしてもハンナが結婚かぁ……」

「アリシアはいないの? いい相手」

「わたしはまだ社交界デビューもしてないもの。いないわよ」

「あー、フィオナ様に遠慮してたもんね。じゃあこれからってわけだ」

「そうね。わたしも近いうちに」


 とはいえ、ハンナのようにすんなりと結婚相手が見つかる方が割と珍しかったりする。

 アリシアは自分が社交界デビューした後のことを考えてみるけど、結婚相手がどういう人になるかは思い浮かばない。


 ――これからよろしくね。僕の婚約者殿。


(~~っ、ど、どうして今クライヴ様の顔が……っ)


 頭をぶんぶんと振って邪念を振り払う。

 明日のランデブーを意識しすぎているみたいだ。


「そういえばあたしの休みで思い出したんだけど、アリシアも明日一日休暇取ってるよね? 最近休み多くない? あたしが言うことじゃないと思うけど、御側付きがそれで大丈夫?」

「あはは、大丈夫大丈夫。侍女長にも許可は貰ってるから」

「そう? ならいいんだけど」


 ハンナが渋々納得するのをよそに、アリシアはほっと胸を撫で下ろす。


(まさか明日クライヴ様とランデブーするから、なんて言えないものね)


 ふと顔を上げると壁に掛けられている時計の短針が六を刻んでいた。

 アリシアはハーブティーの残りを飲み干すと、「ご馳走様」と言いながら立ち上がる。


「それじゃ、わたし行ってくるわね」

「頑張って~」

「い、いってらっしゃいですっ」


 同僚たちの声を背に、アリシアは部屋を後にする。

 そして、フィオナの私室へと足を向けた。

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