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04:婚約者

 イレギュラーがありながらもフィオナ・ハトルストーンの誕生日パーティーはつつがなく進行していた。

 パーティーの主役であるフィオナへの挨拶を済ませた招待客たちは会場内に知り合いを見つけてはここぞとばかりに会話を始める。


 ホール内にはいくつものグループが形成され、思い思いに歓談を楽しむ頃、アリシアはクライヴと共に庭園のガゼボでお茶をしていた。

 婚約が成立した後、両家の親が親睦を深めるために二人きりの場を設けてくれたのだ。


 もっともアリシアにとっては余計なお世話だった。


(はぁ……今日一日の我慢、頑張るのよ、アリシア!)


 穏やかな表情でティーカップを傾けながら、アリシアは自分を叱咤していた。

 芳醇な香りが漂う紅茶で舌を湿らせていると、眼前で同じように舌鼓を打っていたクライヴが口を開いた。


「すまなかった、フィオナ嬢」

「えっ」

「突然あのような場で求婚を申し出てしまって。本来ならきちんとした手順を踏むべきだろうし、僕たちにも立場はあるからね。……だけど、君を見た時につい我慢できなくなってしまったんだ」


 整った顔に苦笑を浮かべて、クライヴは後悔が少しとそれを遥かに上回る喜びを嚙みしめた様な声で伝えてくる。

 言葉とは裏腹に全く反省しているように見えないクライヴの容姿に、アリシアもまた小さく笑う。


 彼の柔らかい眼差しといつまでも耳に残るような響きを持った声が自分ではなくフィオナに向けられていることはわかっている。

 それでも胸と顔が熱くなるほどの深い愛情を彼から感じる。


 もう一度ティーカップを持ち上げて顔を隠しながら、アリシアはふと疑問に思った。


「一つ、お尋ねしても?」

「もちろん。僕に答えられることならなんなりと」

「どうして突然このようなお話を? わたし……わたくしとクライヴ様は面識がなかったと思いますけれど」


 つい口調が素に戻りそうになってしまった。

 今の自分はフィオナなのだと、アリシアは自分に言い聞かせる。

 アリシアの問いに、クライヴは一瞬悲しそうな表情を浮かべた。


「やはり覚えていないか。……そうか、そうだよな」

「何をですか?」

「いいや、こちらの話だよ」


 クライヴは小さく頭を振るとアリシアの目をジッと見つめる。


「フィオナ嬢はどうして僕の求婚を受け入れてくれたのかな」

「質問に答えていただいていませんけれど……」

「そうだった。……一目惚れ、というやつかな。この答えでは不服かな」


 悪戯っぽい笑みでそう言われて否と言える者がどれほどいるだろうか。

 少なくともアリシアはできなかった。


「さて、今度はフィオナ嬢の番だけど」

「……クライヴ様を怒らせてしまうかもしれませんけれど」

「怒らないよ、約束する」


 優しくそう言われてアリシアは決心がついた。


 正直なところ、アリシアだって一目惚れをしたとか、そういう適当な理由を返してもよかった。

 だが、今のアリシアはフィオナ・ハトルストーン。

 あまり適当なことを言って後々の関係性がこじれるのはよくない。


 アリシアは数瞬言葉を選んでから口を開いた。


「あの場で、クライヴ様から求婚されて断れる者はいませんわ。公爵家の者同士、立場を考えてのお返事です」

「……そうか。まあそうだろうとは薄々思ってはいたけど、面と向かって言われると少し悲しいな」


 本当に悲しそうに言うものだからアリシアは自分が悪者のような気がして心が痛んだ。


(だけど、それが偽らざる本心だもの。わたしにとっても、フィオナ様にとっても)


 フィオナは今まで社交界から逃げ続けてきた。

 そんな彼女が仮にこの場にいても、クライヴからの求婚を受け入れていただろう。

 それは彼に好意を寄せたからというわけではなく、お互いの立場を考慮して。


 同格である公爵家からの求婚を衆目の前で断れば、レイモンド公爵家が一方的に恥をかきかねない。

 そうなれば両家の間に軋轢が生まれるだろう。

 穏便に事をすませるには、少なくともあの場では求婚を受け入れるほかない。


 クライヴの口振りからそれは意図して行ったことではないのだろうが、あの時点で選択肢はなくなっていた。


「クライヴ様がわたくしのことを愛して下さっていることは嬉しく思います。ですが、わたくしは貴方のことを何も知りません。……婚約のお話を受け入れたのも、あの場を治めるためであったとお心得下さい」


 一介の侍女が言うことではないと思いながらもアリシアは敢えて厳しい言葉を選んだ。

 フィオナたちのことも考えてのことだが、何よりも目の前のクライヴを思ってのことだ。

 自分には貴方への好意はないとそう伝えることで余計な期待を抱かせないために。


 アリシアの予想通り、クライヴは悲痛な面持ちを浮かべた。

 そんな彼を見るのが辛くて、アリシアは今一度ティーカップを手に取る。


 貴族がお茶会をよく開くのはティーカップで目線や顔を隠せるからなのではと、余計なことを考えてしまった。


 沈黙が続く。

 遠くから噴水の音と、ホール内の喧騒が聞こえてくる。

 ティーカップで不自然にならない程度に顔を隠せる時間は悠に過ぎ、アリシアはおずおずとソーサーの上に戻した。


 チラリと視線を上げればクライヴは何やら真剣な表情で考え込んでいる様子だった。

 この短い時間の間に彼の表情はコロコロと変わっていたが、そのどれもが絵になっている。


 ぼんやりと見惚れていると、クライヴと視線が交差した。

 反射的に目を逸らしそうになる。

 そんなアリシアの動きを拘束するように、クライヴが身を乗り出してきた。


「つまりフィオナ嬢は僕との婚約を破棄するつもりでいる、ということなのかな」

「そう言うわけではありません。お互いのことをよく知らないのですから、その可能性もあるというだけです」

「ならまだチャンスはあるわけだ」

「チャンス……?」


 クライヴの言葉にアリシアはこてんと小首を傾げる。

 それを見てクライヴは一瞬固まったが、すぐに気を取り直した様子で「ああ」と頷く。


「あの場を凌ぐためだったとはいえ、僕たちは晴れて婚約者になったわけだ。フィオナ嬢の言う通りお互いのことを今はよく知らない。――今は、ね。これから親睦を深めていく中で、君に好きになってもらえるように頑張るよ」

「~~~~っ」


 臆面もなく、クライヴは真摯に言ってのけた。


 甘い声音に強い意志が感じられる。

 深い海のような瞳は柔らかな輝きを放ったまま、しかしその奥に鋭さを感じさせる。


 何か言葉を返そうとするが全く考えた纏まらなくて硬直する。

 そんなアリシアにクライヴはにこやかに微笑みかける。


「これからよろしくね。僕の婚約者殿」

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