表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/28

06:フィオナの弱音

「……アリシア、怒ってますの?」


 アリシアが婚約破棄までの間、フィオナの仮面をかぶってクライヴと交際することで話が纏まった後。

 フィオナの私室に彼女と共に戻ったアリシアは、彼女に寝巻きの着付けを行っていた。


 カジャアルなドレスを脱ぎ、身軽になったフィオナがおずおずと訊ねてくる。

 アリシアは着付けを行っていた手を止めると、努めて不機嫌を装いながらむすっと頬を膨らませる。


「当たり前です。……フィオナ様の折角の社交界デビューだったのに」

「……ふふっ」

「ど、どうして笑うんですかっ」


 本当に怒ってるんですからね、と。

 小さく笑うフィオナに抗議する。


 フィオナは肩を震わせながら「ごめんなさい」と形だけの謝罪をした。

 どうして彼女が笑っているのか不思議に思いながら着付けを再開する。


「――それに、クライヴ様も気の毒です。わたしも今日話しただけですけど、彼のフィオナ様への愛は本物でした」

「……そう言われても、わたくしは会った記憶がありませんわ」

「忘れられているだけでは?」

「わたくしを疑うよりも貴方を疑った方が賢明でしてよ? ここ二年、わたくしの代わりに社交界に出ていたのは貴方ですもの」


 それを言われてはアリシアに返す言葉もない。

 だが、やはりクライヴと話した記憶がなかった。


 お互いに仮面をかぶっていたというのもあるし、相手のことを覚えようとも思っていなかったというのもある。

 あれだけの愛情を向けられる記憶は、やはりなかった。


「……どちらにしても、わたしはクライヴ様もなるべく不幸にならないように頑張るつもりです」

「どうやって?」

「ランデブー中、わたしは嫌な女になるつもりです。そうすればクライヴ様もわたし――フィオナ様のことをお嫌いになるでしょうから」

「何それ、面白いですわねっ」

「笑い事じゃありません!」


 他人事のように笑うフィオナにため息を零すアリシア。

 やがて目尻に浮かんだ涙を拭いながら、フィオナは「いいわね」と頷く。


「元はと言えばわたくしの我儘が原因だもの。アリシア、好きにやって頂戴」

「……元よりそのつもりです」


 アリシアは憮然と応えながらも、内心ではフィオナのお墨付きをもらえたことをホッとしていた。


 嫌な女を演じる上で一番害を被るのはフィオナだ。

 もしクライヴが社交界で彼女の悪評を立てればそれがそのままフィオナの評価になってしまう。

 だが、フィオナはそのことを毛ほども痛痒を感じない様子だった。


「ともかく、クライヴ様の一件が終わったら今度こそわたしは代わりを務めませんからね。……そういえばフィオナ様、今日はどこにお隠れになっていたんですか?」

「庭園の納屋よ。庭師に匿ってもらっていたの」

「……今度から同じことがあったときはそこもわたしの手で探すことにします」


 もう起きないことを願いながらアリシアはそう呟いた。


 寝巻きの着付けが終わると、鏡台の前で軽く髪を梳かしてから纏める。

 アリシアの亜麻色の髪とは対照的に真っ黒な艶のある髪が燭台の灯りを纏って夜の水面のように揺れる。

 フィオナに扮する時はいつも染料で黒く染め上げているとはいえ、こうも綺麗な黒には染まらない。


 侍女として、主人の髪を丁寧に扱う。

 左肩から前に下げるように纏めれば、寝る支度は全て整った。


「さ、今日はもうお休みになってください」


 鏡台の上に置いた燭台を手に、アリシアはそう話しかけた。

 フィオナはいつも通り鏡台から立ったその足でベッドへ向かい、縁に腰掛ける。


 その姿を見届けたアリシアはそのまま扉へと足を向ける。

 そんな彼女の背中に声がかけられる。


「アリシア、本当にごめんなさい」

「……っ」


 そのあまりにも弱々しい声に、アリシアは思わず振り返った。

 薄暗くてあまりよく見えなくても彼女の表情がわかるほどの声だった。


 アリシアが何も言えずに立ち尽くしていると、彼女はポツリポツリと零し始めた。


「信じてもらえないと思うけど、今朝までは本当にパーティーに出席するつもりだったの。……でも、どうしてもダメで。逃げてしまった」


 気付けば、アリシアは彼女の傍に歩み寄っていた。


 燭台をベッドの傍のテーブルに載せてから屈み、フィオナと目線を合わせる。

 フィオナの手は膝の上で強く握られていた。

 その手にアリシアはそっと自分の手を重ねると、優しい声をかける。


「信じていますよ。大丈夫です。フィオナ様ならきっと大丈夫です」

「……アリシア、ありがとう」


 いつも元気で少し傲慢な彼女らしくない嗚咽が零れだす。

 アリシアはそっと彼女を抱きしめて、落ち着くまでそうしていた。



     ◆ ◆ ◆



 ゆらゆらと揺れる燭台の灯りを手に、フィオナの私室を後にしたアリシアはハトルストーン公爵邸の廊下を歩いていた。

 足取りは確かでも、その頭の中には先ほどのフィオナの様子が何度も再生されていた。


(フィオナ様……やっぱり社交界で何かあったのよ)


 そんな予感はしていた。

 詳しくは訊いてこなかったけど、今日のあの姿を見て確信した。

 フィオナはただ我儘を言っているだけではない。


 本当に社交界が嫌で……怖いんだろう。


 そうは言っても公爵家の令嬢であれば社交界からは避けては通れない。

 アリシアとて、ずっとこの屋敷にいるわけにはいかない。

 子爵家の令嬢としてどこかの家の令息に嫁ぐことになるのだ。


 それまでにフィオナが社交界へ胸を張って出れるよう、何かできることはないだろうか。

 そんなことを思いながらも、ひとまず今週末のランデブーに意識を向けた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ